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第四話「魔法と武術」

 ティンバラスール城は中区の南側から南区にまで及び、大きく分けて六つ宮殿がある。


 ティンバラスール城の名の由縁(ゆえん)である『旧本殿』。

 新しく(ヒミカ)の住まいとして建てられた『本殿』。

 

 残りの四つは各々四季の名を冠していて


 春の『イアライ』

 夏の『サンラ』

 秋の『フォムエア』

 冬の『グェムリッド』


 ティンバラがスヴァルガ帝国の首都だった時代は、五つの宮殿が皇宮として機能していたという。

 俺たち双子は、以前はヒミカとともに本殿に住んでいた。

 ソフィアが来てからは親元を離れ、鸞子(ランコ)とともに冬のグェムリッド宮殿に住んでいる。


 グェムリッドの本棟は東西四〇〇メートル、南北に四〇〇メートル、正四角形に仕切られた鉄柵に囲まれている。

 地下二階プラス八階建てで、鉄柵の内外に大小さまざまな建築物十棟以上、庭園は二つ。

 畑や牧場までついている。

 

 威容からみて城と表現していいレベルと思うが、宮殿と呼ばれている。

 城か宮殿かは威容に関係なく時の権力者の裁量ないしは慣習で決められるものだ。

 皇宮だった時代の名残りだろう。


 スペックで言えば春夏秋三つと大差はない。

 あえて特徴をあげるなら立地的に風通しのいい場所にあり、ほんの少し造りが重厚で丈夫という所か。





 ところはそのグェムリッド宮殿の中庭。


 もともとあった庭園を改装して、今はただの天然芝な原っぱである。

 魔法と武術の修練は主にこの中庭か、武道場でやることになった。


「魔法を覚える前に、『()』について触れておこう」


 我が師匠は威圧感のある漆黒の道袍(どうほう)を脱いで、なぜかメイド服をまとっている。

 

 気は武術や体を動かすことに使われるエネルギー。

 内力(ないりょく)真気(しんき)闘気(とうき)とも呼ばれる。

 それを練ったりして蓄え、運用する力がいわゆる内功(ないこう)

 殴る蹴るなどの戦闘行為を如何(いか)に強力なものにするかは、内功の奥深さによる。

 いくら戦闘技術が高くても内功が(おろそ)かだと、本来の効果は発揮されにくい。


 生命体に限らず、大地や木々などあらゆる自然に気の力は存在する。

 常人ではあり得ない動きをする人の多くが、この力を利用している。

 認識しているかどうかはさておき、幅広い目的で嗜む人がいるのだ。


「試しに中府(ちゅうふ)から気を流してみるね」


 指示されるがまま胡坐(あぐら)を組む。

 

 ソフィアは俺の左鎖骨の少し下、脇と胸の間あたりを()いた。


「少し冷たいような」

「今私が流してるのは陰の気だからね。さぁ、このまま雲門(うんもん)へ行くよ」


 冷たいような何かが少し上に流れた。


天府(てんぷ)俠白(きょうはく)……」


 気を腕へ移動させながら経穴を一つずつ説明してくれる。

 最終的に少商(しょうしょう)という親指の経穴から、気を放出した。

 わかりやすいように細工してくれていて、白い煙がすうっと抜けて行った。


「どういうものかわかったかな? 起こし方や内息の整え方はこれからじっくり覚えよう」


 人体にはそのエネルギーを通す目に見えない流れる経路があり、そこを流れて外へエネルギーを放出する。


 気の道を穴道または経絡という。

 人間の経絡は正経十二脈と奇経八脈に別れている。

 当然すべて網羅することは難しいので、流派ごとにいくつかの経脈に絞って鍛錬。

 経穴の組み合わせだけでも膨大で多様な可能性を秘めているし、独自の経絡を見つけて開発してる流派もあるらしい。


 内功を深くするためには修練の量によるものが大きい。

 外功、つまり戦闘技術も同様。

 才能の壁に阻まれることもあるが、それを膨大な修練と努力で越えて行くことだって不可能じゃない。

 

 と志してはみたものの、修練していくうちに、生まれながらの虚弱体質もあり、武術の才能の乏しさに気付かされた。

 だが諦めない。

 魔法の修練と並行して、武術もできる限り習得していこうと固く誓った。





***




 

 気功から少し遅れて、待望の魔法について学び始めた。


 参考にする魔法の入門書、教科書はある。

 が、ソフィアはほとんど教科書通りにはせず、型に()まらず教えてくれた。


 魔力とは魔法や魔術に使われるエネルギーだ。

 気の力と同じく原初から自然に存在している。

 ただし、生命体には個体差で魔力を持つものと全く持っていないものがいる。

 それは生物が進化していくにつれ宿すようになったことに起因する。

 

