第七十一話「少年?とメイドさん」
俺は今、クケイと手を繋いで散歩している。
夕暮れに染まるウィティットン大庭園。
丘陵、池、林、草原、花畑、四阿、全てが夕暮れで赤く染まっていた。
彼女は肩の開いた黒ワンピースに、民族的な意匠の漆黒の襖裙を羽織っている。
髪のセットや化粧も、いつもよりしっかりしているようだ。
梳かれた黒髪からはいい匂いがする。
なぜいつものメイド服じゃないのかは訊けない。
会話はわずか。
「……ここは綺麗ですね」
「そうでありますね」
お互い見事に口下手である。
「空からも楽しんでみましょうか」
「おおせのままに」
手をつないだまま、ふわっ、と浮き上がる。
俺はLv6の魔法飛翔せよ、彼女は軽功。
高度二〇メートルくらいを維持してゆっくりと庭園上空を旋回する。
肌にあたる優しい風。
季節は夏の終わりくらいで寒くはない。
すぐ下では何人かの庭師が作業をしている。
見渡せば遠くティンバラスール城の六宮殿。
さらに遠く城壁を隔てて、ティンバラ市街地がみえる。
ゆっくりと降下し、小さな丘へ着地。
誰もいない少し外れた場所。
服飾創造で、絨毯を創って座った。
クケイは茶器を喚起してお茶の支度をしている。
準備がいい。
まだまだ未熟だが、俺が教えた喚起魔法はしっかり使いこなしているようだ。
お茶を楽しんでいくうち他愛のない話に花が咲いた。
まだ師匠がいたころの思い出話や、武具や衣装の話。
いつもより饒舌になっている気がする。
「そういえば今日のお茶って何か入ってますよね?」
「西レーモス産のバラ科の果実酒をほんの少し」
「そうですか」
カモミールっぽいハーブティー。
口に含むと少々アルコールを感じる。
林檎に似た風味がいつもよりも強い。
ちなみに、俺も彼女もどんな量のアルコールでも魔法や内功操作で即座に代謝できる。
ゆえに酔うことは滅多にない。
というか俺はふだん極力酔わないようにしている。
我が体は、体調が芳しくない時に呑むと速攻で寝落ちてしまうからだ。
今日は気分的に落ち込み気味ではあるものの、体調は普通なので大丈夫。
あとは生前の幼少期、酒に対してあまりいい思い出がないというのもある。
とはいえ、大人になってからは適度に呑んだりはしていて、わりと強いほうではあった。
今回クケイは代謝量を変化させてないので、俺もそれにならうことにした。
酔わないくらいならはじめから用意はすまい。
ほろ酔い気分。
何杯目かで、少しの間会話が途切れた。
クケイは景色を眺めている。
対して俺はクケイを眺めていた。
ちょっと背伸びした大人っぽい黒のワンピース。
かなり絵になっている。
クケイには似合っているが、なんとなくマーグラが好みそうなデザインだと思った。
酔っているからか、頬と肩はほんのり赤くなっていた。
年相応の少女らしいスリムな体には、ほどよい筋肉がついている。
一見して容姿のよい女の子。
本来彼女は凄腕の武術家なので、もっとムキムキになっているのが自然である。
だのに少女らしい体でいられるのは、優れた筋肉操作と努力によるものだろう。
大きな傷だって何度も負っているのに痕すら残っていない。
感慨に耽っていると、いつのまにか彼女に見つめ返されていた。
「あの、なにかお気に召さないことでも?」
「え!? いや、今日のクケイは特に綺麗だなと」
「……勿体無いお言葉にございます」
クケイは俯いて顔を上気させた。
同時にぼふっ、と内力の奔流が昇る。
かわいいのう。
あたりが暗くなるまでそこにいて、そのあとはグェムリッド宮殿へ戻り、五階西の部屋へ入った。
次の日の朝。
寝室には戻らず、五階西の部屋で夜を明かした。
起きてから最初に、性別が女になっていることに気づいた。
昨日ブルストロード商会サー・コーネリアスの報告を受けた後。
夕方からはかなり計算されていたと思う。
そこら中に居るはずの使用人たちも、空気を読むかの如くほとんど出会わなかった。
姉の鸞子はマーグラとミルドが当番。
寝室に戻らなくても、誰も怪しまないよう根回しもされていた。
部屋に入ったあと、こんな会話をした。
「慎みのなさは理解しております。私のような死の穢れにまみれた――――」
「そんなことは思ってません。もしかして侍女としてだとか、そういうことを考えてませんか?」
「リョウ様はなんでもお見通しですね。ご指摘の通り、従者の務めという建前はあります。しかしそれは、私の行動を正当化する建前でしかありません。どうか心を読んでくださいませ」
彼女の真心を知り、かなりの感動を覚えた。
そのあと、少し気になることが起きた。
俺の中の『何か』が邪魔をしてきたのだ。
いつもの脳にくる衝撃である。
具体的な未来視はない。
行為と結果を戒めるかのようなものだった。
お節介なやつだ。
ともあれ、『何か』をクリアしたあとは果てしなかった。
はじめてであるはずなのに、上手くいった。
戦闘で相手の弱点を攻めることに熟れているからである。
俺もクケイも、どんなことでもすぐ順応してしまう。
ただし、クケイは組手の時のような難敵ではなかった。
彼女は多少打たれ強いだけで、本来は普通の女の子なのだ。
上手くはいったが、俺を受け入れるだけで精一杯な様子だった。
余裕がないからか普段聞けない声も聞けた。
好き、というありふれた言葉は、寡黙な彼女の口からほぼ聞くことはない。
それを昨日は何度も聞いた。
今までの人生で言ってこなかった分を取り戻すくらいに。
対する俺は結構余裕があった。
普段の妄想の賜物かもしれない。
「おはようございます」
「……、」
俺が声をかけると、クケイは少しだけ微笑む。
やはりかわいい。
「……起きるにはまだ早い時間です。その、もう少しだけ」
「サボりたい気分だったり?」
「やはり私は至らない従者です」
「そんなことはありませんよ。僕にとって最高の――――」
恥ずかしくなって途中でいうのをやめた。
人生において忘れられない出来事があったのだ。
他にも、最近いろいろありすぎて、しばらくは浸りたいのだろう。
気を取り直して頭を撫でてやりながら、
「朝ごはん食べて二度寝しましょうか。せっかくなのでサボれるだけサボりましょう」
「おおせのままに、用意いたします」
結局、昼過ぎまで怠惰な時間を過ごした。
何か憑き物が落ちたような。
この日以降、心と体が少しだけ軽くなった気がした。
☆ステータス☆
名前:リョーリ=ユーゼン
性別:寝て起きると変わることがある
種族:人族
出身:スヴァルガ帝国アンガー 領都ティンバラ
職業:軍閥を形成する有力貴族の三男
魔法:最上級者 基本無詠唱 禁書の魔術
武術:便宜上は八監派上伝
二章はこれで一区切りです。
ここまで読んでくださりありがとうございます。




