第五十六話「歴史好きな少年?と若返り続けるメイドさん」
王子サグラの告白から三日後。
俺はというと、いつも通り無理やり行けない理由を探す毎日である。
断わり切れず拝謁すれば、確実に何かしらの辱めを受けてしまう。
今日は通信用の巻物で羽根ペン片手に、
『気になることがあります。この世界とスヴァルガの歴史を調べ直したいんです』
『余も後学のために同席したい』
『考えをまとめて後日ゆっくりお話ししたいのでお時間をください』
『楽しみにしている』
こんなレスを交し合って事なきを得た。
仮にもスヴァルガの第三王子。
国の歴史くらいは修めてるだろうに、よほど俺を捕まえたいらしい。
罰ゲーム期間はまだ終わっていないのに普通に許してくれるのは、駆け引きなのだろうか。
嘘は吐けないので改めて史書を繙くことにした。
師匠から一度教え込まれているが、実はもう数えきれない位調べ直している。
なぜなら好きだからだ。
史書を読み耽ってどうでもいい無駄知識を集積、反復させる行為が好きなのだ。
やたら記憶力のいいこの身に転生してからもそれは変わらない。
本日の俺のお付きはマーグラ。
昼下がりに、二人してティンバラスールの大書庫へ赴く。
いつもの如く初老の女性司書に書物の出納を依頼。
禁書じゃないからか今日は機嫌が悪くなかった。
そそくさとグェムリッド宮殿の寝室へ帰還。
「あの四十がらみの女性司書、どこかでみたことがあります」
「ティンバラスールには長くいるみたいですね」
「……思い出しましたわ。雰囲気は大分変わってますけど、一時期リョーリ様の乳母をやっていた寡婦かと」
「ほう」
「レイスの乳母だったアキノと一緒に居るのをよく見かけましたわ。ハールマ城主時代の妾身に菓子折りを持ってきたこともあります。赤子の時のことは知らなくても、妾身の記憶を知っておいでのリョーリ様ならご存じなのでは?」
「確かにそういわれてみれば……マーグラがみた彼女とは別人レベルに老けてますし、ガラリと雰囲気変わってますね。レイスの方には出てきませんが」
「……あの子は興味のないことは知らんぷりですもの」
俺は赤子の頃、師匠が来るまで乳母が安定しなかった。
一時期乳母が目まぐるしく変わっていた。
女性司書は俺の元乳母で、長男レイスの乳母アキノとは知り合い?
だとしたら死の女神教徒の可能性も……。
いや、それならヒミカが乳母に採用する前に気付いて弾いてるはずだ。
あの大書庫での初対応の時、俺の事を知らないようだった。
短期間とはいえ領主の三男の乳母までやり、この城で今も働いておきながら忘れることはさすがにあり得ない。
もとの性格か、なにか理由があるのか。
そういえば精神感応に対して一定の抵抗力も見受けられる。
彼女の不可視の体はみえにくい。
触れてバレないのはエーテル体と感情体の一部分までだろう。
女性司書の件は折を見てヒミカに訊いてみよう。
急ぐ案件ではない。
あの頃のヒミカはまだ若くマーグラとの口喧嘩も劣勢で、精神的に不安定な時期。
もう気にはしていないだろうが、言い方は考えないと。
「妾身をみて、何の反応も示さないのはいささか気にかかりますわね」
「マーグラはこの城に来てから見た目が大分若返ってます。単純に気付かなかったんじゃないですか」
「まあ、リョーリ様はお上手ですわね♪」
「むぐ」
金色の瞳を潤ませ、嬉しそうにぎゅっと俺を抱きしめてくる。
む、胸がすごい。
俺の身の回りにいる侍女の中では、ミルドと双璧をなす大きさとクオリティ。
お世辞ではなく、本当に物理的に若返っているのだ。
もはや十七、八歳くらいにしかみえない。
うちに来る前を貴族の妖艶な悪役令嬢とするなら、今は蠱惑的なうら若きメイドさんといったところか。
もちろん今でもハールマ城主時代の威圧的な風格をみせることはたまにある。
マーグラとお茶とおやつを楽しみ落ち着いてから、史書を繙いた。
曰く、この世界ウルガトは二十四万年周期に破壊と創世を繰り返しているという。
二十四万年を終えれば悪い破壊神が現れてウルガトの全てをぶち壊し、救世主が破壊神を斃して新たな時代を迎える。
これを途方もない回数繰り返しているのだ。
よくある死と再生の神話体系。
史書には前提として外の世界のことが、事細かに記されていた。
・太古の昔
