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第十八話「城の外・後篇」

 タカイスは強引に手を引いて、城の至る所を案内してくれた。


 総じて重厚で堅牢なティンバラスール城と比べると、ハールマ城はアーティスティックで洗練された印象を受ける。

 廊下や階段に置いてある装飾品も、絵画や壺のような芸術品の割合が高い。

 

 珍しそうな武器、鎧などの立ち並ぶ我が住まいとは大きく違う。

 ティンバラスールが支配者の城なら、ハールマは貴族の城といった感じ。


 多分この城で魔法の修練をすると、結界系の魔法を何枚張ってもそう持たないだろう。

 それに加えハールマ城自体、一宮殿でしかないグェムリッドの本棟程度の大きさしかないので、修練すること自体に向いてない。

 しかし、住むにはいい城だと思った。


「素敵なお城ですね」

「本当か?」

「はい、素人目にもセンスがよくお洒落だと思いましたよ」

「そうか」

 

 上機嫌に手を引いていく。


 やはり人は見た目で判断するもんじゃないな。

 中身を少し見てみるだけで、マーグラとタカイスじゃ大きく違う。


 次に、タカイスの書斎を見せてもらった。

 絵画や陶芸品がずらりと並べられている。


「これまた、壮観ですね」

「この部屋にあるのは全部ワシの作品だ」


 どれも明らかに完成度が高い。

 それにこの制作量。

 絵画二十数点に、陶器、磁器が三十数点。

 もしこの歳で本当に全部一人で作ったものなら、月並みな言葉だが、タカイスはその道では天才だ。


 俺が感心していると、タカイスはほっこりしていた。


「『龍鸞(リョウラン)姉弟』の噂は本当だったんだな」

「その『龍鸞(リョウラン)姉弟』ってなんなんですか?」

「正室殿の双子は見目麗しくそれでいて鬼才で、片方は武才目覚ましく明朗、片方は文才目覚ましく聡明。領内で知らん者はおらん」


 あまりに褒め殺しな噂である。


「この麗しさなら、正室殿もなかなか表に出したくなかったのも(うなず)ける。今後は()き者な貴族達が(こぞ)ってお前たち双子を狙うだろう」

「好き者って、僕は男ですよ」

「見た目さえよければ男でもいいやつはいくらでも居るんだよ。ワシですら目を奪われたんだ。邪神や破壊神だのと幻想を抱いて敵視するやつもいるがな」

「それも、まだ噂になってるんですか」

「そう信じてるやつは、一部のルヴァ教や十大神教の狂信者どもにいる。真実を知るのは血縁者とユーゼン家の重臣か、都でも皇帝あたり。いま民草(たみくさ)に持て(はや)されてるのは、『ティンバラの麗しき双子の才子、龍鸞姉弟』くらいだから安心しろ」


