第3話 泥水すすってでも生きてやる
とりあえず、現状を整理して方針を立てよう。
考えなしに行動してはいけない。策略がなくては勝てる戦も勝てなくなるのだ。古事記にもそう書いてある。……この世界に古事記はないけど。まあ、細けえことはいいんだよ。
まず大前提として、私はミラハ=フレイグルだ。
なんの因果か、前世は男だったのに女の子になってしまった。
ミラハは前世で遊んだ乙女ゲーム『剣と魔法と貴公子たち』に登場する、主人公の恋を邪魔する悪役のご令嬢。
辺境伯という大貴族としての地位を活かして、学園内で、あの手この手で主人公の邪魔をする。傲慢で高圧的な性格でプレイヤーから嫌われる、ザ・悪役。嫌われるためだけに生まれた悲しい子。
この『剣と魔法と貴公子たち』は女性向けの恋愛シミュレーションゲームだけど、普通のRPGのようにロールプレイングゲームの部分も良く出来ていて、当時の私もかなりやり込んだ記憶がある。主人公や恋愛攻略対象の仲間たちの成長システムが楽しかった。
レベルアップで入手できるポイントでスキルを成長させて自分好みに成長させることができるんだよね。魔法縛りでエンディング目指すプレイとかもしましたねぇ!
ただ、『剣と魔法と貴公子たち』を遊んだのは最近ではなくて、高校生くらいの時。割とやりこんだゲームではあるものの、ストーリーの細かいところまでは覚えていないし、サブイベントとかになると記憶も雀の涙くらいしか残っていない。こればっかりは仕方ないね。
ゲームの舞台は王道の中世ヨーロッパ的ファンタジー世界。
ストーリーの大筋は、「魔王が復活し世界が危機に瀕しているので、それを食い止めるべく、実は聖女だった主人公が仲間(攻略対象)とともに立ち向かう」というもの。
攻略対象の『貴公子』たちのことはほとんど忘れてしまった。たしか王子様とかもいた気がするけど、名前とか全く覚えていない。
実際に攻略対象者に会えば思い出すかもしれないが、そもそも当時このゲームを遊んでいた男子中学生の私は『乙女ゲーム』の部分にはあまり興味がなかったのだ。「よく分からないが、この主人公めっちゃモテるな」くらいにしか思っていなかっただろう。
しかし、覚えていることももちろんある。
ミラハ=フレイグルはかなりの確率で死ぬ。
フレイグル家の没落、なんてのはまだ優しい方で、ルートによっては絞首刑、ギロチンで殺される、なんてイベントもあった。個人的に憎めないキャラだったミラハが、陰惨なCGとともに、強烈なテキスト文で殺されるのは当時の私に激烈な印象を与えたのだ。
ほんとね、なんでミラハ直ぐ死んでしまうん?