世界はもともと、十の世界から成り立つ。
十の世界はアルボルムンドという世界樹が根を張って繋がっている。
また十の世界は三層に分かれている。
第一層
天地を主催するヴァラス神族の天界。
アスクーン神族の神界。
神獣の住む龍界。
第二層
巨人界。
妖精界。
魔神の住む魔界。
第三層
死を司る冥界。
氷の地獄。
炎の地獄。
緋界。
太古の昔、神々は世界を跨いでよく戦争を起こしていた。
特に魔界は、冥界などの第三層の勢力と手を結び、第一層を支配しようと度々脅かした。
あまたの小競り合いと冷戦を経て対立構造を構築。
ついに世界樹を二分する大戦に発展することになる。
多くの血が流れ、もはや泥沼化するかに思えた矢先、緋界から強大な力を持つウルという破壊神が生まれた。
破壊神は同胞を大量に生み出して神族を形成し、気ままに世界樹を蹂躙した。
従わない者は勢力関係なく叩き潰され地獄送り。
全世界は荒廃し、滅びへの道を着実に進んだ。
これに危機を感じた世界樹の神々は一時休戦した。
破壊神を斃すべく一つにまとまったのだ。
完全に斃すことはままならなかったが、世界樹の神々は知恵と力を絞り、やっとのことで破壊神を封印した。
しかしただ封印するだけではいつか復活してしまおう。
そこで天界、神界、魔界、冥界、各世界の主神四柱は、第二層の中心にある大きな乳海を力尽きるまでかき混ぜ、封印先として新たに十一番目の世界を作り出した。
『破壊神ウルは十一番目の世界でしか活動できない。代りに二十四万年に一度復活し十一番目の世界を均す』
という制約のもと新たな世界に封印され、四柱の化身である救世主ガトに倒されるサイクルが開始。
その世界こそが『ウルガト』なのである。
学説では二十四万年というのは十の世界を作り出した創造神の一日の単位ではないかと言われている。
最初に学んだ時は北欧神話やインド神話っぽいと思ったが、どうやらウルガト全土で信じられている共通認識だった。
こんなよくある開闢神話を経てやっと、ウルガトの歴史が始まる。
・20万年以上前
破壊神ウルは散々暴れたあと救世主ガトに斃され眠りにつく。
ガトは自らの体を大地にばら撒いて世界を再生させた。
こうして五つの大陸はなんとか生命の住む環境を取り戻した。
再生直後のウルガトは、主神以下ほとんどの生物が死滅している。
そのため十の世界から多くの知的生命体や竜を筆頭にした化け物が流入。
土地には誰も住んでおらず、先に支配したもの勝ちなのだ。
ゆえに天界はウルガトに新たな主神を送り、流入してくる種族を制限し、監察させた。
大規模な自然災害が多発して人口はほとんど増えず、長い間大きな戦は起きなかった。
十の世界の子孫たちは五つの大陸で人族、亜人族、魔族を形成。
同時に化け物も独自に進化し、十の世界を祖先に持たない魔物も自然発生していった。
・2万年前
自然災害が収まってきて、少しずつ人口が増え始める。
・1万年前
人口爆発。
科学や魔法が発達して大きな戦が勃発する。
戦は全土で激化し、ウルガトの主神の力が弱まって十の世界から有力な神々が流入、代理戦争の様相を呈する。
特に人族と魔族との争いが激しかったようだ。
種族間による支配権が何度も替わった混沌とした時代。
数千年にも及んだ戦は第一次人魔大戦と呼ばれた。
・6千年前
天界のヴァラス神族と神界のアスクーン神族の血を引く、勇者ラルクソーンが現れる。
勇者ラルクソーンは人族を中心にした大勢の仲間の協力を得て、魔族の長である魔神シャスラと四十八柱の魔王を討伐。
第一次人魔大戦に終止符を打った。
ギルガメシュとかヘラクレス的な勇者。
一声叫ぶだけで大勢の魔族を蒸発させたとか、魔神が召喚した隕石群を槍で全て粉砕させただとか、途方もない活躍が書かれていた。
ウルガトの主神はこれを契機にウルガトと十の世界の間に結界を張って隔絶させた。
弱っていたのもあり、力を使い果たして隠遁する。
四千年間も続いた戦争で世界人口は激減し、多くの資源、技術や魔法魔術が失われた。
小競り合い程度はあったが、ラルクソーンの子孫が各地に散らばって王朝を築き、束の間の平和が訪れる。
ラルクソーンの子孫の血統を、ラルクソーンのミドルネームから『ヴェーア』と呼ぶようになった。
・5千年前
