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第十六話「待ち望んだもの」

 師匠(ソフィア)が出立してから半年。

 クケイはどこにも行かなくなった。

 いつも俺か鸞子(ランコ)のそばにいて、甲斐甲斐(かいがい)しく世話をしてくれている。


 今いる場所はグェムリッド宮殿最上階『山巓(さんてん)の間』。

 いうなれば食堂だ。

 バルコニーからはティンバラの町並みが一望できる。


 机の上にはケーキとトッピング用の果物がズラりと並んでいる。


「貴族の子女として、そのような振る舞いはなりません」


 鸞子は口の周りにいっぱいクリームをつけながら、


「誰もみてないし、今日位いいじゃない。あなたも食べていいのよ?」


 何度拭いてやってもすぐ汚す。


 三時のおやつ。

 トライスの側室オウヨウ氏、つまりは義母からの贈り物である。

 ヒミカとの仲は良好で、たまに流行りものとか自作のスイーツを贈ってくるのだ。


(わたくし)はあなた様方に仕える身。同じ卓を囲むのはなりません。リョウ様からもどうか――――」

「たまに一緒に寝てるくらいだしそんなの関係ないわ」

「あれは仕える侍女として添い寝を」

「堅いこと言わない!」


 鸞子はクケイの口にクリームケーキを()じ込む。


「大丈夫ですか?」

「もふはいははひふぁへん」

「ねぇ美味しいでしょ?」

「……、」


 口を押えてモクモクと食べている。


 クケイが返事しないので、クリームをぺろりと舐めながら、


「……美味しくないの?」

「美味しゅうございます」

「でしょでしょ。スポンジ生地は平凡なのにこの生クリームときたら絶品よね。むしろ生地が平凡だからこそ秀逸な生クリームがより生かされているというか。この生クリームのレシピを考案した帝都のシャルヌ=マントノンは――――」


 ドヤ顔で生クリームについて熱く語っている鸞子は放置しておこう。


「ほら、ここに座って一緒に食べましょうよ。せっかく義母上が作ってきてくれたんですから」

「おおせのままに」


 なんの変哲もない、スポンジケーキに生クリームを塗布(ナッペ)しただけの、単純なケーキである。

 

 そこにお好みで(いちご)柑橘(かんきつ)類など果実を自由にトッピングする。

 この楽しみ方が帝都のスイーツ好きの間で流行しているらしい。

 

 確かに美味い。

 生クリームが美味すぎて、トッピングや変な小細工は一切要らない程に。


「クケイさん寂しくないですか?」

「……?」


 フォークでケーキを口に運びながら、なんのことかわからないようなそんな顔。


「師匠が居なくなってってことです」


 瞬きを数回してから、紅茶を一口、口元を拭く。


「……寂しくないとは言えません。ですがお二人によくお仕えし、今後はヒミカ様を師姐(しじぇ)(あお)ぐようにもおおせつかっております。このような居場所を提供していただいて幸せにございます」

「そう、ですか」

「お師匠様を必要としている方はこの世界に大勢います。かくいう私も救われた者の一人です。その立場からすれば、お師匠様を想い寂しがるなどできません」


 違和感。


 クケイの様子がいつもと違う様な。

 いつもより饒舌(じょうぜつ)ではあるけど、それ以上に何かが違う。


「弟子入りしてから、お師匠様のようになりたいと常々夢見ておりました。信じる正義を振りかざし、身の程も(わきま)えず英雄の真似事をして、争いごとの仲裁に入り、時には弱者のために悪党も斬りました。それは憧れであり、多少なりとも才のある(おの)が務めであり、お師匠様や世間に対する恩返しだと思っておりました」


 咄嗟(とっさ)に彼女の手を触ると、


「熱ッ!」


 とてつもない内力(ないりょく)

 (よう)の気がこれでもかとこもっていた。


 手にあらん限りの魔力を(まと)わせ、そのまま握る。


「しかしこの半年江湖(こうこ)を離れ、お二人にお仕えして気付かされました。(わたくし)はお二人にお仕えするのが精一杯であると」


 偉大な師匠(ソフィア)が居なくなって肩の荷が下りたのと同時に、自分に正直になれたのかもしれない。


 手に込められた内力がより一層厚くなる。

 それどころか体中から吹き出している。


「どっ、どうしたの!?」


 夢中で生クリームについて語り続けていた対面の鸞子もさすがに驚く。


(わたくし)の体は悪党の血を浴びて汚れきっています。純粋で清らかなあなた様方のそばでお仕えしてもよろしいのでしょうか。いえ……お仕えしたいのです」


 口調は固いのに、表情を崩して、ぼろぼろと大粒の涙を落として泣いていた。

 普通の女の子みたいに。


 鸞子(ランコ)はともかく、俺は『純粋で清らか』じゃないだろというのは置いておく。

 

 自然と体が動いていた。


「もちろんですよ。これからもよろしくお願いします」


 彼女を思い切り抱きしめた。

 瞬間、こもった重厚な内力の熱気は食堂中に拡散する。


 鸞子は衝撃で椅子から転げ落ちるが、すぐに起き上がった。


「クケイ……笑ってる?」

「え!?」


 表情を確認。

 泣きながら、安堵するように微笑んでいた。


 胸が熱くなる。


 彼女のこの表情(かお)を待ち望んでいた。

 やっと帰ってきたのだ。


 クケイの感情の起伏は相変わらず乏しい。

 しかし乏しい中にも、微笑んだり、怒ったり、恥ずかしがったり、涙目になったりということを(まれ)にみせるようになった。





***




 

 その夜。

 今日は三人で寝ることになった。

 鸞子(ランコ)たっての要望だ。

 

 修練→おやつ→勉強→風呂→夕食→就寝。


 いつものパターンである。


「クケイさんと一緒に寝たいなら自分の部屋で寝ればいいじゃないですか」

「私の部屋で寝たらリョウは来ないでしょ」

「そら一人で寝ますよ」

「ほらね! だから私が来て一緒に寝るのが正解なの」


 どうしても一緒に寝たいらしい。


 ただ今、クケイを中心に小の字になって寝床に入っている。

 このこと自体はわりとあること。

 しかし今日は、数年越しにクケイの素顔を拝んだのだ。

 興奮して眠れるはずがない。


 もぞもぞと後方で動いてるのを感じる。


「あの、おねーさま、なにをなさってやがりますか?」

「リョウにいつもやってることよ」


 なんですって!?

 しかし、クケイは平静を保っていた。


「そうだ! あなたもリョウにやってみたら? 私のやっている通り真似するの」

「……、」


 俺にいつもやっていること。

 子供らしいくすぐりっこと形容すべきか、本来このくらいの歳の子はやるのかもしれない。

 

『真似しなくていいです』


 と、喉元まで出かかったモノを無理矢理飲みこむ。

 こんなやりとりが三〇分程続き、二人は寝てしまったが、俺はというと結局朝まで悶々(もんもん)として眠れなかった。

☆ステータス☆

名前:倶偈(クケイ)

出身:はるか遠く

職業:ティンバラスール城のメイド

性格:冷静沈着

感情:乏しいが一定の表現はする

魔法:中級者・Lv1~3を二〇種ほど・隠行系魔法だけは無詠唱

武術:八監派奥伝

好きな人(家族として):師匠、ヒミカ、双子

気になる人:龍鯉(リョウリ)

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