「うーん、やっぱ私ってあの『ミラハ』だよなぁ……」
自室にある大きな姿見の前で自分のほっぺをふにふにとすると、鏡の中の美幼女も同じように可愛らしくほっぺをふにふにしている。
ウェーブの少し掛かったふわふわな黒髪に、宝石のようにきれいな紅い瞳。まるで陶磁器のようにシミひとつないきれいな白い肌。幼子ながら均整の取れた顔。
記憶にあるミラハ=フレイグルの幼少期はこんな感じだろうな、という想像通りの容姿だ。
美人になることが確約されているようなものなので、それは嬉しいが…… ギロチンで首がポロリは残念ながらノーセンキューだ。
ドキッ!死亡フラグだらけの悪役令嬢生活!(首が)ポロリもあるよ! とかね、誰に需要があるのかって話ですよ。私はそんなのいらないから。
というか私ってすごい綺麗な肌だな。
すべすべでもっちもちだ。それに、今まで気にしていなかったが、自分の髪からほんのりといい匂いがする。自分から女の子の香りがするのがなんだか不思議な感じだ。
うーん、そうなるとさっき前世を思い出した拍子に家具に右腕ぶつけてアザを作ってしまったのは残念だ。折角の肌が傷物に…… まあ時間が経てばこのアザも消えていくと思うが。
折角だし、このさい包帯でも巻いてみようかな。中二病みたいに、“くっ…… 俺の右腕が疼く! 沈まれ! 右腕に封印されし暗黒龍!”的なことしようかしら。
……割と妙案なきがしてきた。この世界は魔法があるし、前世では中二病として馬鹿にされる行動も案外許される気がする。暇なときにでもやろう。もちろん自室で一人のときに。他の人に見られたら恥ずか死ぬ。
とりあえずいろいろと考えを巡らせてきたが、私がとるべき行動も見えてきた気がする。
「……よし!」
私は頬をぱん、ぱんと叩いて自分を鼓舞する。
方針は決まった。
とても単純で明快だ。
私はミラハ=フレイグルだ。それはもう変わらぬ事実。そして、ミラハ=フレイグルはかなりの確率で死ぬだろう。
ならば、私は死なない。
精一杯、生きてやる。
そのためには、3つの行動指針を守ればいい。
一つ、主人公の邪魔をしない。
おぼろげな記憶ではあるが、ミラハ=フレイグルが死ぬのは、結局のところ主人公の恋路を邪魔するからだ。であるならば、主人公を邪魔せず、そして主人公の恋を応援すれば良い。
攻略対象の人物はあまり思い出せないが、どうせ無駄にイケメンだろう。イケメン以外ありえない。すぐに分かる。主人公の女の子もどうせめちゃくちゃ可愛いからすぐに分かる。実際に会えば思い出せることも多いだろう。
イケメンたちと主人公の恋のキューピッドになるのか、はたまた、主人公に絶対近づかないか、方法はさておき、とにかく邪魔をしない。この先生きのこるにはこれしかない。
二つ、主人公たちに魔王を倒してもらう。
『剣と魔法と貴公子たち』のストーリーの細かいところまでは覚えていないが、魔王が復活して、主人公が魔王を倒す、という重要なことはしっかり覚えている。ちゃんと覚えている私、偉い。
魔王が復活して暴れたら世界がどうせやばいことになるので、主人公たちに魔王を倒してもらうのは必須だ。私も影から援助できるならば手助けしよう。
三つ、強くなる。
この世界、普通に魔物的なモンスターがいるし、のちのち魔王が復活する。自分自身を守れるくらい強くないと断罪イベント云々の前に死ぬ。ぽっくりと逝ってしまう。
特訓だ。
必要なのはパワーだ。
力こそパワーなのだ。
ゲームの中のミラハ=フレイグルは甘やかされて育ったからなのか、剣技や魔法が全然強くなかった。しかし、辺境伯家という立場を盛大に利用し、一流の教師から剣を教わり、魔法を教われば、それなりには強くなるだろう。
自分自身と家族を守れるくらいには強くなる。これしかない。
……方針は決まった。
『剣と魔法と貴公子たち』の舞台は学校だった。おそらく王都にある王立アルタリト学院のことだ。
冒険者だった勇者が王国を建国したことに由来して、王立アルタリト学院は剣や魔法を学ぶ名門校だ。授業の中で冒険者としてクエストをこなすことも有る。
アルタリト学院に入学するのは15歳のとき。そして私は現在7歳。つまり、私にはゲーム開始まで8年弱の時間がある。
取り急ぎの目標は強くなることだ。私がミラハ=フレイグルであるかぎり、トラブルは起こりうる。自己防衛こそ、私の生きる手段だ。
「算術は前世の知識で対応できるし、教養も必要最低限で良い。勉強の時間をなるべく削減して、特訓に費やす。
私は死なない。生きる。生きて平和に暮らす……!」
紅の瞳に煉獄のような炎を宿し、私は静かに力強く誓った。




