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第十四話「聴勁」

 相変わらず同時に行使できる魔法は二種類までだし、魔力の流れもまだわからない。

 とはいえ魔力量も相当増えて、魔術師としては既に一流の域だとお墨付きをもらった。

 

 そんな師匠(ソフィア)の言葉にも、我が心は満たされなかった。

 鸞子(ランコ)に組手で勝てなかったからだ。

 

 鸞子には武術の才能があった。

 剣、徒手、軽功、どれも一流の域に達していて、接近戦では勝てる見込みがほとんどなかった。


 魔術師は後方の安全地帯で味方の支援や、高威力の大規模魔法を行使していればよい。

 これが世における魔術師の一般論だ。


 距離を取れば、魔術師が有利で本領を発揮できるのは当たり前のことである。

 俺は接近戦でも勝ちたかった。

 ただ、悔しかった。


 ところはグェムリッド宮殿聖堂、もとい武道場。


 悔しくて武道場の端の机で落ち込んでいたある日。


「まともに闘りあえるようになりたい?」


 神の声。

 その声の主は予想外にも丸机の向こうに居るヒミカだった。

 

 今日は珍しく休みが取れたようで、修練を見に来てくれていた。


「……闘れるようになりたいです」


 俺の返事を聞くと、やおら椅子から立ち上がった。

 重そうなドレスを地に引きずり三歩、足音はせず衣擦れの音だけがする。

 

 そして腰を地に降ろした。


 横に控えていた金髪の侍女二人が面食らった顔してそばに寄る。

 俺も面食らったわ。


 いつも通りきりっと澄ました顔で、


「さあ、リョウもここに座りなさい」


 ちょんちょん、と地面を指差す。

 ヒミカがよくみせる癖で、リスペクトからか(ラン)はこの仕草をよく模倣している。


「は、はあ」


 指示通り向かいに座る。


 何か教えてくれるのか。

 気の抜けた返事をしながらも心躍った。

 今まで一般教養を教えてくれることはあっても、武術や魔法はソフィアに任せきりで、何一つ教えてくれなかったからな。


「師匠に内緒でいいんですか」

「内緒じゃないわ」


 今度は手で後ろを示す。

 かなり後方で、ソフィアがクケイに稽古をつけている。

 二人は周りに見たこともない武器を無数に置いて、矢継ぎ早に武器を取り換えるという組手をやっていた。


 弟子(クケイ)の攻撃を簡単に捌きながら、こっちを見て手を振っている。


「ね」

「みたいですね」


 ヒミカは(そで)をまくり、(てのひら)を上に前へ差し出す。


「まず私の両腕を掴んでみて」

「はい」


 ずっと触り続けていたいくらいに、恐ろしくモチモチスベスベしっとりとしていた。


「私の目を見て」


 髪色は赤みが少し入る俺とは違い、純度の高いブロンド。

 瞳は碧くて煌びやか、金色の睫毛(まつげ)はたっぷりと長い。

 やはりウチの母は綺麗だ。


「今度は手を離して」

「あっ、あれ?」


 離せない。

 肌がしっとりしていて離したくないからじゃない。

 いくら手に力を入れようとも離せないのだ。


「な、なんで、魔法か武術ですか!?」


 次の瞬間。


 ヒミカの腕が上がったかと思うと、

 意図せずビクッと中腰に立っていた。


 正確には()()()()()()()()()()


 促されてからやっと両手を離せた。

 意味がわからない。


「魔法のようであって魔法ではなく、武芸のようであって武芸ではないわ。リョウがいつも修練しているものとは全く別の技術よ」

「そ、その心は?」

「この世界の仕組みに則り、相手の心を読み、意を外し、操るのよ」


 仮に読むところまではできたとしても、『意』とか『操る』って何ぞや。

 なんらかの技を使ってそう仕向けるにしても、先ほどヒミカから手を離せなかったり、無理やり立ち上がらされたりしたのは明らかに異常だ。

 擒拿(きんな)術とか逆技みたいな関節を(くじ)くタイプの技術なら、普通は痛みや怪我を回避するためにそうせざるを得ないが、痛くもなければ怪我もしてない。


 待てよ、ヒミカは心を読むことに長けていると師匠(ソフィア)から聞いたことがある。

 

 催眠術?

 心理学(メンタリズム)

 誤った導き(ミスディレクション)


 たまにやっちゃうお下品な妄想も実は筒抜けだったりするのか。

 なにそれこわい。

 全部は読まれてないよね。


「強い武芸者や魔術師ほど心を読むことに長けてるものよ。例えばランは、無意識にあなたの心を少し読み取って動いてるの。体も強いし、一霊(いちれい)剣法と仁智禽爪手(じんちきんそうしゅ)も修めて外功、内功ともに隙はほぼないわね」


 勝負勘というやつかな。

 特にあの子は俺を(まさぐ)り慣れてるし……。


(くせ)を見抜くのよ」

「癖を見抜く?」

「『気を読む』のは何も気の運用や多寡(たか)だけの話ではないの。それにあなたはランのすべてを知り尽くしてるでしょう」


 六年間ずっと寝食をともにしてきた。

 確かに俺ほど鸞子に詳しい人間はいない。


「腕を触れあわせた時の筋肉、視線、表情、仕草、目と肌で感じる情報すべてを汲み取るの。ランの身体能力に対抗するにはそれしかないわ。あなたなら技を仕掛ける予兆が見えてくるはずよ。読み取れるようになれば心は筒抜け、いずれは操れるようにさえなるわ」

「たとえ防げたとしても、攻め手というか決め手がないんですが……」

ぶっ飛べ(カシンデゼラ)巻き上がれ(キャビスサジット)は覚えてるかしら?」

「覚えてます」


 ぶっ飛べ(カシンデゼラ)は対象を任意にