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第七話「虚弱体質と経絡」

「どうかな?」

「すごく、温かいです……ッあ、熱い!!」

「少し強すぎちゃったか。ごめんね」


 背筋をわざとらしいまで伸ばして坐禅(ざぜん)


 ソフィアは俺の後ろに座り、両掌(りょうて)を開いている。

 両掌から放たれる温かい何かが背中にあたり、一気に全身に巡る。

 真気、つまり内力を注入してくれているのだ。


 ソフィア(いわ)く、俺は生まれつき経絡の機能がちぐはぐで統一性がないらしい。


 要するに気の流れが悪いということだ。

 何度か(はり)を打ちまくって気を注入し矯正したこともあったが、ものの数分で元に戻る始末だった。

 矯正した経絡を数分でどうこうというのは常人ではあり得なことで、ソフィアは魂とか不可視の体(マナス)、根源的な何かが関わっているかもしれないと仮説を立てていた。


 気の流れが悪いと変な病気をもらいやすくなる。

 つまり俺の虚弱体質は、気の流れの悪さが一端を担っていて、これを何とかしない限り人生ハードモードが死ぬまで続く。


 健常者は内功を鍛えなくても普通に生きていける。

 俺の場合は、否が応でも他人に頼らずともいいレベルまで内功を鍛え続けなければならない。


 四歳の誕生日を迎えてから、本格的な内功の修業を始めた。

 俺に合わせて鸞子(ランコ)もあとに続く。

 

 もっと早く始めてもよかったらしい。

 しかし(ラン)には、興味のあるもの以外に対する集中力が足りなかった。

 子供らしいとも言える。

 故にソフィアはこの一年間、あの手この手で集中力を身に付けさせた。


 効果が高かったのは、独自の瞑想法だ。

 最初は呼吸を意識させるところから。

 瞑想を通して、(おのれ)を客観視させることを教えてからは、劇的に自己中心的な行動は減った。

 特に俺に対して大分優しくなり、いきなり背後から抱きついて締め上げるようなことは減った。

 全くしないわけではない。

 

 また、多少動けるようになってからの方が、内功と内力の重要性に気付きやすいタイプでもあった。


 実際今まで武術の型と木人に打ち込みばかりやっていた。

 動きだけ見ると、もはや常人じゃない域にあるようにみえる。

 こんな動ける幼女おったら怖いわ。

 目の前にいるんだけど。


「鼻で息を大きく吸って小さく口で吐く。全身に広がった気をお腹の下に降ろして集める感じだ。ここからもう喋らないように」

「こうですか」

「喋らないように」


 難しい。

 丹田に落ちる内力は、金網に水を流すかの如く留まらない。


「心が纏まらないなら、何でもいいから好きなものを一つ想像してごらん」


 こういうのってもっと清廉なイメージなんだが、

 そんな煩悩に塗れたものでいいのか。


 好きなもの。

 そら三度の飯より可愛い女の子だ。


 可愛い女の子、可愛い女の子……。


 う、俺としたことがピンとくる妄想ができないとは。

 転生してから毎日が充実しすぎていた。

 生前あれだけ得意としていた妄想も、する暇は病気で寝込んでる時くらいしかない。


 少し隙のできる風呂でも今日勉強したことを頭の中で廻らせて、夜には心身ともに疲れ切っている。

 ベッドに入れば一瞬で落ちる毎日。


 妄想をライフワークとしてきた身としては悔しい。

 感覚を取り戻すためにも、今日の晩から妄想のトレーニングでもしようかな。


 具体的に誰か決めた方が妄想しやすい。

 ヒミカと鸞子(ランコ)はいかん。

 妄想の種類によっては、いけない扉を開けてしまう可能性がある。


 かと言ってクケイも今はする気が起きない。

 物理的にも精神的にもお世話になりっぱなしで、天罰が下りそうな気がする。

 

 そこらへんに居る使用人は……

 今日に限ってゴツ目な下男一人かよ!

 いっそ目の前に居るソフィアでやっちゃおうか。


 彼女は所用で出かけている時以外は、双子を風呂に入れてくれる。

 あられもない姿は(まぶた)の裏に焼付いていて、いつでも想像できてしまう程に見慣れているのだ。

 加えて妄想の中は自由だ。

 どんなことでも――――


「そう、その調子、その調子」


 上手く行ったか。


「どうやらいやらしいことを考えているみたいだけど、このまま集中しなさい」


 なんでわかったんだろう――――


 いかん。

 他の事を考えてはいけない。


 ソフィア、ソフィア……。


 ソフィアの大きな気と自分の小さな気が混ざり合い、腹の下、丹田(たんでん)に溜っていくのを感じる。


 師匠を妄想しながら内息を整える。

 我ながらかなりキモいと思う。

 でもすこぶる集中できた。


「息を大きく吸って、今度は大きく吐く。リラックスするように気をゆっくり散らして」

「すうぅぅぅ、はあぁぁぁぁ……」


 腹の下に溜まった気が一気に体中を駆け巡り、散った。


 なんだこの充実感。


 治療の一環で内力を入れられることはある。

 心地良いにしても、ここまですっきりして充実感を感じることはなかった。

 自分で気を整えるとこうまで違うのか。


「すごいすっきりしました」

「うむ、一度集まった精と気を廻らせる初歩の一つだよ。今後は任意の脈から集積、散らすことを目標に」

「わかりました。ところで師匠、この書物には、『心を無にし妄念に振り舞わされないようにすべし』と書いてありますが、さっき助言していただいたのと反しますよね?」

「流派によっては、というか正道を(うた)う大抵の流派は、心を無にして不道徳をせず、自分と向き合うことを教えているよ」

「師匠は違うと」

「エーテル体・アストラル体・マインド体を感じ取りなさいといわれて、理解できるかい?」

「……不可視の体(マナス)ですね。意味不明です」

「ここで重要なのは心を一つの向きに落ち着かせることなのだよ。入門したての者に『心を無にしろ』『自分を見つめろ』と言ったってできるわけがないからね。そんなものは、長年の止行(しぎょう)観行(かんぎょう)によって得られる成果だ。未熟なくせに最初から完全に達成しようとするから失敗する。意識が分散せず一つに向かうなら手段はなんでもいい、私の師匠がそう教えてくれた」


 そりゃ無を意識しすぎて無に(とら)われたんじゃ元も子もないな。

 

 修行僧みたいに毎日瞑想を繰り返せば、いつかは『無』を取得するのかもしれない。

 でもそれは途方もない時間がかかりそうだ。


 よくわからないものに集中するより、好きなもの一点に絞れば集中し易いっちゃし易い。

 

 それにしても師匠の師匠か。

 大師匠。

 柔軟な思想の人だったのかな?


 その尊い教えのお蔭で師匠(ソフィア)の妄想をして、しかもちょっと如何わしい方面に行っちゃったことは億尾(おくび)にも出さない。

 出せない。

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