第二十話「慶事」
グェムリッド宮殿中庭。
ある日の昼下がり、魔法の修練の小休憩に紅茶を楽しんでいた時のこと。
「リョウ様、ラン様、お話があります」
「なんでしょう」
「どうしたの?」
クケイは恥ずかしそうにほんの少しだけ顔を赤らめて、
「……私事なのですが、先日、初花を迎えました」
「ぶっ」
思わず紅茶を吹いてしまった。
もうそんな歳か。
お赤飯炊かなきゃ。
「申し訳ありません驚かせてしまって」
「いや、おめでとうございます」
「ハツハナ?」
「女の子の日ですよ。かなり前に師匠に教えてもらったでしょう」
「あー仕組みは知ってるけど喜ばしいことなの?」
「僕は喜ばしいと思いますけど」
「そっか、おめでとうクケイ」
俺らもいずれくるんだぞ。
あれ……?
鸞子は確実だとして俺はくるのかな。
きたとしても途中で性別変わったらどうなるんだろう。
まあ、まだきてもないものを考えても仕方ないか。
「お話しするか迷いましたが、万が一ご迷惑をお掛けしないようにと」
「母上にはもう?」
「ヒミカ様には報告済みでございます」
「キツかったらいつでも休んでくださいね」
「そうそう、無理しちゃ駄目よ!」
「感謝いたします。が、問題はありません。お師匠様に対策はいただき、ヒミカ様にも詳しく聞いております」
と、ほんの少しキリッとしていた。
クケイは以前と比べればかなり表情豊かになって、対人関係のフットワークも良くなったように思う。
最近では社交界で失礼のないように作り笑顔までするようになった。
それでも普通の人と比べればかなり乏しい方だ。
いまだにのっぺりとした顔の割合の方が多いし、基本的に動じない。
***
三日後、いつもの『山巓の間』でスイーツパーティが催された。
オウヨウがまた大量のスイーツを贈ってくれたのだ。
おそらくヒミカから聞きつけたのかな。
話題には出さなくとも、実質クケイのお祝いだ。
クケイと近しい侍女を交えて無礼講な感じでやっていると、珍しくヒミカがやってきた。
普段ほとんど見えることのない若い侍女たちがかなり緊張していた。
若手社員の飲み会に取締役が来るようなもんだ。
加えて最近は貫禄が出てきて、師匠みたいな雰囲気になりつつあるからだろう。
蛇は寸にして人を呑むとはよく言ったもので、俺が赤子のころには既に堂々と、老獪な家臣や政治家たちとやり合っていた位だ。
今やその家臣たちはヒミカに傅いている。
マーグラとその派閥を除いては。
正直今はオーラがあり過ぎて目を見て話すのすら辛い。
しかし申し訳なさそうに追加のスイーツ置いて仕事に戻ろうとする背中が実に寂しそうで、胸が締め付けられた。
なので、側近の侍女二人に尋ねてみた。
どちらも金髪で顔つきが似ている。
ヒミカの側仕えをするだけあってすごくかわいい。
「これからのご予定は?」
「このあとは書斎にて本日付けの書類に目を通されます」
「今日中に絶対やらないといけない案件とかあったりします?」
おさげの侍女が、
「エレっち、龍鯉さまは城主さまをお引止めしたいのよー」
「あっ! はい、少々お待ちくださいませ」
ツインテール……じゃないな。
ツーサイドアップの侍女がハッとして手帳を開き、予定を確認する。
「夜は叔父さまの連合と会食。……これなら一時間位いけるんじゃないかな」
「お父さまなら多少遅れてもいくらでも待ってくれるでしょー?」
「身内だからって時間通りにしないとダメ」
「はいはい。龍鯉さま、立場上わたしどもからは申し上げられないのでー……お願いいたします♪」
「わかりました。有難うございます」
姉と示し合わせてお願いすると、
「私が居るとこの子たちも気が気じゃないでしょう?」
「僕たちが母上にお仕えして、侍女は侍女同士好きにさせてあげるんです。親孝行の邪魔はさせません。そこの二人もよければご一緒に」
二人の侍女はヒミカに目で合図されると、嬉しそうにクケイたちの方へ混ざっていった。
二つのグループに分かれた。
クケイは少々離れた丸机で侍女たちに囲まれている。
目が合ったので小さく手を振ってみる。
「……!」
腰を上げようとしたので首を振って制止した。
「さてと、姉上はそっちをお願いします」
「うん」
お仕えするとか偉そうなこと言ったわりに、普段ケーキの取り分けなぞしない我ら双子である。
侍女たちに比べると手際が悪い。
見兼ねたヒミカが魔法で取り分け始めた。
全く動かず佇んだまま、斬り裂けでスクエア型のケーキを一瞬で切り分け、ヴァトファーシオで極自然と皿に取り分ける。
俺もヴァトファーシオを使ってフォローに回る。
宙に無数のケーキが舞うという奇妙な光景。
一見して超能力にしかみえない。
「あっ、クリームが……」
「やっぱり姉上は紅茶を淹れてくれますか」
Lv3の斬り裂けとLv1のヴァトファーシオ。
ヴァトファーシオはともかく、俺が斬り裂けを使うと机や皿を傷つけてしまう。
斬り裂けは運用も難しく、対人に使うとどうなるか予想できない。
相手が弱ければ即死したり体がバラけるだろうし、強ければ効かない代物だ。
魔力のさじ加減が難しい。
ヴァトファーシオと同じく経験と慣れなので、近いうちにヒミカ位の練度にはなれるかな。
そういえば以前クケイから独自の斬撃魔法を使う魔術結社の話を聞いたことがある。
どんな魔法なのか気になるな。
生き残りが居るなら教えを乞いたい位だ。
斬り裂けより使い易く、威力が高かったりするのだろうか。
小一時間ほど談笑してから、さきほどの侍女二人が俺のところに駆け寄ってきた。
時間切れのようだ。
「龍鯉さま、お気遣いくださり有難うございます。城主さまは最近お疲れのご様子で……」
「わたしたちもサボれたしねー」
「イーニャ! 龍鯉さまの御前よ、言葉づかいに気をつけて」
「いや、いいんですよ」
「いち使用人にまで心を砕いてくださるなんて、素敵なご主人さまよねー。ケイ姉だって――――」
「いい加減にしなさい!」
正室と側室を旗頭にした派閥争いが最近激化しているようだ。
ヒミカの派閥の長老格で、アンガー領の実質的な宰相でもあるイーラムの不在がデカいんだろう。
「えー、お母様もう行っちゃうの?」
「名残惜しいけどもう時間がきたみたいね。本当、楽しかったわ」
ヒミカとの会話は、他愛もないお互いの近況報告。
その間、時折みせるクケイへの視線は、俺たちへ向けられるものと同様に、優しかった。