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第十七話「城の外・前篇」

 俺はティンバラスール城から外に出たことはない。

 それは姉の鸞子(ランコ)も同様で、何度か出ようと試みたことはある。

 

 その度ヒミカに、


「もうちょっと大きくなってからね」


 と言われて誤魔化(ごまか)されてきた。


 一部の使用人に聞く限りには、俺の体質や、政情によるものだという。

 生まれた当時はわりと風当たりが強かったのだとか。

 乳母候補たちに蔑んだ目で見られていたことは、もちろん今でも覚えている。


 理由があるにしても七歳になる子供を一度も外出させないとは、引きこもり育児にしてもやりすぎである。

 というのは建前で、実はそんなに気にしていない。

 大抵のことは一つの宮殿で(まかな)えるし、欲しいものがあればそこら辺の使用人に頼めばどんなものでも買ってきてもらえるからだ。

 

 修練や勉強が忙しすぎて、外に向くほど行動力が有り余ってもいない。

 自分の住むグェムリッド宮殿すら把握し切れてない、未攻略なありさま。

 

 しかし、もともと引きこもりがちでインドア派な俺にとっては、この城はかなり住みやすかった。

 仕事ではパソコンに向かい、移動時には本か携帯機器を片手に、家では(もっぱ)らネットに溺れる。

 そんな不健康な生活をしていたあの頃よりかは、よっぽど健康的な生活をしてると思う。


 ネットさえあれば……。

 たぶん余計に引きこもりが捗るな。

 

「今日こそは領議会に連れていっていただこうと思ってたのに!」

「母上も何かお考えがあるんでしょうから、お許し下さるまで待ちましょうよ」


 俺と違って、(ラン)は外に出たくて堪らないみたいだ。





 

 このやり取りから数日後、早くも鸞子(ランコ)の願いは叶った。


「今度、側室と家臣たちを交えた食事会があるのだけど、あなたたちも出席してみる?」

「どうしても出ないとだめですか」

「行きたくないの? いつかは必ず顔を合わせることになるのよ」

「私はぜひ行きたいわ。リョウ、怖がってないで行きましょ?」

「はぁ……」

「今回の顔合わせが上手くいけば、いろんな所へ行けるようになるかもしれないわ」


 鸞子がピクッと首を動かす。


 生まれてから七年間で対面したことのある側室は、たまにお菓子を贈ってくれるオウヨウという人だけだ。

 他三人の側室と無数にいる兄弟は名前だけ把握して、会ったことはない。


 ヒミカとオウヨウとの会話の中でよく出てくる、『マーグラ』っていう人がどうもきな臭いんだよな。

 なんかヒミカをイジめてるっぽいし。





***





 嫌な予感をひしひしと感じながら、会食の予定日は否応なく来てしまった。


 ティンバラ中区、北側にあるハールマ城。

 真南にある我らがティンバラスール城と比べると小さい印象。

 全体的に白を基調にして、デザインが複雑で洗練されている。

 側室マーグラとその子供たちの住まいだ。


 玄関前には壮年ほどの女史が待機しており、馬車から降りるヒミカの顔をみると、スカートを持ちあげて駆け寄ってきた。

 おそらくハールマ城の家令かそれに準ずる人なんだろう。

 その女史に案内されて、モルタルで組まれた門をくぐり、玄関に入った。


 広間まで案内される。

 入って直ぐ、シャンデリアに埋め込まれた煌びやかな魔石に目が行った。

 眩しい。

 落ち着いて見渡すと一〇〇人ほどの人が、スーツやドレスなどフォーマルな装いで(たむろ)している。


「レッドソード様。本日はこのような席を設けていただき光栄の限りですわ」


 社交辞令モード。

 (おおやけ)に立つと丁寧な口調になるらしい。

 

 見たことある顔もちらほら、イーラムの奥さんやそれに連なる女性も何人か来ているようだ。


「いえいえ、ご正室がお出ましになると会が華やぎます。狭い城ではありますがごゆるりとお(くつろ)ぎ遊ばせ」


 黒髪を結って豪華な真珠の髪飾りを付けている。

 こんがりとした褐色肌が特徴的で、彫が深く美人だった。

 ちょっとケバい。


 マーグラ・レッドソード。

 長男レイス、次男タカイス、長女ラヴァナの母。

 側室で一番権力を持っているらしい人。


「鸞子です、お見知りおきくださいませ」

龍鯉(リョウリ)です、お見知りおきを」


 広間全員の視線を浴びる。


「あちらがリョーリ様か。どうみても邪神の申し子にはみえんな」

「お二人とも、女公爵さまの美貌と気品そのままね」


 ざわざわと、多くの人が内緒話をしている。


 ガチガチに緊張しながらも、ヒミカに恥をかかせるわけにはいかないので平静を装う。

 

 緊張を誤魔化すために息を大きく吸って止めた。

 内息を整えれば、しばらく止めたままでもなんとかなったりする。


 鸞子はカーテシー、俺は胸に手を当てお辞儀した。

 師匠(ソフィア)に教育された通りの、この国における貴族の挨拶だ。


 本当はもっと格式ばった礼があるのだが、場面に応じて割愛するのが習わし。


「あら、あなたたちが噂の『龍鸞(リョウラン)姉弟』ね。妾身(わらわ)はマーグラ・レッドソード、お見知りおきください」


 リョウラン姉弟?


 優しそうな笑顔だ。

 ケバいだけでエロくていい人そうに見える。


 マーグラのあと、次々に挨拶を進めた。


 オウヨウ・ラ。

 六男リン、六女カナウの母。


 サリヤ・スクウォドフスカ。

 次女レギナ、四女ジェラーゼ、五男ヤロスワフの母

 

 エリーザ・ヨゼフィーネ。

 三女サブリナ、四男ヴェンツェル、八男ツェーザルの母。


 鸞子は五女で俺は三男、仁恤(ジンジュツ)は七男。

 

 四人の側室たちは、皆スヴァルガの同盟国や従属国の王族や重臣の子女だった。

 しかも全員が全員違うタイプの別嬪さん。

 美○女ゲームの主人公並みのハーレム具合だ。

 トライスの国内における地位の高さの証左なのだろう。


 あらかた挨拶が終わると、会食が始まった。


 正室、側室、重臣や諸侯の奥方は上座の長机に、位の低い家臣や平民の来客者は下座の長机に座っている。


 今の内に把握しておきたいお姉さま方からも話しかけられた。

 普段なら妄想のネタにする位かわいい子もいる。

 しかし全く耳に入って来ない。

 

 と言うのも、俺と鸞子は上座の一番近くに座らされたので、奥さま方の会話の方が気になってしまってそれどころではなかった。

 

「旦那様はロウカン族に奪われたセイカイ城の奪還をなさるそうですね」


 オウヨウは食事の手を止め、ヒミカに話しかける。


「どなたが攻めても陥せず、陛下が直々にお願いされたのです。今回はイーラム筆頭従事(ひっとうじゅうじ)も従軍するとのこと。よほど手強い相手なのでしょう。無事に帰還なさるようお祈りしませんと」


 ヒミカも食事の手を止めて応対する。


 正直、イーラムは親父より親しみがあるし、不幸があって欲しくはない。

 あの人がヒミカとお茶してくれたお蔭で言葉を覚えられた。

 度々気に掛けてもらっては、本やお菓子もいただいている。

 俺にとってイーラムは、無事を祈るほどには愛のある存在だ。


「必ず勝利して一番にご正室の許に帰られましょうね。羨ましいわ、ご寵愛を一身にお受けになっていて」


 マーグラが話に割り込む。

 その瞬間ヒミカの眉間に皺が寄った気がした。

 あくまで気がしただけ。


 ヒミカは発言に何も応答せず食事を再開。


 マーグラは食事が終わるまで、何かとヒミカに皮肉をぶつけていた。

 

 嫌みが飛ぶ度に各夫人が場をなんとか取り持つという、出された上等な飯が不味く感じる会食だった。


 一見する立ち振る舞いはそうでなくても、話す内容は皮肉ばかりで聞くに堪えない。

 腹に一物あるのか、単に皮肉屋なのか、多分どっちもなんだろうな。


 できるならもう直接お話したくない。

 ただでさえ俗にいう、共感性羞恥が働いて胃が痛くなる。

 俺なら違うこと妄想したりして現実逃避するんだけど、我が母はどうもそういうタイプじゃない。

 ヒミカの気持ちを考えると余計に胃が(にが)る。

 いつもこんな苦行をしているのか。


 コース料理の配膳が一通り終了してから、頃合いを見て広間の端にあるソファへ移動することにした。


 肘かけを枕にして横になる。

 ここなら会話も聞こえない。

 

 クケイが心配そうに駆け寄ってきて、


「お加減は」

「大丈夫です。クケイさんは姉上に付いていてください」


 鸞子は優雅に姉たちと会話していた。

 

 その姿をぼおっと眺めていると、

 

「取り繕ってばかりで面白くないよな」


 グラス片手に、無愛想で大柄な少年が対面に座った。

 歳は十三、四歳くらいか。

 何となく、本能的に嫌悪感を覚えた。


「失礼ですがあなたは?」

「タカイスだ」


 思わずビクッと体を起こす。


「なんだその反応。面白いやつだな」


 マーグラの子で次男のタカイス。


「あ、あの、兄上にご挨拶を――」

「そんなもんせんでいい。これからアレらは長い世間話を始めるだろうし、気分が悪いなら城を回ってみないか?」


 暇そうにしているのがバレたか。


「ちょうど外の空気を吸いたいと思ってたところです」


 ヒミカには悪いと思いつつも、少しでいいからこの場から遠ざかりたかった。


 食事が終わると、ヒミカたちは本格的に話し込み始めた。

 一方で、長女ラヴァナは鸞子(ランコ)たちに本を読み聞かせている。

 飽きさせないためだろう。


 驚いたのは(ラン)の社交能力だった。

 既に姉弟たちと仲良くなっている。

 俺にはできん芸当だ。


 次兄タカイスに手を引かれて、広間をあとにした。

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