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第五十五話「婚約と求婚」

 ティンバラスール城旧本殿、アイザール王サグラの私室。

 ここで俺は災難に見舞われていた。


「そういえば、一度もそなたの兄たちと会っておらんな」

「長男レイスは殿下に謁見する立場にありません」

「タカイス殿は?」

「確か今日は休みですけど、陶冶(とうや)に勤しんでるんじゃないですかね」

「ふむ、公務として正式に面会を予定させてもよいが、それでは面白くない。リョウが呼べば来てくれるのではないか? 兄弟仲は良好と聞いている」


 次男タカイスは宰相イーラムの派閥で日々政治のお勉強をしている。

 今日はたまのお休み、きっと来ないだろう。

 と、ダメ元で連絡用の巻物(スクロール)便り(メール)を送ったら意外にもいい返事が返ってきてしまった。


 自然木をそのまま伐り出したような机と、三人掛けのソファが二脚。

 俺と鸞子(ランコ)はこれでもかと装飾され、寵姫のような格好をさせられていた。

 化粧も貴族が一般的にするような薄いものではなく、本格的なもの。

 ソファで双子ともどもサグラへ体を預けている形だ。

 その姿はまるでドラマや漫画でみるような暗愚そのものである。

 

 あくまで俺の主観で、実際は少年少女が戯れているだけなんだと思う。

 

 向かいにはタカイスが座っている。


「ワシの妹は並々ならぬご寵愛を賜っているご様子……加えて弟まで」


 サグラは俺の髪先を手癖で擦って遊ばせながら、


「先日三人で、敗者が勝者のいうことを何でも聞く賭けをしてな」


 ことは使用人たちと行っていた模擬戦闘に端を発する。

 最近よく開催しているので、いつしかサグラの耳にまで届いてしまっていた。

 そこから紆余曲折。

 サグラの提案でティンバラスール城内限定で小さな武術大会をやることになった。

 王子の暇つぶしだ。

 面子は俺たち双子とサグラ、腕に覚えがある使用人とサグラの侍従。

 ちなみにクケイ、親衛隊長ネイには審判(ジャッジ)に回ってもらった。


 結果はサグラが優勝。

 王子に優勝させないとスヴァルガの面目的な意味でよろしくない。

 さすがにサグラも了承済みで、決勝で()()()()()()()許してくれた。


 それから罰ゲームを受けることになったのだ。

 日々の修練と勉強を済ませた後はサグラの許へ毎日参内し、いうことを聞く。

 期間は三〇日。

 長いわ!

 鸞子にはご褒美でしかない。

 おそらく俺が会いに行かないから、こんな回りくどいことをしているんだろう。


 無茶振りをされるという意味ではいつもと変わりはないし、お姉様たちとの勉強会だとか何か正当な理由をつければ解放してくれる。

 ただ、罰という名分を得て遠慮がなくなった。


「タカイス殿に無理を申したのも、余がリョウに頼んだゆえ」

「はは、ご下命くださればいつでも参上つかまつりました」

「いやいや、タカイス殿は義兄上(あにうえ)と呼ばねばならぬお方。愚鈍な余が呼びつければ、気を悪くするだろうかと」


 鸞子は実に幸せそうに胸にすがっている。

 タカイスは俺のしょぼくれた様子に笑いを堪えながら、


「ランは罰になってないようだが……リョウ、たんと御恩を賜れよ」

「勘弁してくれよ」

「お、余にそのような物言いとは珍しいな」

「これは殿下にじゃなくてですね」


 なにやってんだろう、と顔が熱くなる。

 