少しずつ人口が回復。
人族がヴァラスーナ大陸とアンサーラ大陸に蔓延り天下を支配する。
魔族や亜人族は奴隷の様に扱われ、逃げるように人族の少ない貧しい大陸に移り住むことになる。
・2千年前
三千年もの間平和になるわけもなく、人族は同族同士で、豊かなヴァラスーナ大陸とアンサーラ大陸の奪い合いを続けた。
そして長い年月を経て人族亜人族魔族が混血し同化するケースも増えた。
人族の中でも民族の細分化がはじまった。
地域によって体つき、髪、目、肌の色のはっきり違う人族が現れたのはこの時代である。
獣人族や長耳族など、亜人族の権利が人族の間で認められはじめた。
しかし昔ながらの純粋な特徴を持つ魔族は、相変わらず奴隷扱いをされていために僻地で静かに暮らしていた。
魔族の力は弱まり、人口も減っていった。
・1800年前
魔神シャスラが復活。
ここから四十八柱の魔王の血を引く各地の魔族たちが力を取り戻し、貧しい三つの暗黒大陸で着実に勢力を増やしていく。
・1500年前
レーモス帝国の属州だったスヴァルガを始めとした小国が次々独立。
ヴァラスーナ大陸の中央部は戦国時代に突入する。
・1300年前
照国と同盟を結んで援助を受けたスヴァルガが中央部を制覇。
スヴァルガ王国が正式に誕生した。
・1000年前
魔神シャスラは八百年かけて三つの暗黒大陸の勢力を一つに併呑し、人族が多く住む、ヴァラスーナ大陸とアンサーラ大陸を攻めた。
西の人族と東の魔族に世界を分けた、第二次人魔大戦の勃発である。
魔族の勢力には魔族だけではなく一部の人族や亜人族も戦列に加わっていたという。
シャスラは四十八柱の魔王を完全復活させ、結界の盲点を突いて隔絶していたはずの魔界や冥界から援軍まで呼び寄せていた。
細かい戦術など皆無。
身内同士で戦ばかりして疲弊していた人族は、魔族の圧倒的な力に為す術もなく蹂躙され、多くの国が征服され奴隷となった。
数千年もの間、魔族を当然の様に奴隷としてきた報いだろう。
・840年前
しかし人族も完全には負けてはいなかった。
ヴァラスーナ大陸のスヴァルガ王国、レーモス帝国、ショウ国。
アンサーラ大陸のスカイミア王国。
古代の勇者ラルクソーンの血統ヴェーアを自称するこの四ヶ国は、二百年もの間魔族の侵攻に持ちこたえていた。
あるとき、スヴァルガ王国の高名な占い師がラルクソーンから神託を受け、四ヶ国は決起する。
『四つの国から特に我が血の濃い勇者を一〇人見出し、お隠れになる主神を見つけ出せ』
選ばれた一〇人の勇者は神託通りウルガトの主神を探し出した。
そして結界をより強化させて十の世界からの援軍を完全に遮断。
際限なく魔界や冥界から援軍がくるのであれば、魔族の首長たる魔王どもをいくら撃破しても無意味だからだ。
ちなみにウルガトの主神は一般人に成りすまし、当時スヴァルガの都だったティンバラに隠れ住んでいた。
一見ただの少女で探し出すのに非常に苦労したという。
ウルガトの結界強化のついでに主神の加護まで貰った一〇人の勇者たちは、各国の軍と連携して人族の領域を制圧していた有力な魔王を次々に撃破。
魔族とは対照的に陽動などの策略を駆使して勝利を手にしていた。
結果ヴァラスーナ大陸とアンサーラ大陸から完全に魔王たちを追いだすことに成功。
間を置かず暗黒大陸に乗り込み、シャスラを追いこんだ。
死地となった戦場は暗黒大陸中央シャスラ島にある、魔神を祀るシャスラ神殿。
一万メートルクラスの高峰が三〇座以上そびえ立つ山脈中の、標高九千メートルに位置する険しい地形に神殿はあった。
敵味方問わず到達するのが極めて困難な場所である。
一〇人の勇者は魔神シャスラと複数の魔王と対峙し、数十日に及ぶ闘いの末に斃した。
事実上の第二次大戦の終焉。
ただし、斃したと言ってもシャスラはまたいつか復活するとされている。
暗黒大陸に生き残っている魔王と魔族は降伏した。
片棒を担いだ人族と亜人族の国々と共に皆殺しになりかけたが、ウルガトの主神の意向と現実的な観点から穏便に済んだ。
生き残った勇者。
雷聖ヴィリハード、神魔ナイノミヤ、鰐王リュードヴェル、剣狂ノアの四人が、主神の意を汲んで仲裁に奔走したのだ。
魔神側についた人々や魔族は、根底には人族から迫害されて恨みを持っていたり、脅されて仕方なく参加した者もいる――――
