第六十話「服飾創造」
喚起魔法を習得。
侍女クケイを介して師匠から賜った魔剣は、次元収納に登録できた。
一度登録が済めば、対象の形が著しく変わらない限り、基本的に管理権は術者にあるので盗まれる心配もない。
例えば、仮にパンのような食べ物を登録して喚起する。
それを食べて消化すると自動的に管理権は消失するといった感じ。
一部残したパンを再び登録を介せず次元収納できるかどうかは術者次第である。
俺はクケイへの指導に移ってからは、並行して別の魔法の習得に取り組んでいた。
Lv4の魔法、服飾創造である。
効果はその名の通りで、魔力を消費して衣服を修繕したり一から創造するというものだ。
先の喚起魔法同様、専門職の魔術師が使う魔法である。
ピッ○ロさんが愛弟子にピッと服を用意してやるアレをやりたかった。
もちろん、あらかじめ次元収納に衣服を登録しておけばいつでも喚起で着せられる。
しかしそれはあくまで、サイズが合っていればの話だ。
服飾創造はサイズは任意だし、服飾に限らずあらゆるモノを修繕したりもできるのだ。
「天界と神界からの祝福 歓喜の音色
古の契約をもって神の如く創造せよ 服飾創造」
習得開始から二、三時間で、いま着用している生地の再現に成功。
問題なく無詠唱化。
一〇日ほどで、特殊な生地を除き、一般流通している生地を創れるようにはなった。
問題はその先である。
被服学、裁縫、デザインはド素人だしセンスもないので、仕立てはできるわけがない。
山賊の下っ端が着るような皮の胸当てや腰巻きを創るのが関の山だ。
ここから先に進むべく、ハールマ城のプシュケ=ハニーヴィッチに協力してもらった。
次男タカイス最愛の侍女で、クケイとも仲がいい。
タカイスがグェムリッド宮殿に来たときのこと。
「プシュケさんお借りしていい?」
「いいぞ。ちょうど気晴らしをさせてやりかった。今は所用で出てるから、あとで本人に訊いてみろ」
「忙しいんなら悪いな。アンガー南部でなんかあった?」
「……南部はいつも通り殺伐としているが、東部で魔物が大量発生した件でな」
「それは母上の指示で周辺の冒険者と魔術師たちが動いてなんとかなっただろ」
「本当はリョウの指示ってヒミカ様から内々に聞いたぞ。お前の見立て通り火山活動で竜が麓の森林に降りてきたのが原因だった」
「直接指示したのは母上だし、頑張ったのはギルドの人たちだよ」
「そうだなギルドの連中はよくやってくれた。だがお前が気付かなければきっとひどいことになっていた。今はあらかた対応は済んで、ご下命無視して対応を遅らせたオヴブローグ卿とその周辺の荘園領主たちが追及されてかなり揉めてる。自業自得だな」
こんなやり取りの後、事情をプシュケに直接話すと、快諾してくれた。
彼女は服飾に造詣が深く、タメになる専門書なども多く知っていた。
仕立ての腕はプロ級で、定期的に新作の仮装衣装やドレスをプレゼントしてくれる。
おススメされた専門書を読みこんで最低限の基礎を勉強したあと、裁断から仕立てまでの工程を実際に教えてもらう。
次に創り出したい衣類を隅々まで観察し、脳内で寸分違わず想像できるくらいに覚え込む。
そして覚え込んで創ったものをプシュケや城の衣装係に見せて、問題点を指摘していただき本物に近づけていく。
これを途方もなく繰り返すのだ。
合格がもらえるくらい本物に近づけたら、今度は感覚でサイズの調整に取り組む。
感覚的には土や金属を生成するLv3の形成せよに似ていた。
というより、服飾創造の工程に、形成せよが組み込まれている。
ゆえに生地だけでなく装身具などもある程度再現できるのだ。
ちなみに装身具はよくわからない鉱石や金属で再現される。
「最初に覚えたのが女性ものの下着とは。リョーリ様もやはりご主人様の弟なのですね」
「その言いぐさ、ワシが変態みたいじゃないか。年頃の男なら誰だって夢見るもんなんだよ。なぁリョウ?」
「俺に振るな」
その通りなので否定はできない。
「しかし、これは勿体ないですわね」
練習していくにつれ、着もしない衣類が嵩んできた。
「ティンバラの町に卸してみたらいいんじゃないか? 生地が良いと価値は高い」
「リョーリ様の仕立てはまだ未熟ですが、創る生地はどれも最高品質。相場が崩れるかも知れませんわ」
「生地が偽物だと騒ぐ人もいるかもですね」
「高価なものはティンバラスール城産の生地だと紹介すればよろしいかと。いずれにせよ慎重を期さねばなりません」
「これで未熟か……プシュケはワシより厳しいな」
彼女の指導はかなり厳しかった。
プシュケもタカイス同様職人気質なのだ。
これは秀逸!
