第2話 人生、山あり谷ありTSあり
「ぐッ…ぁ……!!」
頭に強い衝撃が加わったかのように、ぐわんぐわんと頭の中がかき乱された。
気持ちが悪い。
吐きそう…… うえ……
私は思わずフラフラと倒れ込んだ。
倒れ込んだ拍子にガンッガンッと2回も家具に右腕をぶつけた。
痛ッて!!! くそ痛い!
右腕を結構な勢いで家具にぶつけてしまったので、その勢いで家具に乗っていた飾る用のお皿も一緒に落ちてしまう。
パリンとお皿が割れ、あたりに破片が舞う。
幸い、割れたお皿の破片で怪我することはなかった。
「痛っつ~……」
頭がかき乱されるようなひどい頭痛は少しすると落ち着いた。吐き気も少しすると引いた。良かった良かった。
というか、さっきまで酷かった頭痛より、家具にぶつけた右腕の方が地味に痛い。いてぇ……
そのせいで私は床にうずくまって右手を抑えてる状態だ。
絶賛涙目中である。
タンスの角に小指をぶつけたかの如く、右腕はじんじんと痛むが、頭は意外と冷静だった。というより、右腕の痛みが現実的で、今の自分の非現実性を俯瞰して見ることができているのかもしれない。
私は思い出した。
そう、俺には前世があったと。
しがないサラリーマン。
性別、男。
アニメやゲーム、サブカルチャーをこよなく愛す、彼女いない系男子。
そして車にはねられて死んだ男。
先程の頭痛で、前世のことをすべて思い出した。
なぜ突然思い出したのかは全くわからない。
今世の俺がちょうど今日7歳の誕生日だからか? なんだ? 神様は誕プレに前世の記憶をサプライズって感じですか? HAHAHA。最ッ高にクールな誕生日プレゼントだね! 笑えない!
死んだら生まれ変わって、今世は女の子。
とんだサプライズだ。
もちろん、今世の自分も紛れもない私だ。
なんというか、前世の俺と、今世の私が混じり合っている、変な感じだ。今世の両親から受けた愛情はもちろん覚えているし、前世を思い出すまでの私もちゃんと存在している。
というより、そんなことは些事だ。別にあまり問題ではない。
それよりも問題なのは……!
「お嬢様! ミラハお嬢様! 大きな物音がしましたが大丈夫ですか?!」
そう、問題なのは、俺が『ミラハ』であるということだ!
私の名前は、ミラハ=フレイグル。
比較的大きな領地を治める辺境伯家の長女だ。つまり、色々と階級が有る貴族の中でも、割と偉い貴族のご令嬢というわけだ。
ただ単に貴族のご令嬢に今世は生まれた…… というだけなら話はまだ簡単なのだが、残念ながらそうは行かない。
なぜなら、俺は前世からこの『ミラハ=フレイグル』を知っているから。ミラハ=フレイグルがどういう人間で、どういう運命をたどるのかを知っているのだ。
前世で幼い頃、姉から借りて遊んだ女性向けの恋愛シミュレーションゲーム、『剣と魔法と貴公子たち』に出てくる、主人公を邪魔するキャラクターがミラハ=フレイグルなのだ。
親にゲームをあまり買ってもらえなくて、姉とお互いにゲーム貸し借りして遊んでいたからなぁ…… 乙女ゲームだろうと、女児向けゲームだろうが、結構やり込んだし、『剣と魔法と貴公子たち』のことも割と覚えている。
『剣と魔法と貴公子たち』のストーリーは、たしか…… 魔王が復活するので、それを主人公が食い止めるといういわゆる王道的なストーリーだ。乙女ゲームとは言っても、RPGの要素もかなりあり、単純にロールプレイングゲームとしての評価もかなり良かった記憶がある。
さすがにすべてのゲームイベントを覚えているわけではないし、ストーリーも細かい部分は忘れた。
ただ、お邪魔キャラのミラハ=フレイグルのことはよく覚えている。イケメンたちを攻略していく主人公を邪魔する悪役の令嬢だけど、キャラクターのデザインも良かったし、声も好きだったんだよね……
そして私はミラハ=フレイグル。
もうね、完全に悪役令嬢に転生してしまった感が満載なんだね。
もちろん、たまたま名前が同じな令嬢に転生しただけかもしれない。
けれど、十中八九それはないだろう。ミラハ=フレイグルとして生きたこの7年間の記憶から、おそらくそれはない。
①ゲームに登場する悪役令嬢のミラハと名前が一致。
②フレイグル家は他国との国境が近い領地を治める辺境伯。
③この世界は魔法もある。
④ゲームの舞台であるアルタート王国も存在する。
パッと思いつくだけでもこんなにも有る。
どう見ても色々なルートで断罪されて死ぬミラハ=フレイグルです。本当にありがとうございました。
「……っ。 お嬢様、扉開けますよ!?」
そんなこんな考えていると、メイドが扉を開けにかかる。
あ、まってまって…!
