表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

81/81

第七十九話「ひみつの修練場」

 ウィティットンの隠れ家。


 悪魔なメイドさんに導かれるまま客間から出て、豪奢な木造の廊下をしばらく歩いて行く。

 似た景色が何度も続く上に、要所でさまざまな仕掛けが施してあり、来訪者を混乱させる造りになっている。

 初見殺しが勢ぞろいなので、案内なしだと()()()()()()()()容易ではなさそうだ。


 複雑な道順でいくつかの隠し扉を経て、ようやく地下通路へ。

 隧道(トンネル)の壁には一定間隔で霊符らしきものが張られていた。

 内外の干渉を遮断するためだろう。


 突き当るとナイノミヤ王家の紋章が刻まれた大扉があり、錫杖を持つ侍女が一人待ち構えている。

 やたら出来のいい雰囲気の所偽(せい)で緊張してきた。

 いつも通り母親に会うだけなのに、ダンジョンの最深部に来たような心地である。


 ここまで案内してくれたダーカとソーンマは大扉の両脇に控えた。

 扉の向こうからは、ヒミカの魔力どころか人の気配すら感じ取れない。


『あなたがジーシャさんですか?』

『そうだ』

『お世話になります』

『ヒミカの許可は得ている。キサマの都合がよければ戸を開く』

『お願いします』


 前へ進み、大扉の紋章をじっと眺めながら待機。

 中心にはナイノミヤを象徴するレガリアなどが複数描かれており、それらを両端で不死鳥と大鯰(おおなまず)が支えている。


 ジーシャが錫杖で地を一回叩く。

 と、同時に扉が重そうに音を立てながら幾何学的に開いていく。

 たちまち重厚な気の奔流が流れ込み、一瞬にして隧道は物騒な気配に支配された。

 奥で特にデカい気が二つと、残りは大中小様々だ。

 暴れ狂うような圧で三娘のスカートが捲れあがり、あともう少しのところで不自然にストップ。


 くっ、魔法で事前に対策していようとは。

 わざとギリギリに設定してるっぽいのが悩ましい。

 見え隠れする太ももを尻目に、煩悩を刺激させながら歩を進める。

 すると、錫杖の音が二回して出入口は閉じた。 


 真っ暗な通路の先にある光明に、座禅するヒミカとクケイがみえた。

 気配の発生源は彼女らだ。

 ぶつけ合わせている内力には強い感情が含まれている。

 ヒミカは怒り、クケイは憎しみ。

 もしかして喧嘩してたり俺に怒ってる……わけではない。

 これは我が八監派の内功の修練の一環である。

 わかってはいても、歩を進めれば進めるほど緊張感が増し、心臓の鼓動が早くなった。

 

 通路を抜けて周りを見渡す。

 だだっ広く開けた六角形の書庫である。

 全面から複数の強力な魔石と、幾重にも張り巡らされた術の気配がする。


 ヒミカとクケイの他には八人。

 知らない顔がちらほらいる。

 鬼道のお姉さまとやらか?


 五人は果敢に瞑想継続中で、三人は断念。

 ここに居る子たちは城内の実力で言えば上澄みだが、それでも耐えられなかったようだ。

 内功の修練はもう少しで終わりそうだ。

 手隙にこの体調悪そうな子たちを介抱しておこう。

 幸いこの三人は知ってる顔である。


 湧きあがる感情を抑えて気息を整えたあと、やおら反省会を始めた。

 

「……まだまだ届かないわね」

鬼哭龍心(きこくりゅうしん)功の『怒』を修めるには、何かに対して猛烈に怒り続けることが肝要です。ヒミカ様は不可視の体(マナス)の修習が奥深く、精神(メンタル)体を十全に掌握していらっしゃいます。そのため怒りという負の感情は消化されやすく、感情(アストラル)体から起こした『マナ』の昇華が不十分となってしまうのです」

「自我による防衛機制と、超自我、つまり理性が強すぎるってこと?」

「さようでございます」


 鬼哭龍心功。

 八監派内功の一つだ。

 ざっくりいうと、湧き出る感情をマナというエネルギーに昇華させ、さらに内力に変換し利用するというもの。

 その昔クケイの情緒をおかしくさせていた内功である。

 師匠から名称と作用は聞いていたが、つい最近クケイとの寝物語で口訣(くけつ)などの仔細を知った。


 基本として定義されている感情は、

 陽の喜怒愛、

 陰の恐憎哀の六情。

 それぞれの感情と複数の応用感情を多面的に意識しながら修め、最終的に『無』を会得する。

 鬼哭(きこく)拳と龍心(りゅうしん)脚という専用の外功と紐付けられているそうだが、修練でも拝んだことはない。

 少なくとも同門に使える武功ではないとのこと。


 習得に入るには、まず大什(だいじゅう)閻浮(えんぶ)功という内功を大成させなければならない。

 これは第十層まであり、一層上がるごとに難易度が上昇し、ひと通り修めるだけでもかなりの労力がかかる。

 時間はかかるが閻浮千幻掌(えんぶせんげんしょう)という健康体操にもなりえる武功も同時に学ぶので、精神と肉体に負担をかけず比較的安全に強くなれる。

 ちなみに俺が第五層、鸞子(ランコ)が第六層、ヒミカとクケイは大成させている。

 