と、納得して提出しても、厳しめに指摘される。
おかげさまで、人に見せられる程度のものを創れるようになった。
仕立てデザインともに及ばないのは承知の上。
こればかりは勉強し修練し続けるしかないだろう。
「サー・コーネリアスなら上手くことを運んでくれるでしょう」
「あの有名な豪商か。商人らしからぬ志しを持っていた。兄は有名な武将で、ヒミカ様とも懇意だ」
サー・コーネリアス。
確か準男爵で商人ギルドの幹部だ。
そのまま本殿のヒミカのもとへ。
「服飾創造をこんな短期間で習得したの?」
「母上も習得しているんですか」
「あなたほど極めてはないわよ。苦手だったのだけれど、昔お父様からナイノミヤ王の正装は無理やり覚えさせられたわ」
この魔法を使う魔術師は少ない。
喚起魔法よりもレアで、覚えていたとしても服の修繕程度だろう。
習得難度の高さのわりに少々覚えた程度ではローリターン。
次元収納であらかじめ衣類を納めておく方が手っ取り早いからのようだ。
本題の町に服を卸すことと、豪商サー・コーネリアスの件について訊いてみた。
「リョウの好きになさい」
と一言。
前々からサー・コーネリアスとやらは俺との面会を望んでいたようで、かなりスムーズにことが運んだ。
会ってみると侍女イナンナの父だった。
兄で本家筋のブルストロード男爵は侍女エレシュの父。
「ちゃんと買い手が付きますか?」
「ええ、富裕層は言い値で買います。『ティンバラスールで造られた未使用の御用品』と堂々と掲げるだけで我が商会の名声も上がります。ところで、私の娘と姪がご迷惑をかけていないか……」
「いつもよくしてくれます」
「お父さま、私たちのご主人さまはいつも可愛がってくれるのよー。ね、エレっち」
「はい、いつも龍鯉さまは気にかけてくださいます」
「これはこれは畏れ多い」
「兄君ブルストロード卿の南部でのご勇名はかねがね伺っております。弟君のあなたは経済面でアンガーを縁の下で支えていらっしゃるんですね」
「光栄に存じます。それになんと兄のことまでご存じとは、お噂通りご聡明で在らせられますね。これからも、よしなによろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いします」
意図せず彼の不可視の体に触れてしまった。
昔は兄とともに戦場を駆けていたが、志半ば怪我で武術を無くし商人に転職。
商人らしく合理的に利益を追求しながらも、今度は商人としてアンガーに貢献する方法を模索している。
この人なら信頼できると思った。
持て余した創造物は、このサー・コーネリアスが元締めのブルストロード商会に卸すことになった。
相場に影響を及ぼさない程度に、様子をみながら少しずつ。
これにより、国庫から配られる予算やお手元金とは別に、俺へ直接収入が入るようになった。
***
ある日の旧本殿、サグラの寝室。
「ねえ、ダライズなんとか、私にやってみせて」
「え?」
「余も見てみたい」
「……罰ゲームはもう終わりましたけど」
「これは罰などではない。ランが体験したいというておるのだぞ」
王子サグラと鸞子はソファで興味津々な眼差しを向けてくる。
今日の鸞子はエレガントな淡いブルーグレーのドレス。
仕方ないので、ショールを創りだしてやることにした。