なんて情状酌量は建前。
そも五千年ぶりの大きな戦でウルガト全土が疲弊しきっていた。
暗黒大陸は土地が貧しい上に、強力な竜や魔物が跋扈していて環境も険しい。
攻め滅ぼすのは困難だった。
ゆえに、
『人族や亜人族は二大陸で勝手に喧嘩するので、魔族は魔族同士三大陸で大人しく暮らしてね』
という内容の不可侵条約を無期限に結んだ。
大戦の後処理が終わったあと雷聖ヴィリハードはスヴァルガの王位を継承。
神魔ナイノミヤはスヴァルガ守護の役目に戻った。
鰐王リュードヴェルも選挙で母国レーモス帝国の皇帝に就任。
剣狂ノアはスカイミア王国からの叙爵を辞退して人々を助けて回ったと記述されている。
四ヶ国のうちショウ国だけは勇者が生き残らなかった。
人族の勝利を記念して、翌年を元年としたヴェーア暦という紀年法が始まる。
ラルクソーンの子孫、ヴェーア諸族の権威の一つとなっている。
ちなみにショウ国ではヴェーア暦と並行して独自の元号を建てている。
・ヴェーア暦32年
ショウ国とスヴァルガの関係が悪化。
英雄ヴィリハードが王になったことで最盛期を迎えていたスヴァルガは、ショウ国を大陸中央部から退ける。
・ヴェーア暦45年
ヴィリハードの跡を継いだエアルド・ヴィリハード二世が皇帝に即位。
・現代
今年でヴェーア暦828年。
相変わらず世界中で戦争をしているが、大きなものは起きていない。
人族の国が暗黒大陸の国と国交を結んだり、魔族出身者が官吏になることも稀にある。
魔族に対する風当たりは大分マシにはなってはきたが、扱いがひどいのは変わりない。
近年では身分制度や血統も重要視されるようになってきた。
卑民に関しては奴隷の魔族よりも扱いがひどい。
ウルガトの歴史を追う時いつも留意する点は、
・ウルガトの開闢神話は宗教種族関係なく信じられている
人族、亜人族、魔族だろうがルヴァ教やスヴァルガの十大神を信じてようが関係ない。
あくまで神話なので形式的に信じてる人がほとんど。
サンタクロースを信じるか信じないかというレベルの話のようだ。
・破壊神ウルは雄にも雌にもなる体質を持つと言われている
俺が赤子の頃に気味悪がられたのはこれが原因。
今現在この体質で俺を気味悪がる人は身近にはいない。
しかしルヴァ教や一部の十大神教信者、その他信心深い人に嫌悪する人がいる。
・二十四万年の始まりが曖昧
大体二〇万年以上は経っていると予想されているだけで根拠がないのだ。
もし何かの拍子に最後の日でもわかれば混乱することは間違いない。
知らない方がいいのかもしれない。
・十の世界、世界樹の神々が本当に居るとして、なにゆえ終わると知っているウルガトに流入して来るのか
おとぎ話とはいえそこの説明がないのでモヤっとする。
似たような過ちを十の世界とウルガトで繰り返している。
どこの世界の人々もやはり愚かなのかもしれない。
それとも何か旨味でもあるのだろうか。
・ウルガトの主神の行方が不明
スヴァルガの叙事詩の一部に、英雄ヴィリハードと美しい女神との激甘なラブストーリーが描かれているが、現代では創作色が濃いとされている。
叙事詩では妃になったとされているのに、スヴァルガの正史にはその記述がなかった。
・ラルクソーンからの神託について
神託を受けたのはスヴァルガの高名な占い師。
これはおそらく神魔ナイノミヤだと推定されるが、そうと断定している史書は見つからない。
「ふう……」
ひと息ついて窓をみると暗くなっていた。
午後八時。
鸞子はサグラのところで夜ごはんだろう。
俺は別に腹は減ってないからいいとしてマーグラは――――
揺り椅子で気持ちよさそうに眠っている。
そっとよだれを拭いてやり、起こさないよう慎重にヴァトファーシオでベッドへ移動させた。
険のない彼女の寝顔は美しく可愛かった。
眺めていると思わず笑みがこぼれてしまう。
俺はそれをしばらく観察したあと、再び歴史の世界へと誘われた。
☆ステータス☆
名前:マーグラ・レッドソード
性別:女
種族:人族
出身:レッドソード王国
職業:元ハールマ城主 現ティンバラスール城のメイド
魔法:初級者 強度の低い精神感応 念話は一人まで
武術:八監派 美や健康のため内功を学びはじめた程度




