第五十九話「喚起魔法」
先日クケイからなんだかすごい剣を貰った。
とはいえ、装備するには絶賛お子さまである我が肉体からしてまだ向いていない。
全長一〇〇センチほどの、特殊な金属を造られた直剣。
鞘から抜けば羽のような軽さに、戻せば見た目通りの重さになる。
ゆえに常に装備するのではなく、使いたい時に出せるようにしようと思い立った。
Lv4の次元収納と喚起。
この二つの魔法を習得することにした。
「一緒に覚えてみませんか?」
「Lv4の魔法など私に習得できますでしょうか」
「やってみないとわかりませんよ」
「……実はお師匠様が出立なさってから、一度個人的にヒミカ様から魔法のご指導を賜りました。しかしどうも私の才能は乏しく」
「わからないところがあれば僕がつきっきり教えてあげますよ。無理そうでも、長い目でみましょう」
「つきっきり」
「あっ、すみません。強制というわけじゃないです」
「……、」
クケイは俺の手を取って無言で首を振る。
表情はいつも通り乏しい。
拒絶ではなく、教えて欲しい、というのは不可視の体に触れなくとも長年の経験でわかる。
どこかおかしい。
今までの彼女は、俺に対して素直クールなお姉さんメイド染みた振る舞いが多かった。
なんだろうか、今は相変わらずクールでありながらも妹メイド感がほんの少しだけあるのだ。
肉体年齢はともかく、精神年齢は圧倒的に俺が上。
客観的にはそうでなくても、これが本来の姿ではある。
……そうだ、今回は『おおせのままに』と言わなかった。
これも違和感の原因の一つ。
たまたまだろうが、クケイは昔からこの魔法を覚えたかったのかもしれない。
それか何か、先日負けたことでまた心境の変化でもあったのだろうか。
あの時はたまたま勝てたとはいえ、こと近接戦闘においてはまだ彼女の方に一日の長がある。
次元収納。
まず己の魔力を使って魔法陣を描く。
次に収納したい対象を選ぶ。
この際対象をよくイメージすることが重要。
あとは『アイストレイジソブクール』と唱えれば、対象が消えて特殊な次元に収納される。
あくまで成功すればの話だ。
魔法陣は、描くこと自体が繊細かつ難易度の高い作業で、才能と根気が必要。
描けたところで唱えたとしても、成功するとは限らない。
慣れたら中空に一瞬で出現させられるようになったり、俺の魔法障壁のように無色透明にも調整できる。
一見魔法というより魔術だが、一応Lv4の魔法とされている。
書物によると、専門職の魔法でこれに特化して飯を食っている上級者もいるらしい。
俺は即日、わりと苦も無く覚えられた。
クケイはそこそこ苦労した。
武術面では相当なレベルにあっても、魔法への理解はあくまで中級者レベル。
ただ、彼女は内功を修めるためにある程度不可視の体を理解している。
魔力の流れも読めている。
きっと頑張れば覚えられるだろう。
俺の寝室、または五階西の部屋で時間の許す限り指導していくことにした。
王子サグラへの謁見をサボる口実、という邪な考えは蹴飛ばしておく。
教えはじめてから五日後。
羊皮紙には次元収納の魔法陣が描かれていて、その上にはダガーナイフが置かれている。
「アイストレイジソブクール」
ダガーナイフが黒い灰となって跡形もなく消えた。
「これは……成功したのですか」
「ええ、大成功です」
人によって消え方が違う。
光の粒子、黒い灰、火の塵、虹色のオーラだったり、前触れもなく消えたりと多様な消え方をする。
俺は最初光の粒子で、それから意図的に消し方を変えられるようになった。
派手な方が格好はいいが、地味な消え方の方が実戦的である。
収納したモノを出したい時は、『シャイェーラ』と唱えることで対象が出現。
現れ方も消え方と同様に多様だ。
一度、次元収納の登録が済めば二つの呪文を唱えるするだけで、慣れれば無詠唱で出し入れできたりする。
「次は喚起です。そうですね、任意でそこにあるかのように想像しながらやってみると成功しやすいかもです」
喚起も対象をしっかりイメージすることが重要。
「……シャイェーラ」
黒い魔力の灰とともにダガーナイフが現れ、クケイの手に収まった。
喚起は問題なかった。
五日間ダガーナイフと睨めっこしていたお蔭だろう。
「おめでとうございます、習得できましたね」
「……!」
クケイは俺の手をとり、胸に持ってきて見つめてくる。
「……リョウ様、本当に感謝いたします。この魔術で創られた部屋もそうですが、私はこのご恩をどうお返ししたらいいか思いつきません」
うおお……。
表情は硬いが、ほんのちょっとだけ頬が紅潮している。
俺でなければわからん程度。
正直いってかわいい。
喚起で対象をどこにどう出現させるかは感性と想像力の問題。
結果クケイは一〇日で対象を無詠唱で出し入れできるまでなった。
ただし、魔法陣は紙や地面に描かないといけないし、現れ方や消え方はまだ選べない。
次元収納は理論上あらゆるものを登録できる。
あくまで理論上。
第一に対象を忘れてしまうと喚起できなくなる。
記憶力と想像力がよくないとお話にならない。
ゆえに重要な物は描いたり、書き残しておく必要がある。
第二に対象が大きく、より複雑になるほど、消費魔力と難易度が高くなる。
生命体>有機物>無機物の順に難しくなっていくのだ。
収納先の次元へ転送する際、対象を霊的な別の物質に変換する必要があり、そのコスト順?
書物によれば、その他の転移召喚系魔術はまた変わってくるとのこと。
前の世界でいうところの質量保存の法則とは、似て非なる独自の法則が働いていると思われる。
収納先の次元はこの世界とは時の流れ方が違う。
例えば、温かいお茶をコップごと次元収納し、喚起するとほぼ収納当時の品質のまま出現する。
つまり料理や食物を次元収納することで、食料を保存できたりする。
この魔法に特化した専門職の上級者が重宝される理由がこれだ。
習得の難しさ、想像力、記憶力、魔力量というハードルがあるので本格的に荷物持ちとして機能する使い手は限られている。
術の性質上、出自や誠実さも求められる。
とはいえ、冒険者をやっている上級者で、簡易的に食糧確保してくれるだけでもありがたられるだろう。
生命体に関してはネズミくらいは簡単だ。
だが生きた人間ともなれば、俺の魔力量でもできるかはわからない。
ていうかどうなるかわからんので気軽に試せない。
おそらく対象のもつエネルギー量でも変わってくる。
つまり魔力が膨大だったり、内功が深ければコストが大きくなる。
おとぎ話では神魔ナイノミヤがこれを人に使って魔王を斃す話がある。
気軽にできたら悪いこと沢山できるだろうし、そう簡単なもんではないだろう。
ちなみに似た魔術はサムタヴネリの書にもある。
あっちは術式さえ完成させれば、かなり応用力が高く、広範囲にいろいろやれたりする。
ただ、その術式がかなり冗長で難解。
俺は別にいいけど、おそらくクケイは習得できない。
本来冗長な術式である喚起魔術を、魔法として簡略化してくれた先人たちに感謝しよう。
「これを習得できたことは、武芸を嗜む者としてはかなり大きな進歩といえますね」
クケイはかなり嬉しそうだった。
俺も嬉しい。
得物を自由に出し入れする。
たったそれだけのことが、戦闘に幅を持たせるという意味でかなりのアドバンテージとなるのだ。