「これから毎日、魔力は使い切りなさい」


 体内で生産される魔力は、消費することでほんの少しずつ総量が増えていく。

 やはり才能に左右されていて、いつの日か限界値を迎えて頭打ちになる。

 最大量はそこから下がることはない。

 その人が仮に瀕死だとしても、ジジイになっていたとしても最大量は変わらない。


 回復量には個人差があり、同程度の総量を持っていても、二日で全快する人もいればい五日かかる人もいる。

 魔力はその生命体が死ねば生産されなくなる。

 とはいえ今まで生産した分だけは体に残るので、それを主食として死体を漁る魔物もいたりする。


「リョウ君は美味しそうだから、変な精霊や魔物も寄ってきやすいかもしれないね」

「は、はあ」


 悪戯(いたずら)っぽい表情で脅かされた。


「しかしこれは、三歳児の持つべき魔力量じゃないね」

「?」

「量だけみるなら、中級者(ミディアム)から上級者(セニオル)程度、スヴァルガの皇宮魔術師の中堅と肩を並べられるよ」


 どうやら魔術師としての才能が十二分にあるそうで、一安心。


 詠唱とその効果が決まっているものを魔法。

 組み合わせて応用したり、神々や精霊と契約、魔法陣などを描いて行使することを魔術と呼ぶ。

 魔術は習得するのに専門知識や何かしら犠牲がいるので、多くの人は魔法を使っているようだ。


「魔法は先人たちの努力の賜物(たまもの)なのだよ。長い年月をかけて、少しずつ魔術の契約や術式がこの世界の仕組みに組み込まれ、才能さえあればその魔法を使えるようになった。今日(こんにち)ややこしいことを考えずに魔法を行使できるのは、彼らの血と汗と知識があってからこそなんだ」

「今でも魔術の研究はされているんですよね?」

「もちろん研究機関や秘密結社、個人で研究している者がいる。魔術師として大成するためには、術式に対する理解は避けて通れないからね。ただ、それをしている人は決して多くない。一流の魔術師か、研究者、特定の専用魔術を使う部族や宗教家くらいだ」

「魔力が全くない人でも魔術を使えたりするんですか?」

「そういう人もいるにはいるけど、道は果てしなく険しい。それに魔法や魔術の才能がないなら、武の道に進んだ方が、ある意味では近道になることもある」

「というと?」

「ケイ、こっちに()(たま)え」

「はい、お師匠様」


 見た目、五、六歳程度のメイド服を着た少女がやってきた。

 黒髪ロングで前髪はぱっつん。

 ソフィアをそのまま小さくした感じの少女である。


「今からお前に武功と魔法を一つずつ当てるからそこに立ってなさい」

「はい、お師匠様」


 おいおい大丈夫か。


「絶対に気を緩めないように、まずは九会(くえ)黒肚(こくと)龍掌(りんしょう)の第六式、火龍(かりゅう)丹心(たんしん)


 ソフィアは座ったまま右手を左右に何度か動かし、ピタリと止まったと思うと、少女に向かって突きだした。赤みがかった陽炎のような(もや)が掌から発せられている。


「ああああああああああああああッ!!!!」


 少女は腕を顔の前にクロスさせ、叫びながら耐えている。

 

 陽炎、内力の奔流と言うべきか。

 赤みががったそれが少女全体にぶち当たって数秒後、メイド服がちりちりと焦げ始めた。

 

「ちょっと、大丈夫ですか!?」

「この子は問題ないよ」

「あああああああーッ!!!」


 全然問題ない風に見えない。

 スカートが発火したのと同時に、威力に耐えかねたのか少女は叫びながら空を舞い、落ちた。

 立ち上がって少女の所に行こうとするとソフィアに制止される。


「はっ!」


 少女は勢いで立ち上がり気合を入れた。

 体に燃え広がろうとする火は全て吹き飛ぶ。


「次、Lv4の歪な炎(ヴォルテフラミス)

「はい、お師匠様」


 ソフィアが食指(ひとさしゆび)をくるくると遊ばせると、小さな火が指先から吹き出す。

 そのまま少女に指先を向ける。

 火は突然大きくなり、炎となって襲った。


「あああああああああああああッ!!!」


 火龍丹心と同じ状況。

 今回は明らかな火であるのに、なぜかメイド服はなかなか着火しない。


「ああああーっ!」


 やっと服に着火した所で、少女再び叫びながら空を舞って落ちた。

 そして勢いよく立ち上が、らない。

 