 意図的なものを感じる。

 もしかしたら、俺の悪しき噂を忘れさせるために、家臣たちが頑張ってるのかもしれない。


「ところでその喋り方どうにかならんのか?」

「と、いいますと」

「もっと気楽に話してくれたほうがいいんだが。ワシの事も呼び捨ててくれていい」


 それが兄のお好みあるなら仕方あるまい。


「……タカイス」

「そうだ」


 タカイスは愛好を崩し、俺の頭を雑に撫でた。


「タカイスはその道で生きたいのか?」

「うん、世継ぎだの(まつりごと)だのそういうのはどうでもいい。絵を描いて、土を()ねて、気ままに暮らしたい。やってることは今と変わらんが、ワシの夢だな」


 それからしばらく、タカイスの作品を(さかな)に談笑した。


 この人とすんなり仲良くなれたのは、自分と似て、どこか世間とズレてるからというのもある。

 しかし一番はオタク気質でマニアックなところがあるからだろう。

 それは悪い意味じゃなくて、一つの道を究めるという意味でだ。


 初見で嫌悪感を覚えたのは、いわゆる同族嫌悪だと思う。

 話してみさえすれば、結局は同族なのだから気は合うのだ。


「得るものもなかったからな。学校なんぞ行かないと決めた。ラヴは休みに帰って来ては楽しそうに話してるが、もう行こうとも思わん」

「学ぶことがないなら、しょうがないな」

「そうだ。もう一度入学して通っておけとうるさくてなぁ」


 ラヴこと長女ラヴァナは外の学校に留学しているらしい。

 今は秋休みで帰って来ている。


 タカイスは芸術系の学校に進んだのに、どうやらそこと肌が合わなかったようだ。

 スヴァルガでは一〇歳くらいから八年間通うのが通例。

 そこからさらに上級の専門学校に通ったりもする。

 

「そういえばお前、今日どっちなんだ?」

「……どっちだっていいだろ」

「女にしか見えんが」

「まだそう変わらないんだよ」

「本当に男なのか?」


 左手首を掴まれ、


「ワシには女にしか見えない。もしかしてお前は龍鯉(リョウリ)でなくて鸞子(ランコ)なんじゃないか?」

「姉上は広間にいる。さっきアンタもみただろ」


 手首を通してタカイスの内力(ないりょく)を感じた。

 なかなか深い。

 

 一層チカラを強めるので、


「それは、小魔の雷撃(ディアボルトゥニトゥルア)ってやつか」

「よく御存じで」


 左手から蒼白い火花が飛ぶ。


「……龍鯉(リョウリ)上級者(セニオル)だから間違いないか。面白くないな」

「もし俺が姉上だとしたら、何かするつもりだったのか?」

「かわいい妹だとして、どれくらいやるか手合せをなァ」

「俺も姉上と同じくらいにはやるけど?」

「魔術師(ごと)きがか?」


 カチン。

 如き、と言われて少し(はら)が立つ。

 なんだ武芸者から魔術師を見下す風潮でもあるのか?


 俺は手に(まと)わせた小魔の雷撃(ディアボルトゥニトゥルア)をより一層強めた。

 蒼白い火花はお互いの敵愾心(てきがいしん)を煽るように激しくなる。


「……、」


 じっと見つめ合う。

 次第にタカイスはニンマリとして、


「すまんすまん、本当に性別が変わるのか、そして魔法が使えるのか気になってな」

「!?」


 突然、思い切り抱きつかれた。

 柑橘(シトラス)系の香水と、蒸留酒のスモーキーな香り。


「……そろそろ戻らないと」


 タカイスは俺を抱いたまま、机にある置時計を見た。

 時計は九時を指している。

 一時間くらい話し込んでいた。


「もうそんな時間か」

「いい加減離してくれよ」


 一向に離してくれる気配はない。

 仕方ないので背中から肩甲骨へそっと手を回し、


「まだもうちょっと堪能(たんのう)――――あばばばッ!」


 自分に影響の及ばない程度まで威力を押さえた小魔の雷撃(ディアボルトゥニトゥルア)で感電させてやると、やっと離してくれた。

 

「ふ、ふぅ、お前今本当に男なのか?」

「……()()()()()()

「ほう……プシュケ、ワシは今気分がすこぶるいい。このまましばらく(こも)るから、リョウを案内しとけ」

「はっ」

「なんかしらんけど完成したら見せろよ」

「ん、ああ……」


 ソファに座ると、彼は創作モードに入ったのか上の空だった。


 プシュケという侍女はやたらスカートが短かった。

 まるで年頃の女子学生がスカートを改造しているような、ワ○メちゃんレベルに短い。

 その上背中とおへそを大胆に露出させていて、もはやメイド服という概念を逸脱しているように思えた。


 プシュケに促されて書斎から出る際、クケイが外で待ち構えていた。

 先の魔法で気付いたようだ。


「プシュケさん、ここまででいいです。兄上によろしくお伝えください」

「はい、またぜひいらしてくださいね」


 彼女のメイド服に一瞬だけ視線のいくクケイを見逃さなかった。


「……クケイさんもああいうの着てみたいですか?」

「あのような(わたくし)をご希望ならおおせのままにいたします」

「あ、いえ、嫌ならいいんです」

「……、」

 

