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第五十三話「最上級者と不安な魔族メイドさん」

 俺は最近、使用人たちに請われて、武術や魔法を助言するようになった。


 半分は善意、もう半分は実益である。

 第一に彼らが強くなれば模擬戦闘に手応えがでてきて俺の修練が捗る。

 第二に間接的に領兵たちの武力向上に繋がるからだ。


 使用人たちの中でも目を見張るのは、庭師モローと侍女ミルド。

 二人の戦闘スタイルは完成しているようにみえてまだまだ伸びしろがあった。


「モローは擒拿術(きんなじゅつ)、つまり組技を磨いてみたらどうでしょう」


 モローは立ち技主体。

 拳闘(ボクシング)スタイルでありながら蹴り技を状況に応じて使い分ける。

 打撃技術は高く喧嘩慣れもしているのに、関節技に疎い。

 

「そっちはド素人なんよな」

「組技を弱みにしてつけ込まれないことが目的なので、基本は打撃でいいんですよ。しかし半端にやるだけではなく打撃以上のものを目指すんです」

 

 対してミルドはさまざまな流派が渾然一体(こんぜんいったい)となった我流の武術を使う。

 陰陽でいえば陰寄りの武芸が多く、相手の虚をつくものが多い。


 魔法もLv3くらいまでならそれなりに習得していく。

 強度にはバラつきがある。

 習得しているのではなく、思い出しているんじゃないかと思った。

 覚えたてにしては、あまりに手慣れているからだ。

 普通ああはならない。

 彼女の種族性がそうさせるのか、単に超長時間をかけて昔覚えていたことを忘れてしまっているのか。

 

 軽功も得意だ。

 空を自由に飛び回れるくらいの技量はある。

 軽功というより、魔力と内力を利用した独自の飛翔術と言った方がいいかもしれない。

 飛翔している時は、全身から陰と闇属性のチカラが溢れているのだ。


「自分でもいつからやってんのか思い出せないんだ。力になれなくてごめんね……」

「いや、いいんですよ」


 思い出せないことを()きただすとやはり悲しい顔をする。

 本人も気にしているところだろう。

 (ひざまず)き上目づかいにそんな顔されると、俺の下半身の健康に悪い。

 こういうときはいつも彼女の頭や(あご)を撫でてやって誤魔化している。

 するといつも彼女のご機嫌は回復して心地よさそうにするのだ。


 空を飛ぶ。


 この世界で空を飛ぶためには、軽功を究める、魔法、魔道具(マジックアイテム)を使うのが一般的である。

 あくまで手段として一般的なだけで、誰やかれや飛ぶことはできない。

 

 俺は八監派の軽功、雲散翔舞勢(うんさんしょうぶぜい)で限界を無視すれば一応飛べる。

 しかし体質的な意味でコスパが悪い。

 制限なく空を自由に飛んでみたいという思いはある。

 ゆえに、魔法からアプローチをかけることにした。


 ところはグェムリッド宮殿。

 いつもの中庭でクケイと二人きり。

 

「万物を監視せし神々 その(ことわり)(いにしえ)の契約

 とどまることを知らぬ魔力を()って(そら)を制せ」


 Lv6の魔法、飛翔せよ(マカイェロ)

 自分や対象を飛翔させる魔法。

 詠唱はごく単純。

 単純だが、習得するレベルになければ発動しないか、しても術者や対象がぶっ飛んだりして取り返しのつかないことになると、書物にかかれていた。

 

 Lv5を覚えようかというところなのに、すっ飛ばしてLv6に挑戦するのは無謀――――


「おお、浮きましたね」

「さすがはリョウ様です」


 意外に詠唱一回目で成功した。

 二回目からは詠唱を省き、感覚で自由に飛べるようになった。

 あとは速度調整するだけである。


 今までLv4の魔法を習得するだけでもわりと労力が必要だった。

 単に飛翔せよ(マカイェロ)との相性がよかったのかもしれない。

 とはいえ間違いなく、飛躍的に習得速度は向上している。

 その理由(ワケ)はやはり、魔力増幅(ダリーサーラ)精神感応(テレパス)習得で不可視の体(マナス)への理解が深まったからだろう。







「だいぶ速度出るようになってきましたね」


 中空を旋回。


「ええ、ですがまだ習得したばかり。この中庭は狭いのであまり速度をお出しになるとお怪我のもとです」

「リョウー何やってるのー?」

「――危ない!」


 鸞子(ランコ)の声に気を取られた一瞬、コースが少しずれた。

 目の前には城壁。

 体感時間が圧縮される。

 ここから急旋回するほどまだ熟練はしていない。

 ならば魔法障壁(パヴィーナス)――――


 ズキン!