「かといって下手に本能衝動(イド)優位で修めようとすると、何かと支障がでそう。『恐』はすんなりいったのだけれど」

「実際に(わたくし)めは、すべて修めるにあたり多大なご心配をかけてきました。未熟さによる強い動機が修得の近道でもありますが、それに伴なう代償は未知数。少しずつ確実に進めていけば負担が軽くすみます」

「昔はよく変になってたものね。あなたが『怒』と『憎』を修めたのは、たしかティンバラに来る前だったかしら」

「はい。ある抗争に関わった際、無抵抗のお師匠様に手を出そうとした悪党に本気で怒り、そのあと強い憎しみを覚え嫌悪するにまで至りました。今思えば私に動的な精神的葛藤をさせることで、効率よく成長を促していたのでしょう」


 クケイはい二つの負の感情を修めた時点で、他の感情を一度にまとめて進めつつ、セオリー無視で強制的に『無』の会得に入った。

 師匠(ソフィア)曰く、本人の修習スピード的にさっさと『無』を会得させないと精神が耐えられないからとのこと。

 おかしくなるだけか、完全に壊れるかの天秤。

 今だからわかるが、マジで急ピッチすぎる。


「ソフィの顔が目に浮かぶわ。リョウはどう思うかしら?」

「僕もおおむね同意見です。付け加えるなら、母上はマナの変換が魔法と精神感応(テレパス)の行使に最適化されてることですかね」

「魔力に寄り過ぎてる、か。リョウも同じ、魔術師の習い性ね」

「魔力に関しては似たようなもんですけど内力の方は比較にもならないというか。そうだ、苦手な感情を修める時は、意識してマナから内力への変換効率を高めてみたらどうですか」

「うーん……できなくはないのだけれど、感覚戻すのに結構かかるし色々と影響出ちゃうのよね。とはいえ早めに修められれば捗る面もある。次回の修練でやってみるわね」


 俺は不可視の体(マナス)を少々知覚できるようになってからは、己の健康維持と武術の進歩のため内功の効率性をかなり意識している。

 ただでさえ体質という名の俺の中の何かが邪魔してくるからな。

 最近は前述のマナの存在もなんとなく感じとれるようになった。

 今は各種エネルギーの変換を学んでるところだ。

 ちなみにどれも魔力への変換が圧倒的に効率よく、問題の内力への変換はお察しである。


 ヒミカは大抵のことは己の感覚頼みに解決するが、それは安定した理性に裏付けられたものだ。

 おそらく、多少無茶をやっても昔のクケイのようなことにはなるまい。


「母上も、というかみんなもちゃんと薄着で修練するんですね」

「ソフィの内功ってどれも強力なのだけれど、そのぶん真気が暴走したときの代償は凄まじい。肉体の些細な変化でも目視で確認することは安全と効率のためにも重要だし、いつもは何も着ないでやっているのよ」

「えっ」

「私やクケイは構わないのだけれど……」

  

 ヒミカは言葉を濁したあと、指を鳴らして俺以外全員の衣服を喚起(シャイェーラ)して着せた。

 

「(下の子たちがあなたを意識しちゃうみたいなのよね)」


 と、念話をいただく。 


 介抱した三人は体調が戻ったのか、身支度を整え始めていた。

 なんとなく眺めていると、俺を見ては恥ずかしがったり気まずそうにしている。

 大半は好意的なものだが、恐怖からくる不安と不信もみられる。

 ヒミカの若い側仕えたちの俺に対する反応が変わった。

 以前は世話のかかる弟分みたいな扱いで、いつも心配されてたのに。

 まぁ赤子の時キモがられてたことを考えればだいぶマシか。


 そも俺みたいなやつに見られていい気がしないのは当然である。

 勘のいい子は俺が意図するしないに関わらず思考を読んでることに気付いてるだろうし、

 そうじゃなくても何考えてるかわからんムッツリ野郎にみえるだろうし、実際そうだ。

 ヒミカのように信頼されてないのは俺の未熟さゆえだろう。


 立場的に感覚麻痺してきてるが肌着をみられるのだってだいぶヤバいからな。

 なんて考えていたら、ある女性と目が合った。


「スズカさんおかえりなさい、ご無沙汰してます。このたびは正式な女官長就任、アクツヒコさんの秘書官長就任おめでとうございます」

「ご機嫌麗しゅうリョウ坊ちゃん。(けい)ともども、お心遣い感謝に堪えませぬ。さらには我が隷下(れいか)の介抱までしていただこうとは……。この子らも耐えられないまでも、以前と違い内傷を負わなかったのは評価に値する大きな進歩。しかしながら坊ちゃんの御前(ごぜん)で立場も弁えぬ私情を露わにするとは、わたしめの監督不行届で面目次第もない」

