第十五話「出立」
七歳の誕生日。
その日にソフィアは出立した。
ティンバラスール城と中区を渡す関所。
ソフィアは漆黒の道袍に民族的なコートを纏っている。
彼女の正装だ。
城に居る間はメイド服だったけど、たぶんどこへ行くにもこの恰好なんだろう。
「寂しくなるわね。話の合う相手はあなたしかいないのに」
「私もだよ。寂しくなったらケイでも呼びなさい」
「そうね、あの子はかわいくて優秀だもの。たまに抱き枕にでもなってもらうわ」
実は我が母にも娘と同じ性癖が……!?
ヒミカはソフィアの手を取り、今にも『お姉さま』と言わんばかりだ。
尊い。
二人とも絵になるから、姉妹設定での妄想は捗る。
さすがにヒミカで妄想すると業を背負うからしないけど。
不謹慎なことを考えているうちに、こちらにソフィアがやってきた。
「君はもうじゅうぶん強いが、私の居ない間も、弛まず鍛え続けるんだよ。最上級者はすぐそこだ」
「あっ、はい、師匠」
頭を撫でながらしゃがみ、耳元で、
「……クケイの教育は終わったから、君の好きにしていいよ」
「えっ」
耳を疑った。
教育……?
なんか凄まじくいやらしいことに聞えてしまう。
「私の弟子としてだよ?」
「あ、そっちですか」
「なんだまたいやらしいことを考えていたのかい? 今からでも武林を一人で渡り歩けるほどの使い手になった。これだけの逸材、師匠としては将来立派な人物になって欲しいからね」
そらあれだけ英才教育すればな。
獅子は我が子を千尋の谷に落とすというし、俺も鸞子も叩き込まれた方だけど、クケイに関しては厳し過ぎだと思う。
「反面、親代わりとして幸せになってほしいという思いもあるのだよ。だから君さえよければ、将来もらってあげてくれないか」
「へっ!?」
「リョウ君は将来大人物になるだろうし、お妾でもいい」
「そ、そんなの僕が決めることじゃないですよ!」
「私が居なくなればケイは自由になる。あくまでケイがその道を選んだらだよ」
そうか、武術家としてでなく一人の女として……。
「違う男の人と一緒になるかもしれませんよ」
考えたくないけど。
後ろを振り向くと、クケイは瞬きを数回、いつもの如く無表情で佇んでいた。
「ミカと、二人によく仕えるのだよ」
「はい、お師匠様」
「これからどうするんですか?」
「まずは都での大きな依頼を片してから西へ、レーモスに行こうと思う。もともと一つ所に留まる性分じゃないんだ。江湖を流離うさ」
丸四年。
彼女にしてみたら長い方だったのか短い方だったのか。
瞼を閉じると……
軽功の修練中喘息の発作が出て瀕死な所を助けてもらった。
これは何度もある。
最近だとLv4の凍えよの習得時に、中庭全てを凍らせた挙句自分まで氷漬けになり、ひどい風邪引いて寝込んだ時も、クケイと二人体勢で看病をしてくれた。
魔力を食べる不死の精霊に寄生された時だって、体から出て行くまで一日中お腹を摩って魔力を注入続けてくれた。
ううん。
修行よりも病気を治してもらった思い出の方が濃いな。
ソフィアは魔法や武術だけでなく医術にも優れている。
その筋では『神医』の二つ名だってあるのだ。
しかし腕の良さを持て囃されてはいても、ヤブ医者だのヤ○ザ医師と揶揄する人もいるらしい。
彼女の治療は手段を択ばないからだ。
治療系の魔法は並みの専門家を凌ぐし、実践的な医療知識も豊富で、治療に必要とあらば頭だろうが肚だろうが掻っ捌き、それを問題なく成功させる外科手術の方法論を確立している。
スヴァルガの医療においては、主には魔法と投薬治療、外科的治療は古来から研鑽された方法を以て経穴に鍼を打ったり、灸を据えたりするのが一般的だ。
患部を刃物で大きく切り裂き、鍼などで薬を含む輸液を直接血管に注入するような行為は宗教上禁忌で、好ましくないとされている。
常識や宗教観を無視する神懸かり的な医術は、信心深い人や、保守的な人には受け入れられないのだろう。
どう揶揄されようと『神医』と呼ばれる凄腕の医師。
俺だってよくわからん病気に罹っては治してもらっている。
きっとこれからも多くの人と、『医』と『武』両面で関わっていくのだろう。
「ししょぉ……」
「泣かないでおくれ。しばらくしたら一度は帰って来るからね」
「ついて行っちゃ駄目?」
「それは駄目だ。君には君のするべきことがあるのだから」
鸞子が泣いていた。
師匠であると同時に、いつしか双子の乳母みたいな立ち位置になってたからな。
涙を我慢できないほどには懐いているのだ。
「おっと、大事なことを一つ忘れていた。もしケイ以外で私に似た格好をして、八監派を名乗る者が現れたら、有無を言わず追い払うか逃げなさい。どんなに人のよさそうな者だとしても、取り合わない様に」
「どういうことですか」
「君たちには偉そうに教えてきたけど、恥ずかしい話、私も長い年月で、いくつか心残りな不義理をしてきているんだよ。すまないね、直前になってこんな話をして」
「そんな、気にしないでください。同門で衣装の似た人に気をつけたらいいんですね。名前とかはわからないんですか?」
「『ユー』という名の女だ。八監派を名乗る者は数少ないし、なんとなく雰囲気でわかると思う」
ユーという名で、八監派を名乗り、ソフィアと同じの漆黒の道袍を纏った、人のよさそうな女の人。
おっけー覚えた。
「わかりました」
「……世に終わらぬ宴はないという。そろそろ行くことにするよ」
別れの言葉。
ショウ国の格言かな?
ソフィアは衣を豪快に翻す。
「いってらっしゃい!」
姉と二人で声が枯れるくらい大きな声で叫んだ。
彼女は一度ふわりと浮き上がり、空気を切り裂く音を立てながら空に消えて行った。
場には余韻だけが残る。
疾い。
一瞬で豆粒になって見えなくなった。
姉に偉そうなことを言っておきながら、いつの間にか龍鯉も泣いていた。
クケイは俺たち双子の手を取っていて、無表情なのに、なんとなく哀しそうだった。




