第三十二話「来訪者」
俺は長男レイスの処遇が決まるまで、ハールマ城の地下牢に毎日通うことにした。
「兄にこんな仕打ちをするとは、三男はやはり邪神の申し子だったか!」
ハールマ城の門前付近で、そんな言葉を聞いたりする。
事情を全く知らないマーグラ派の一領民だし、真実を告げれば事態が改善どころかむしろ悪化する蓋然性が高いので、弁解する気はない。
レイスはティンバラに帰る時、十五人の仲間を引き連れていた。
ほとんどが同じ士官学校出身の士官候補生で、心酔しきっている様子だった。
地下牢における直接的なレイス世話は、エヴォンとナーリを中心にその十五人がやっている。
「あの時、君にさっさと催眠薬を飲ませておけば変わっていたのかな?」
「さあ、どうだろうな」
「別にどっちに転んだっていいけど、少しだけ悔いが残るよ」
こんな頭おかしい会話を、毎日一時間はしている。
他にも悪い意味で常識に囚われないことをやってのけてくれた。
地下牢を管理してくれているお役人さんたちも、さすがに感情を表に出すほどである。
当初、レイスのお仲間は俺を警戒していた。
軟禁させている張本人だし、法に照らして死罪にするんじゃないかと不安を抱いていたのだ。
しかし、数日後にはそこそこ打ち解けはじめていた。
レイスと会話が長時間成立することは、彼ら彼女にとって称賛に価するものであったからだ。
***
一方、ティンバラスール城に連れてきた側室マーグラ。
ヒミカは俺のやらかしを聞いても、微笑むだけで、一切文句をつけずに対応してくれた。
「ただちに部屋を準備させますわ」
「ご正室と一緒の宮殿。なんと恐れ多いことかしら」
「ではサンラ宮はいかが?」
「まるで冷宮送り。ナイノミヤではよくあるのかしら? 使われてない古臭い宮殿に住まわせて妾身との身分の差を皆に見せつけるつもりですのね(知った者の全くいないところは恐ろしいわ)」
どないせいっちゅーねん。
当てこすりとはいえ、冷宮だとか古臭い宮殿とは失礼な。
使用人と衛兵が一定数常駐していて、保全はしっかりしている。
稀にパーティ会場にだってなる。
歴史な価値も高ければ、庭園から広大な牧場や農場まであるから使わにゃ勿体ないのだ。
マーグラはヒミカと対面すると、いつも通り直ぐ口論を仕掛けていた。
俺へ漏れ出す心の声は、それなりに可愛げがあるので許してやろう。
「この本殿を明け渡しても結構なのだけれど、旧本殿に御座すアイザール王サグラ殿下の手前があります」
「あぁ、もう、わかりました。僕のグェムリッド宮と姉のイアライ宮を当面の御寝所として自由にお使いください。双子の面倒をみていることにすれば名分も立ちましょう」
とりあえず、グェムリッド宮殿へ。
「妾身なんて馬小屋にでも投げとけばいいのよ……」
ぽつりと弱音を吐く。
皮肉にも聞こえるが、心情的にはそうではない。
マーグラの心の声が聞こえるようになり、歩んできた人生を全て知ってからというもの、彼女に対する見方が一八〇度変わった。
マーグラは弱かった。
意志薄弱なのにわりと嫉妬深く根に持ちやすい。
皮肉を飛ばす強気さは、弱さを隠すための虚勢なのだ。
「リョウーお風呂入ろっ♪ あっ、失礼いたしましたマーグラ様……」
ばったーん、とドアを開けて鸞子がやってきた。
「わ、妾身が居たら困ることでも?」
「いえ、全くそのような……」
「姉上、他の方がいない限りは無理して淑女ぶらなくていいと思います」
「大丈夫かな?」
「好きなようになさい」
「義母上、ランの湯浴みにお付き合いくださいませんか? あの騒動から汗も流していないことですし」
「吝かではありません(あなたも……?)」
「僕の体は一応そっちですけど、子供とはいえ嫌ですよね。別で入ります。クケイさん湯浴みの用意を」
「(別に嫌ではないわ)」
心の声は聞かなかったことにした。
「母上にお仕えする時みたいにお背中を流すんですよ」
「お母様と入ったことないからわからないけど……そのつもりで頑張るね」
あるがな。
昔すぎて鸞子の記憶にないだけである。
ヒミカが聞いたら凹みそうだ。
しかしこのあとは、抜群なコミュ力を遺憾なく発揮した。
淑女の装いをかなぐり捨てた天真爛漫な鸞子は、思い悩むマーグラに少なからずいい影響を及ぼしていた。
入浴後は、グェムリッド宮殿からイアライ宮殿の本棟までのんびり夜道を散歩した。
少し前に雨季が終わり、暑くなり始めたくらい。
夜風が絶妙に気持ちいい。
イアライ宮殿、鸞子の寝室。
「お休みなさいませ義母上」
「いつも通りリョウも一緒のベッドで寝ようよ。ソファなんかで寝たら体痛くなるわよ? ねぇマーグラ様」
「え、えぇ、そうね(妾身を生かすも殺すもあなた次第、そう遠慮しなくても……)」
「そういえばリョウってイアライに絶対泊まんなかったよね」