今その扉を開けたら、あなたの仕えるご令嬢が家具に腕ぶつけて涙目でうずくまっているちょっと恥ずかしい姿がそこにあるから……!
前世と今世の年齢を足したら三十路に届きそうな年齢の、そんな私の恥ずかしい姿を見られるわけにはいかない!
私は大丈夫だということをなんとか伝えようと、必死に声にする。
そう、私は大丈夫だから、入ってこなくていいよ!
そっとしておいて!!!
ワタシは大丈夫!!!
「……ぁ…! ……じょうぶ…!」
シット!
思いのほか声が出なかった!
右腕の地味すぎる痛みのせいであまり声が出せない……
頭は冷静だけど、身体は正直なのね!
……メイドに無用な心配をさせたくなかったけど、これはダメみたいですね。
扉の前で、息も絶え絶えなご令嬢の声なんか聞いたら、メイドはきっとこう思う。私がめちゃくちゃ深刻な状況に陥っている、ってね!
メイドちゃん、大丈夫! あなたのお嬢様はなんともないよ! だから扉は開けなくていいよ! 入ってこないでね!
「……お嬢様、失礼します!」
メイドは私の声を聞くやいなや、すぐさま扉を開いた。
問答無用で開きました。
ちくせう。
「……お、お嬢様っ!!」
扉を開くと、そこには右腕を押さえ、床にうずくまるご令嬢。あたりに散らばる、壁に飾るお皿やら壺やらの調度品、そしてその破片。
絞り出すような声で何かを言うご令嬢様は全然大丈夫そうに見えない。
メイドはさぞ心配だろう。
……ああ、見ないで… 情けなくて恥ずかしいからぁ……
メイドは私に駆け寄ると、優しく介抱してくれた。
「どうされたのですか?!」
「い、いえ何でもない…」
「……っ! お嬢様、その右腕のアザは……?!」
メイドに言われて気がついた。メイドの言う通り、右腕にアザができていた。さっき家具に腕をぶつけたときにできたのだろう。
ちょうど家具の模様のところにぶつけたからだろうか、三角形と四角形が組み合わさったようなアザができている。もともとそんな感じの刺青をしていたんじゃないかと思えるくらいに、ある意味きれいにアザができている。
「だ、大丈夫よ」
「ですが、そのようなアザ、今までなかったはずです……」
いやまあ、そりゃ今出来たばっかりのアザですからね? でもさ、皆まで言うなってやつですよ。辺境伯のご令嬢が、ちょっとタンスに小指ぶつける感覚で右腕にファンシーなアザつけてるってちょっとアレだけどさ? ね? プークスクスって思うかもしれないけどさ?
恥ずかしいからこれ以上の追求はやめてください。
「大丈夫よ」
「ですが……?!」
「大丈夫と私は言っているのよ。あと、このことは誰にも言わないで。とくにお父様やお母様。それにお兄様にもよ。
……それにもうだいぶ収まってきたし」
痛みもようやく引いてきた。……まだ痛いけれど。
ほんと、タンスに小指をぶつけた時の痛みってなんであんなにネットリと痛いのだろうか。世界七不思議のひとつだ。まあ今回はタンスに指ぶつけたわけじゃなくて腕をぶつけたわけだけど。
……やばい、なんか変な汗出てきた。常に優雅で気品あふれる淑女にあるまじき脂汗。これは良くない。
とりあえずめちゃくちゃ心配してくるメイドを部屋の外に追いやって、ようやく一人になることが出来た。
メイドにはお父様やお母様には言わないようにきつく言っておいたので、このことは私とメイドの二人だけの秘密だ。
前世の記憶が戻る前の私は7歳とは思えないほど傲慢で高圧的だったから、そんな私にクビにされないように、メイドもちゃんと指示に従ってくれることだろう。
……よし。
一人になれたことだし、色々と整理しよう。
ある日突然女の子になっちゃっていたことを思い出したとか、頭の整理が追い付かないですよ…… まったく。
 