 破滅的結末(バッドエンド)の未来視……はみえない。

 脳に例の衝撃がきただけである。

 どういうこっちゃ。

 回避行動をするなということか?

 まさかここで俺に死ねと?


 わからんが、魔法障壁(パヴィーナス)の発動準備だけはしておこう。

 

 残り一メートル。

 高速度カメラで撮影しているみたいにゆっくりと城壁へと近づく。

 もう発動しないとだめだ――――


 って、あれ?

 柔らかい。


 一気に体感時間が元に戻る。

 

 この匂いと弾力はミルドだ。

 

「怪我はないかい!?」

「ぷぁっ、助かりました。大丈夫ですけどいつの間に」


 俺はなぜか、彼女の胸に飛び込んでいた。

 鸞子と一緒に居たはずだ。


 お?

 抱かれたまま、唐突に壁際から中庭中央へ移動した。


「あ、あれ? あたしまた、どうやって……」

「私には、ミルドが瞬時にリョウ様の前に現れたようにみえました」

「軽功などではなく?」

「はい、いかに(はや)く気配を消しても通った痕跡は残るものです」


 クケイの目で追えない速度をミルドが出せるはずはない。


「がむしゃらに、リョーリを助けなきゃと思ったらここにいたんだよ」


 状況をみるに、テレポート的な何かを発動させたとみていいだろう。

 Lv6の魔法に次元移動(モトゥスコルディナーレ)というテレポート系魔法がある。

 あれに近いものか?


「今までこんなことあったんですか?」

「わからないよ……ここ一二〇年はなかったと思う」

「ミルドには赤子の頃から面倒みてもらってるが、初めて見た。あったらもっとシノギ楽できてたわ……ってどうした?」


 ミルドは俺を抱いて不安そうにしている。

 様子や不可視の体(マナス)からして本人も意図的にやったわけじゃない。


 俺の危機的状況と、ミルドの必死さに何かが共鳴して起きたのだろうか。

 あくまで仮定だ。

 ()()()()()()()()についてはあとで考えよう。


「もう一度やったりできます?」

「……やり方がわからないよ」

「そうですか。クケイ、僕たちに殺す気で九会(くえ)黒肚(こくと)龍掌(りんしょう)を撃ってみてください」

「このまま、ですか」

「はい、僕ごと殺す気でお願いします」

「……おおせのままに」

「あ、あたしだけでいいから」

「僕も付き合いますよ」


 クケイがわざとらしく殺気立つと、中庭で(さえず)っていた小鳥たちが忙しく飛び立っていく。


「ミルドは軽功や体捌きを使わず避けてください。さっきの方法でです」

「そんなこといわれたってわからないよ」

「なら二人で丸焦げになっちゃうかもしれませんね。モロー、姉上を避難させてください」

「お、おう」


 とはいっても魔法障壁(パヴィーナス)でなんとかする。

 いつも彼女とは撃ち合っているのだ。

 事前に来るとわかってさえいれば対処可能。

 クケイも俺を信用して殺す気で来てくれている。


「では」


 鸞子の避難が完了したと同時に、中庭一帯を制圧するように内力が膨れ上がる。

 その瞬間、クケイを中心に赤色の凄まじい掌風(しょうふう)が巻き起こった。

 到達速度、威力も十分なドデカい陽気の塊。

 何か対策しなければ普通に死ぬだろう。


 ミルドは俺を庇うようにクケイから背を向けた。

 魔法障壁(パヴィーナス)発動――――


 しようとした所で視界が変わった。

 クケイのすぐ後ろに移動していたのだ。

 

 城壁は黒く焼け焦げて一部が崩れている。

 この中庭には自動修復(リカバリー)術式が組み込んであるので問題はない。


 確信した。

 間違いなくテレポートしている。

 ありのまま起こったことを整理する。

 おそらくだが数万分の一秒くらいの間、真っ暗な別次元に行って帰ってきた。

 この次元→別次元→この次元に帰還という流れでテレポートしていると思われる。

 出発地点に、ほんの一瞬だけ肉眼で確認できる黒い瘴気(しょうき)