 小一時間ほど談笑したあと、


「……そろそろ戻りたいと思います。プシュケ」

「はっ」

「茶器までいただくとはなんとかたじけない。また声をかけてもよろしいか?」

「よい作品ができればお届けに参ります。リョウに拙作の進捗を()くとよろしいでしょう」

「承知いたした。誰か、お送りしろ」


 タカイスは一礼して帰っていった。


「お前たちの兄上、噂に聞くより随分と好漢ではないか」

「そうですか」


 芸術に狂った気難しい御曹司、とタカイスは世間で評価されている。


「気難しい人物と思い込んで今まで会わなかったのが実に惜しい」

「私たちには優しいんですのよ」

「そうか、余は気に入ってもらえたかな」

「気に入ってると思います。嫌いな人物にはとことん厳しく当たるので」

「ふふ、きっと二人のおかげだ」


 サグラもタカイスを気に入ったようだった。


「そなたたち、しばらく席を外せ」


 俺もクケイたちに目で合図する。

 ぞろぞろと侍従と使用人たちが部屋を後にした。

 人払いをしてまで何を話すというのか。


「リョウよ」

「なんでしょう殿下」

「余とこうしているのは嫌か? 正直に申せ」

「嫌です」

「そ、即答か……」


 サグラは少しだけ残念そうにするが、すぐに気を取り直して、


「余は嫌じゃない。そなたの事をランと同じように愛しているからな」


 (ふところ)で猫のように甘えきっている鸞子をあやしながら、恥ずかしげもなく言い放つ。

 サグラはこういうやつなのだ。

 恥ずかしいことをサラりと言えば、持ち前の雰囲気(オーラ)で納得させられてしまう。


「どういう意味でしょうか」


 この人はそっちのケもある人なのか、そうじゃないのか。

 見上げれば蒼い瞳を爛々(らんらん)とさせ、自信に満ちた表情をしている。


「頃合いをみて、余とランが婚約の儀を行うのは知っているな」

「学校へ通いはじめる前にと聞いてます」


 婚約。

 結婚ではなく文字通り結婚の約束である。

 鸞子とサグラの婚約はもはや既定路線。

 世間へそれを周知し、古来から伝わるいくつかの儀式を経て成立する。

 

 ただし正式な結婚はかなり先になる。

 古い皇族の礼法に従えば男子が十七歳、女子が十五歳。

 本来ほかの王侯貴族たちも守るべきルールだが完全に形骸化している。

 うちの両親や側室だって守ってないし、諸侯たちだってそうだ。

 どこの家門だって子弟たちをさっさと結婚させてお家の没落を防いだり、繁栄させたいのだ。

 いま守っているのは慣例的に今上帝の実子たちくらいのものだろう。


「次の収穫祭で余とランの関係を諸侯に公表する。これは皇族とユーゼン家の威勢を知らしめる意図があるのを知っているか?」

「ええ、存じ上げています」

「アンガー・ユーゼン氏は余の姻戚となる。賢いそなたなら意味はわかるだろう」

「……、」


 秋の収穫祭でユーゼン家の立場を表明。

 サグラを将来皇帝にするため鸞子は婚約する。

 当然意味はわかるが、答えなかった。


「そなたの父君トライス殿を王に封じ、アンガーに新たな王国を建国するをためでもあるからな」


 アンガーは領都ティンバラを中心に、周りの領邦を併呑(へいどん)した新興の軍閥である。

 トライスは皇帝と義兄弟で、騎士爵から侯爵までの従属爵位をたらふく持っている。

 この奇妙な統治形態の理由(ワケ)は、トライスが短期間で多大な功績を挙げているからに他ならない。

 アバーフォース島総督(伯爵相当)からティンバラ伯爵。

 そこから次々に周辺の領地を実効支配し、ヒミカとの結婚を期にアンガー侯爵へと至る。


 もともとアンガーは帝都からかなり離れていて帝国と反目している領地も多かった。

 ゆえに帝国は次々に支配を承認し、その正当性を担保するため、ちょうどいいタイミングで現れた出自のいいヒミカを女公爵としてティンバラに封じたのだ。

 周辺の小国を併呑していくにつれ、アンガー地方と呼ばれていた地域は、いまや『アンガー領』と呼ばれるようにもなった。


 功績と勢いからいえば、トライスはいつ王に封じられてもおかしくない。


 侯爵位であり続ける理由。

 一つ目はテラザール領の本家ユーゼン家への配慮である。

 俺の祖父であるテラザール侯は帝国より名誉称号として公爵を賜った身。

 これを超えてはならないという風潮がある。

 また、トライスの母はナイノミヤ王国の下流貴族出身で側室。

 つまり庶子。

 本家の正室筋の子弟たちがアンガー・ユーゼン家の躍進をよく思ってないのだ。


 二つ目にトライスを皇帝の名のもとに王に封じて、なおかつ王国を立ち上げること自体の困難さ。

 建国して勝手に王を名乗ること自体は簡単。

 問題はその先だ。

 現在スヴァルガ帝国にはあまたの領邦を抱え、強大な発言力を持つ九つの王国がある。

 