 まんざらでもなさそう。

 なんとも言えない間を維持したまま広間に戻った。





***





 姉弟たちはスヴァルガの貴族がよくやるカードゲームをして遊んでいた。

 七人中、鸞子とラヴァナが目立つな。

 この二人は持ってるオーラが違う。


 鸞子に話しかけようと思っていたら、引止められた。


「リョーリ様、タカイスはどこに?」


 げえっ、マーグラに捕まった。


「創作意欲が湧いたようでしばらく書斎に籠ると……」

「まあ、皆様お揃いなのに、仕方のない子ね」


 口に手を当て「困ったわ」といったアクションを取る。

 わざとらしい。


 会釈(えしゃく)をして離れようとすると、ラヴァナが後ろから両肩をひしと掴んできた。


「そのご様子だと、お兄様はリョーリ様をお気に召したのですね。あの人はご機嫌か不機嫌になると、物作りに没頭しますから」


 なにかを集中して創り上げるとき、心安らかにひたすら没頭する人や感情を利用する人、いろんな人がいると思う。

 どれが良いとか悪いとかではない。


 タカイスは感情の起伏をモチベーションに変えるタイプのようだ。

 かくいう俺も気分がよかったり、落ち込んだ時に捗るタイプだった。

 薄い本。

 いつも感情の赴くまま、描き殴っていた。

 締め切り(イベント)間近になると、その感情に焦燥感がプラスされ、まとまった作品が完成するのだ。


「そうなんですか」

「そうなんです。お兄様は気難しい性分で友人も少のうございます。今後もよしなにしてくださいませ」


 振り向くと、白檀(びゃくだん)の甘さ、ほのかにウッディーなコロンが香った。

 丸で癒し成分たっぷりな、森の中に居るような感覚。

 森なんてこの世界じゃまだ行ったことないのに、そんな感覚に包まれた。


 俺が頷くと、ラヴァナは愛くるしい笑顔を見せて、マーグラと一緒に離れていった。

 印象は純粋無垢。

 見た目こそ母親と似てるのに、漂わせる雰囲気は全然違う。


「リョーウー」


 鸞子がその後に、追って話しかけてくる。


「はい」

「鼻の下伸びてるよ」

「えっ」


 思わず自分の鼻下を触った。


「あはは、うそうそ。でも、ラヴァナ姉様お美しいから鼻の下が伸びちゃうのは無理もないかも」


 こやつめ、ハハハ。


 (ラン)はもうリラックスしていた。

 あんな短時間で往年の姉妹のように仲良くなるとは、俺からすればコミュ力お化けに見えるわ。

 初めての外出だったのに、そんなに特別な感じはしなかった。

 むしろ楽しんですらいた。






 帰りの馬車(キャリッジ)にて。


「初対面であの子と仲良くなるなんて……。芯の強いしっかりした子なのだけれど、気難しくてマーグラやほかの弟妹たちにすら冷たいのよ」


 彼から世話になったことをヒミカに報告すると、思いのほか驚かれた。

 

「そういえば、レイス兄上はどうしてるんですか?」

「レイス殿は、そうね……」


 小窓から景色を眺めながら、それ以上何も言わなかった。

 疲れてそうだ。

 マーグラのことも気になったが、聞かないでおこう。


 こうして双子の初めての外出は無事終了した。


 この会食以降、定期的にタカイスに会いにハールマ城に行くようになった。

 鸞子は歳の近いレギナ、サブリナ、ジェラーゼとお茶をするようになり、ラヴァナが帰省している時は一際大きな茶会が開かれている。

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