「泊まる必要がなかったからですよ。警備上近くにいた方がいいので今日は泊まります」
「むーっ」
マーグラの公務は無期限で全て強制的にキャンセルさせた。
やはり、表向きは双子の教育となっている。
レイス関連でティンバラスール城に連れ込んだのは明白なので、しばらくの間は、もしかして先走った人が出てくるかもしれない。
午前二時過ぎ。
予想通りになってしまった。
部屋外の人気と、クケイの内功の機微で目が覚める。
鸞子はスヤスヤ寝ている。
「(どうしたの?)」
「そのままランの側を離れないでください」
扉の外でクケイと四人が対峙しているのを感じる。
ここは五階だが、窓から来ないか警戒する。
一〇秒もしないうちに気配はクケイと一人になった。
外へ出てみると三人は既に事切れ、一人はクケイに点穴を突かれ身動き取れなくされていた。
「これで全員じゃないですよね」
「はい、ティンバラスールは広大ですから、道に迷い三組に分けたのでしょう。下の階で四名、外で四名、衛兵に斃されたか自害したように感じます。これはいかがしますか?」
「母上の秘書官を呼んで尋問の手続きを、クケイさんは義母上と姉上の側にいてください」
「おおせのままに」
翌朝。
結局賊は十二人いた。
中級者の魔術師三人、大体中伝から上伝クラスの集まりで、一人あたり兵卒一〇人分ほどの実力。
陣形を組めばそうそうやられることのない手練れたちである。
忍び込んだ場所がティンバラスール城じゃなければ目的を達成されていた可能性は十分あるだろう。
生き残った一人を尋問、もとい拷問。
女魔術師だった。
おそらく、ネズミ系獣人族と何かの混血種。
結果、グノーヴァー伯リチャード=ヘイヴォードの手の者だとわかった。
グノーヴァー卿はアンガーでは長老格の人物。
マーグラ派のトップでもある。
代々アンガー南東のグノーヴァーを治めていて、発言力はかなり大きい。
女魔術師は最後まで、
「卿の指示ではなく息子たちの指示」
と言っていた。
厳しめの拷問の後に、綺麗さっぱり治療させて飯と金を握らせて放免。
飯を食わされたあとは殺されると思っていたようで、おずおずと金を受け取り、消えて行った。
「間者は殺さずただ放免し、グノーヴァー卿は不問に付すのが良いと思います」
「イーラム殿もそう仰ってたけど、なぜなの? マーグラを奪いに来ただけだとしても、我が軍閥の一員として到底許されないことだわ」
「相手の秩序に乱れがあるなら放置すべきです。間者の一人を放免することは、その乱れを助長させることでしょう。今グノーヴァー卿をこの件で責めても、息子を処断して逃げ切られます。それどころか闇雲に卿を責め立てるのは、反目に伴う団結を許し、将来に禍根を残します。グノーヴァー領はアンガーでも重要な領邦の一つですし、アンガーという大きな軍閥自体を不安定にさせるのはいけません」
兵法三十六計でいうところの、反間計から隔岸観火の合わせ技である。
反間計はその名の通り敵の間者を利用する。
隔岸観火は、火攻めの極意でもあり、放置させて延焼させるという計略。
「……、」
ヒミカは目を細め己の唇あたりを触っていた。
「続きを」
「本当に息子たちが先走ったのであれば、今は内紛の処理の方が忙しいはず。グノーヴァー卿が健在なら更に間者を送るような愚かな真似はしません。きっと筋を通してきます。そこで不問に付せば母上に恩を感じるんじゃないでしょうか」
「放置して許すことが、今後の重要な布石になるのね」
「その通りです。ただし、今の政情においてという前提を忘れてはなりません。母上のご懸念通り、反逆行為を見逃すことは、治国の定法から外れてますからね」
ぽんと、俺の頭に手を乗せて、
「……近日中にレイスの処遇を決める極秘の会合があるわ。あなたも出席なさい」
「へ?」
「今はあなたも騒動の中心だし、何かレイスの処遇に対する考えを持っているのでしょう? 知恵を借りたいわ」
正直あまり目立ちたくはない。
今の所そう頻度は高くないが、どこでまた破滅的結末の未来視が訪れるかわからんしな。
誰だって自分が殺されたり汚されるシーンは見たくないものだ。
俺はなぜか耐えてるけども、あの情報量と臨場感は普通なら精神崩壊したっておかしくない。
とはいえ自分で撒いた種でもあるし、マーグラの将来もかかっている。
最後まで手を尽くしてやる。
あとからレイスのところに寄ってみると、
「なんだか夜更けに小物が来たけど、『僕はリョーリのいうことしか聞かない』って追い返しておいたよ」
「誰だよ?」
「誰だっけ」
「ライアンと名乗る男であります」
「今こそ立ち上がるべきだとかいってた。莫迦だよね」
グノーヴァー卿の長男のライアン=ヘイヴォード。
恐らくそいつが主犯格だ。
その後、マーグラを奪還するような動きはなく、グノーヴァー卿側は沈黙を貫いていた。