 ローナッドスヴァル皇国 皇帝が直接統治

 ナイノミヤ王国 ヒミカの実家

 アイザールスヴァル王国 第三王子サグラの封地

 ラーザールスヴァル王国

 スァースヴァル王国

 ディヒャスヴァル聖国

 ワイドアッハ王国

 アファイーン王国

 エサンデオ大公国


 スヴァル、とついてる国は古代にスヴァルガ王が皇帝を僭称(せんしょう)したときの名残り。

 状況によって端折ったりする。


 アンガーはこの九王国と同じ立場を目指している。

 十番目の王国。

 軍閥の重臣たちも口に出さない最重要機密。

 公になればスヴァルガの諸侯から反発を喰らうのは間違いない。

 皇帝、皇太后、王や王子たちの派閥が入り乱れて、大きな争いになるだろう。

 皇帝の寵愛を受けて、英雄的立場にもあるトライスだとしてもそう簡単にいかない案件なのだ。


 この諸問題をクリアするキーワードが、第三王子のサグラと、ヒミカを母に持つ鸞子(ランコ)との婚約である。

 実力と多大な功績、皇帝と義兄弟の契りを結び、出自のいいヒミカと結婚してさらに子供同士を結ぶ。

 周到に準備しないと一臣民から王にはなれないようだ。


 トライスの王への陞爵(しょうしゃく)、サグラの皇位継承、二つの利害が連動している。

 アンガー・ユーゼン家は実行力で、サグラはその権威で、お互いがお互いの後ろ盾になろうとしているのだ。


「そなたの気持ちを考えずに三つ提案したい」


 一呼吸置いたあと、俺の顎を指で()()と上げて、


「ランとともに、余の(きさき)になるつもりはないか」


 ポカンと口を開けてしまった。


 一瞬にして思考が止まった。

 今までややこしいアンガーの将来について考えていたのに。

 数秒ほどして、脳が情報の処理を開始する。


 妃?

 男同士なのに?


「僕は男ですよ!?」

「今日の身躯(しんく)は女子なのだろう。それに、男子でも変わらず美しいではないか」

「そんなの姉上は嫌でしょうし、関係各所に説明とかわけわからんし、将来絶対後悔しますし」

「ランは納得しておるし、説明責任は果たすし、余は絶対後悔しないと言い切れるぞ」


 鸞子は(うなず)きながら、


「本当は前から話していただいてたの。お母様も知ってる。私はリョウがいいならいいよ?」

 

 突然の、しかも男からの求婚に、混乱しまくっていた。

 未来視で自分の死ぬ姿をみるよりも心の整理がつかない。

 これは夢か。

 そうだ、夢なんだと自分の頬つねる。


「ははは、残念ながら夢ではない。もしその気が少しでもあるならじっくり悩んでくれ。この提案だけはどう転んでも(とが)めはせぬ」


 サグラは、混乱のあまり遠い眼をしている俺を撫でてから、


「二つ目の提案をしよう。余に仕え、そなたの才を活かさぬか」


 ハッ、と表情を整える。


「才とは、魔術師としてのですか」

「先日、最上級者(マジストル)になったようだな。大っぴらに祝えばよいのに教えてもくれなかったが……。最上級者(マジストル)といえば、スヴァルガで確認されているだけでも数えるほどしかおらぬ。そなたは一介の貴族の子弟とは呼べぬ存在になってきた」

「……、」

「それも含めて、言語、兵法、政治に明るく、余の知らぬ知識まで修めておるだろう?」


 生前俺は適度に歴オタ(最初は東アジア)だった。

 東アジア史を学ぶにつれて興味は全世界へ。

 歴史を追いながら孫氏を始めとした武経七書や四書五経を読みこみ、神話や宗教本だのインド哲学西洋哲学だの、歴史に関わるあらゆる分野を半端に(かじ)った。

 