 心配になって駆け寄った。

 

「大丈夫ですか!?」

「つつ……問題ありません」


 仰向けに倒れている少女は顔と手足は(すす)だらけ、メイド服が所々焼け落ちているが、火は消えている。


「!?」


 焼け落ちた服の隙間から少女の右胸が(あら)わになっていた。

 見てはいけないと思いつつも、本能には抗えずガン見してしまう。


「!」


 少女は、はっとして手で問題の部分を隠した。


「す、すみません!」


 視線を外して謝りつつ、カーディガンを脱いで彼女に渡す。

 少々顔を赤らめながら羽織って立ち上がった。


 ゆったりめなカーディガンなので、羽織るだけでも問題の部分は隠れてしまった。

 残念。


「よく頑張ったね、お疲れさま」


 それだけかい。


「はい、お師匠様。私の修業不足です」

「いやいや! あんなえげつない攻撃を、よくやりましたよあなた!!」

「……? お褒めにあずかり光栄にございます」


 少女は首を傾げていた。


「さてリョウくん。何か分かったかな」

「えっと、魔法と武芸は極めたら区別がつかなくなる?」

「その通り、もう一つ例を出してみよう。ケイ」

「!」


 ソフィアは一切動いてないのに、突然少女が引き寄せられ、また元場所に戻った。


「今のはヴァトファーシオという魔法だ。次は」

「!!」

 

 ソフィアは右手を鉤爪(かぎづめ)状にして手前に引く。

 再び少女は引き寄せられ、鉤爪を解いて掌で空を押すようにすると、元の場所に戻った。


「引き寄せたのが仁智禽爪手(じんちきんそうしゅ)、押し戻したのが破霞掌(はかしょう)という武功だ。突き詰めれば、魔法も武芸もやっていることはそんなに変わらない。内力を上手く使えば熱や冷気を操れるし、魔術の術式と組み合わせることだってできる。こちらを究めてから、魔術へ傾倒しても遅くはない。まぁ、この道だってやはり険しいのだけどね」


 魔力も無ければ魔法や魔術の才能がほぼない状態だと、この道に(すが)らざるを得ない。

 どの道険しいが、武の道を究めることが魔術を習得する近道になることがあるのだろう。


「あ、服が燃えなかったのはどうしてですか?」

「それはケイの内功の強さによるものだね。肉体と装備に内力を(まと)わせ強化する。これにしたって実は魔力でできたりするのだよ」

「魔法や魔術じゃなく?」

「そう。純粋に魔力で纏うことでも同様の効果が得られる。かなり高い技術と熟練度が必要だがね」


 左手食指(ひとさしゆび)から、より威力を弱めた歪な炎(ヴォルテフラミス)を己が右掌に放射する。

 継続的な火炎はソフィアの右掌手前で見えない壁に阻まれたかのように留まる。


「そんなのやれるんだったらわざわざこの子を実験台にしなくてもよかったですよね?」

「そうかい? 第一にわかりやすさと、第二にケイのため、出会いをスキャンダラスに演出してあげたのだよ」

「お師匠様」


 少女はつかつかと歩いてきて、地に座るソフィアの肩を、胸を押さえながらバチンと殴った。


 ぼふん。


 少女の内力の奔流はソフィアの肩を抜け、中庭の壁まで到達する。


「おや、そんなに喜ばなくても」


 練習して唱えて、才能と相性、あとはコツさえ掴めれば行使出来ちゃう魔法。

 武術も究めたら魔法と似たことは実現できるけど、そこまで至るのにはかなりの努力と才能が必要。


 魔法の才能があるなら、面倒なことをするより、簡単な魔法に流れるのは当たり前なのかもしれない。

 幸いにして魔法の才能はある。

 難しいことは抜きにして、魔法を重点的に学ぶことになった。


「ところでこの子は? ウチの使用人にしたってこんな可愛い子見たことないですが」

「私の可愛い弟子の一人さ。リョウ君にとっては師姐(しじぇ)にあたるのだけど、これからここの侍女として君たち双子に仕えるのだから、畏まらないであげてほしい。ほら、挨拶しなさい」

「これからお仕えする、倶偈(クケイ)と申します。お見知りおきくださいませ」


 (うやうや)しくカーテシーすると、カーディガンがズレて胸が見えかける。

 真面目な素振りの合い間に、恥ずかしそうに隠す様子がとても可愛かった。

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