鸞子の頭に手を置く。
色は適当に深い紺色で……
「わっ、すごい! マーグラ様のお召しものみたいね」
「練習台になってくれましたからね。もっと明るいのがよかったですか?」
「ううん、淑女っぽくていいかも」
服飾創造の練習台として多く付き合ってくれたのは、自分とクケイを除けばマーグラとミルド、二人の侍女だった。
マーグラがハールマ城主時代に着用していたドレスは全てプシュケの手によるものだったので、違和感なく練習できた。
あの二人は魅惑的な意匠が良く似合う。
「一瞬で着替えたりできるんでしょ? あれもここでやってみせて」
「次元収納で姉上の服を登録させればできますけど、ここでやるとなると、一瞬下着姿になっちゃいますよ」
「いいわ、サグラ様にはちょっとだけ目を瞑ってもらいます」
「……わかりました」
鸞子を立たせて、頭上と足元に、わざと巨大な赤色の魔法陣を二枚出現させる。
「おぉ」
「お目を閉じてくださいますか」
「うむ。あとで余にもやってみてくれぬか」
「まだ未熟ですので殿下に行使するのはまだ……」
サグラは俺を抱っこして、不本意そうに瞼を閉じた。
魔法の発動順序は以下の通り。
次元収納→喚起
または、次元収納→服飾創造
よどみなくいけば、大抵の人には一瞬で着替えたかのようにみえる。
まずは次元収納――――
「ひゃっ!? どこ触ってるんですか」
「む?」
術の途中で雑念が入った。
「なんで、下着は消えないんじゃなかったの!?」
全て収納しちゃった。
「だって殿下が……」
「すまぬ!」
「まだご覧にならないで。リョウ、はやく元に戻すか服を創るの!」
喚起でもとに戻してもいいがここはやはり――――
鸞子が眩く神々しい光に包まれる。
取り急ぎ、インナーとミニドレスを同時に創って着せた。
そこから徐々にチョーカー、手袋と長靴下、ヒールなど細部を完成させていく。
全身白で統一。
先ほどまでの怒りはどこへやら、一転、楽しそうにしていた。
魔法少女感あるもんな。
この年頃の娘だと、こういうのはたまらんだろう。
サグラも満足そうに鸞子を眺めている。
しばらくして、鸞子が耳打ちしてきた。
「あ、あのね、せっかく創ってもらって悪いんだけど、下着に穴が開いてるのはそういう意匠なの?」
「へ?」
プシュケ謹製の下着。
さらに大きなミスを犯していたようだ。
そばに控えていたクケイと目が遭う。
例の五階西の部屋。
俺も彼女も心当たりがあるのだ。
「…………………………、」
「!?」
上と下、黙って創り直しておく。
グェムリッドに帰ってからも、ずっと質問され続けた。
「すぐおしっこするためにしても結局汚れちゃうから意味ないとおもうんだけどな。マーグラ様や侍女のみんなに聞いても教えてくれないし……あれは何のために?」
「僕の凡ミスですから、お姉様たちには絶対聞かないでくださいね。絶対ですよ」
「恥ずかしいことのなの?」
鸞子は年の割に賢いがこの通りまだ子供。
しかし他の姉たちは耳年増なのだ。
まだ必要のない知識を不用意に授けるわけにはいかん。
「ねぇ、教えてよー」
「おうふ」
はぐらかし続けた天罰か、鸞子は思い出したかのように俺を玩具にして遊んだ。
自分で蒔いた種なのだ、飽きてくれるまで我慢するしかない。