 闇属性の魔力を使っているのだ。

 

 ミルドは不安からか息が荒い。

 クケイはいつも通り動じず、鸞子とモローは唖然としていた。


「なんにせよ、二度助けていただきました」

「助けてなんかないよ……」

「頑張ってくれたお礼に、何か欲しいものとかありませんか?」

「え!? そ、そうだねリョーリの……」


 意気消沈した状態から一転して赤い瞳を輝かせた。


「姉上がいるのでエッチなのはだめですよ」

「じゃあキスとかは?」

「それくらいなら……いや、やっぱダメです」

「それすらだめなら特に思い浮かばないから、将来のツケにしといてあげるよ」


 この後ミルドはテレポート能力をモノにした。

 やはり昔から使えていたんじゃないかという疑問はこの際置いておこう。

 

 彼女のテレポートを経験したおかげで、Lv6の次元移動(モトゥスコルディナーレ)習得のヒントを得た。

 アプローチこそ違うが中身と結果はほぼ同じ。

 習得まではできた。

 この魔法は並みはずれた空間認識能力がないと行使できない。

 書物(いわ)く、ミスれば体はバラケると指摘されている。

 

 現状、数回連続で使うだけで気持ち悪くなってくる。

 実戦で使うのは先になりそうだ。

 精神感応(テレパス)と同様、長い目でみるべきだろう。


 Lv6の飛翔せよ(マカイェロ)は順調に、次元移動(モトゥスコルディナーレ)は不完全ながら習得。

 あの時、未来視をみせず脳に衝撃だけを与えてきた。

 はじめての事例だ。

 次元移動(モトゥスコルディナーレ)が今後重要なスキルとなる可能性?

 それとも単に習得させようと仕向けたのだろうか?

 もっともらしい答えは見つからない。

 

 ともあれ俺は魔術師として最上級者(マジストル)になった。





***





 ある日の庭師モローと侍女ミルド。


「あいつ本当面白いやつだな。この前はデカい衛兵のおっさんども並べて筋肉と食べ物について議論してたぞ」

「難しいことをいろいろ教えてくれるね」

「それが結構当たるんだよな。まだここにきて少ししかたってないのに、もう三倍くらい強くなったわ。どんな強くなってもリョーリにゃ勝てねえけど」

「あたしもなんかしんないけど、言う通りにしたら魔法覚えてるし武術の腕も上がってってるよ」

「不思議だよな」

「……うん、あたしみたいな魔族にも優しいしね」

「お前らしくないな、本気で惚れたかあ?」

「あんただって、()()()()()ちょっかい出してるじゃないか」

「あれはリョーリがだな……。まあ、あの言葉の意味がわかった気がするわ」

「ガレの師匠の言葉で『仕えるなら死んでも裏切るな』だっけ」

「好きとはまた別の、いや好きなんだけど……言葉じゃうまく説明できねえな。お前もなんとなくわかんだろ。リョーリやランコサマの側によくいるんだし」

「うん、わかるよ。側にいたいというか」

 

 運命的な何か。

 二人はお互い、言葉にできない感覚と感情を抱いていた。

☆ステータス☆

龍鯉(リョーリ)

名前:リョーリ=ユーゼン

性別:寝て起きると変わることがある

種族:人族

出身:スヴァルガ帝国アンガー 領都ティンバラ

職業:軍閥を形成する有力貴族の三男

魔法:最上級者(マジストル) 基本無詠唱 禁書の魔術

武術:便宜上は八監派中伝


・ミルド

名前:ミルド

性別:女

種族:魔族 詳しい種族は不明

出身:不明

職業:ティンバラスール城のメイド

魔法:中級者(ミディアム) 独自(オリジナル)魔法?

武術:我流 上伝~奥伝相当

尊敬:城主ヒミカ、侍女の先輩たち

好き:リョーリ、ランコ


・モロー

名前:モロー

性別:男

種族:竜人族(ドラゴニュート)後裔(こうえい)

出身:ティンバラ北区のスラム

職業:ティンバラスール城の庭師

魔法:なし

武術:我流 上伝~奥伝相当

尊敬:リョーリ

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