 大規模MMОのPvPイベントで、孫子やランチェスターを取り入れたりして軍師様気取っていたのは黒歴史である。

 今思えば我ながらイタいやつだった。


 普段俺がヒミカや家臣たちにしている助言は、その半端に齧った知識と師匠(ソフィア)から学んだこの世界の学問に裏付けられている。


「通訳や魔術師としてはともかく、知識はあんま当てにならないと思います」

「先の駐屯従士団の新設問題ではよい働きをしたと聞いている。日々ヒミカ様の相談にも乗って良い方向へ導いているのだろう。そなたが当てにならんなら、余はもっと当てにならん白痴(はくち)だな」


 少し自嘲気味に含み笑いながらいうので、

 

「そのようなことは、仕える人のためにもおっしゃらないでください」


 とサグラの襟元を掴んだ。

 女官カーシャや侍従長ナイルが聞けばきっと悲しむ。


 サグラは歳の割にかなりしっかりしているし賢い。

 見た目も十歳には見えないし、なにより美少年で皇族の貫録もある。

 

「事実なのだから仕方あるまい。さて、三つ目の提案だが……」


 唾を飲んだ。


「余の傍にいてくれ。何もせず目の届く所に居てくれるだけでもいい」

「それだけ、ですか」

「それだけだ。余の近くに居るならば好きな事をしてよい。家を継承したいなら助けてやる、しないなら別に爵位をやることもできる。これは提案と言うより余の心からの願いともいえるな。まぁ、その、なんだ、どんなことがあってもそなたら双子の味方ということだ」


 サグラは終始穏やかに話していた。

 全て本心なのだろう、と思った。


「処理が追いつかないので、とりあえず保留で。一つ言えることは僕も殿下の味方でありたいです」

「今はそれでよい」


 と、極自然に頭にキスしてくる。


「ふ……!?」


 少しだけサグラの不可視の体(マナス)がみえた。

 鸞子への健康的な恋愛感情。

 俺に対してはあらゆる面で好意を抱いてくれている。

 本気だ。


 いつもなら狼狽(ろうばい)するような行為にも、背筋が少し伸びる程度にしか反応できなかった。

 (ラン)が少々の嫉妬を(はら)んだ視線を送ってくるのもスルーしてしまうくらい衝撃を受けていた。


 答えは出ているのだ。

 一段落つけば時期をみて自由気ままに生きたい。

 しかし、明確な答えは口に出せずにいた。


 サグラの顔をみると、言い出せなかった。


 鸞子が手を取ってきて、


「サグラ様は本気、ちゃんと考えるのよ?」

「わかってますよ、わかってます」

「そなたはユーゼン家の継嗣の権利も持っておるからな。熟慮するのだぞ」

「はい……」

「難しい話は終いだ! 皆の者、もう入ってよいぞ」

 

 このあとサグラに恥ずかしい行為をいくらか強要されたが、終始上の空だった。

 まさか求婚されて『(きさき)になれ』だの言われるとは。






 この日以降、侍従の宦官(かんがん)たちの対応が軟化した。


 侍従長ナイルに理由を()くと、


「とある筋ではリョーリ様は策に明るくずる賢いと有名でした。実際、このアンガーの表の顔がヒミカ様ならあなたは裏の顔だ。その麗しさを利用し殿下に取り入ってよからぬことでも画策しないかと心配だったのですよ。あなたの今までの行い、殿下への対応に鑑みて、信頼に値すると判断いたしました」


 どこの筋だよ。


「とはいえ、殿下を悲しませるようなことを私どもは許しませんので」

「はい、わかっています」


 指で頬をピンっとハネられた。

 全身黒づくめで眉無しの悪人面、怖い顔をしている。

☆ステータス☆

名前:サグラ・ヴィリハード=スヴァルガ

性別:男

種族:人族

出身:スヴァルガ帝国ローナッドスヴァル皇国 帝都

職業:スヴァルガ帝国第三王子 アイザール王

魔法:中級者(ミディアム) 得意ではない

武術:便宜上は北虎林(ほっこりん)派中伝

尊敬:ヒミカ、クケイ 

好き:カーシャ(家族として)

大好き:リョーリ、ランコ

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