「別に気にしてませんよ」

「ほう、それではこの子らも側に置かれますか?」

「そんな意味でもないです」

「では側に置きたくないと」

「そうじゃなく、彼女らの意思が大切、というかなんで僕の側に置く前提なんですか」

「これもまた立場を弁えずこの子らが双児(そうじ)の側がよいと望んでおるがゆえ。まったく人員の異動補充が捗ること」

「……すみません。ご随意に取り計らってください」


 女性は硬い表情から一転、目を細めて微笑む。


「また最近ではわたしめのおらぬ間に、グノーヴァーの草だった者を側に迎え入れたとか」

「本当にいつもご心配をおかけします。何か気になることでも?」

「お父上の大胆不敵さと、お母上の慈愛を兼ね備えておいでで、このスズカ嬉しゅう存じます。以前あの者の尋問に臨場した際には、邪悪さのそれはなく。ヒミカ様への謁見を無事に済ませていることが(あか)しかと」


 スズカ=カツラギ。

 ヒミカの幼馴染かつ最も古い側仕えの一人で、先の女官長が退任してから代行で女官長を務めている人だ。

 今まで暫定的だったのは条件が整っていなかったからである。

 黒髪で整ったきつね顔のシゴデキお姉さんという、前世の己の感覚からすると近寄り難いタイプ。

 実家は正伝(せいでん)平群(へぐり)流というナイノミヤ王家と関わり深い名門流派で、武術家や密偵をスヴァルガ各地に多数派遣している。

 カツラギという名前は政略で形式だけ養子に入ったナイノミヤ貴族の家名で、建前は侯爵令嬢。

 真の家名はヌカタというらしいが諸事情で名乗っていないようだ。

 長らく実兄のアクツヒコと共に上級秘書官兼護衛武官として側に仕えていたが、少し前に家の問題で帰省していた。

 定期的に不在になるので、裏で色々とやっているんだと思う。

 最近やっと家の問題が片付き条件が整ったらしく、スズカは長らく空位だった正式な女官長として復帰し、アクツヒコは秘書官長として親父(トライス)のところに異動したのだ。


 得心がいった。

 外にいた見慣れない侍女たちは、スズカが新しく連れてきた正伝平群流の使い手だろう。

 もれなく全員、ウチの使用人の平均値を上回る手練れだった。


 ちなみに俺はこの人は苦手である。

 苦手だが人間的には好きだったりする。

 赤子のころからかなり警戒されていて常に様子を探ってくるからではない。

 今まで配下を(つか)ってユーゼン家にとって都合いい情報操作をしていたからとかでもない。

 むしろそれらには感謝すらしている。

 俺が例の夫人たちの動向を知り得てるのも、その情報網が信用度の高いソースのひとつとして機能してるからだしな。

 

 彼女はマーグラとは仲が悪い。

 それはマーグラがヒミカにした数えきれない嫌がらせと、長男レイスの悪行について、二人が和解した後もいまだ許してないことに起因する。

 レイスの被害者の中には彼女の同門と友人が数人いたが、当時の彼女は私情を押し殺してユーゼン家のために揉み消すことに協力した。

 今でも、己への戒めと強い忠誠心と友情のために許していないのだ。

 マーグラがどんなに行動で改悛(かいしゅん)の情を示したとしても、また被害者全員が穏健な死の女神教徒で、強制と志願の狭間で揺れていたことが判明しても変わらない。

 ヒミカもそれを知ってるから無理に仲を取り持つことはしない。


 今は常にマーグラが下手に出るため問題は起こりにくいが、

 余計な波風を立てないため、お互いが極力同席を避けるほどには険悪だ。

 反面、クケイや鸞子(ランコ)とは武術家同士気が合うのか互いを尊敬しあうほど仲が良かったりする。

 一般論で言えばマーグラとレイスは擁護しようがないだろう。

 しかし俺も事情をほとんど知っているので、どちらの気持ちもわかる。

 ゆえに複雑で苦手になってしまった。


「ところで、ヒミカ様にご報告することがあるのでは?」

「そうでした。ありがとうございます」

 

 修練と雑談に気を取られて過ぎのところ、すべて承知の上であえて誘導してくれている。

 本題の先日の一件の報告に移らせてもらうとしよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