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第六十七話「考えを改めた淑女」

 アンガー南部リヴル村。

 

 滞在六日目。

 長男レイスの乳母アキノは、男爵未亡人ブレシカの肉体へ憑依(ひょうい)転生していた。

 俺は、ブレシカの不可視の体(マナス)からアキノの魂を引き剥がし、魔法で捕えることに成功。

 ブレシカは肉体の支配権を取り戻した。

 

 長い眠りから覚めた彼女が落ち着くまでのあいだ、俺は村長と有力者に一つ提案をした。

 リヴル村周辺の山岳地帯に自生している薬草についてである。

 町では高価なのに、村では毒草扱いされて見向きもされないものがちらほらあった。

 

「たとえばこの毒草は少量でも食せば呼吸困難になりますが、他の薬草と調合すれば内臓の病気に効く妙薬となり、町では一株銀貨2枚で取引されます。もしよかったら定期的に採集して村の収入の足しにしてはいかがでしょうか」


 快諾はしてくれた。

 しかしこの村には、お祈りで治す呪術医しかいない。

 その治療は魔法的な(まじな)いではなく、人の思い込みに頼るものだ。

 村人に関しても食べられる山菜以外については素人。

 後日、懇意(こんい)にしているブルストロード商会系列の薬商人を呼び、栽培と採集指導させる約束をした。

 

 滞在七日目。


 ブレシカが会話をするところまで落ち着いた。

 アキノが死の女神教の転生術を使ってブレシカへ憑依転生したのは、俺が三歳になる前くらい。

 今まで約七年間。

 ブレシカは体を乗っ取られていた時のことは、眠り続けていてほとんど覚えてないようだった。

 端的にいうと浦島太郎状態。

 急にいろんなことを話せば混乱することは間違いないので、食事やお茶を挟みながら、少しずつ聞かれたことにだけ答えていくことにした。

 

「……つまり私の旦那様やお腹の子がなくなったのも、坊ちゃんの乳母に内定したのも、全て邪教の魔女アキノの企みだと?」

「ええ、そうなります」

「……、」


 顔色はひどく沈んでいる。

 ブレシカの実年齢は三十七歳。

 容姿は整っているものの、白髪交じりで雰囲気的に(とう)は老けてみえる。

 亭主と子を亡くし、七年ぶりに自分を取り戻したら、親友に()められ肉体を乗っ取られていたことを知る。

 彼女の心労は計り知れない。


「今アキノはどこに」

「あなたから引き剥がして、僕が魔法で捕えています」


 アキノの魂を喚起(シャイェーラ)

 手のひらサイズの透明な球体の中で、深い紫色の(かすみ)(うごめ)いている。

 俺の指先に浮かぶその球体を、アキノは手に取った。


「これが……!」

「もしよければ、お話しすることもできます」

「坊ちゃんが(おっしゃ)る通りの人間であるならば、口もききたくありません。もし生きていたらこの手で……」

「僕を信用してくれるんですか? 噂通り邪神の何かかもしれないんですよ」

「今はルヴァ教の預言よりも、現実に起きていることを信じます。この村は貧しく活力は低いながら、みな親切でした。その親切な方々はあなたを慕っております。私が乳母の職を追われる前、城主様にしたご提案は間違いでした」

「どういう風に提案したんですか?」

「殿方の時に去勢して、ルヴァ教へ出家させるべきだと……あっ! 今は思ってはおりませんよ。坊ちゃんはユーゼン家の立派な跡継ぎなのですから」


 きゅんっ、と下腹部の袋が縮こまった。

 今日も男の子である。

 と、突然ブレシカはベッドから転げ落ちた。

 その衝撃でアキノの魂は手から離れ、地面に叩きつけられながら転がっていく。

 

 俺はそれを魔法で引き戻し、次元収納(アイストレイジソブクール)に収めた。

 

 ブレシカは静かに泣きながら、ルヴァ教の作法で地に頭を付けて、


「邪教の魔の手からお救いいただき本当に感謝しております。あの時は宗教観からひどい偏見を押し付けて、申し訳ありませんでした」

「どうか頭をあげてください。僕は気にしてませんし、赤ちゃんの時はお世話になったので感謝したいくらいですよ」


 俺は一時期、この人の乳を飲んで育った。

 たった二週間でも乳母だったことは間違いないのだ。

 (さげす)まれようが、去勢を提案されようが、その恩には報いなければならん。


「アキノに対しては心中お察しします。しかしコレの被害者は数えきれないほどいますし、もはや現実世界の法で裁く方法はありません。このアキノの魂の処遇は、僕に任せていただけませんか?」

「お任せいたします。私はこの七年間の罪を償い、もし城主様への謁見が許されるのならば、直接謝罪もしなければなりません」

「母上はともかく、全てはアキノがやったことですよ?」

「それでも、私のこの体がやったことに変わりありません」

「わかりました。謁見については僕が取り次ぎます。一緒にティンバラへ戻っていただけますよね?」

「もちろんです」


 滞在八日目。

 カレリューモア領から少人数だが、騎士と従士たちが派遣されてきた。

 彼ら(いわ)く、俺たちの安否と騒動の顛末(てんまつ)は、しっかりティンバラへ報告されているようだ。

 各領地からの護衛の提案を全てお断りして、魔導艇で帰路に就くことにした。


 途中で、カレリューモア領のギリードゥークという大きな町に寄った。

 騎士たちから、ちょうど長男レイスが駐屯していることを教えてもらったからである。

 

「真面目に従士団の仕事はやってるんだな」

「褒めてくれるのは嬉しいな。()()()()()()? ついでに一晩僕と――――……何かなその玉」

「ちょっとな。レイス、もしアキノが生き返ったらどうする?」

「一発だけやってさよならかなぁ。アキノのことは今でも好きだけど、よくわからないことを、ああしろこうしろってうるさいからね。もし生き返ったら、遠くで生きてくれるだけでいい。僕はもうリョーリと軍の命令しか聞きたくないよ。仕事の中では人を殺しても文句を言ってくるやつはいないし、すごく楽しいんだ」

「そうか、エヴォンとナーリにあまり心配かけるなよ。あいつらはお前の数少ない味方なんだ」

「わかったよ」


 レイスは平常運転だった。


 アキノの魂に触れてみる。

 一発云々はともかく、特に死の女神教をすっかり忘れていることに落胆しているようだ。


 三〇分も滞在せずに、再びティンバラへの帰路につく。


「……人があんなに小さい。どんな悪いことしたらこんなすごい(キャリッジ)買えるのよ。私のお父様は輸送用の魔導艇一台買うだけでも渋ってたのに」

「ホノカのお父上は偉い方なんですか」

「十大神教ではそれなりの地位よ。貴族としてどうなのかは知らないわ」


 十大神教の少女ホノカは、空を移動する魔導艇に乗るのははじめてらしく、しばらく窓にへばりついて外を眺めていた。

 しかし疲れてきたのか、いつのまにか俺の左肩にもたれ掛って寝はじめた。

 右肩にはクケイ。

 器用に寝ながら内功を練っている。


 ミリアはここ最近のルヴァ教の動向についてブレシカと雑談。

 合間にちらちらと、何かを(うらや)んでいるような視線を向けてくる。


 どうしたらいいかわからんので、ミルドとモローにあとを頼み、(まぶた)を閉じた。

☆ステータス☆

名前:ホノカ・ルドーヴィカ

性別:女

種族:人族

出身:?

職業:貴族令嬢 十大神教徒?

魔法:初級者(インセプトル)

武術:なし

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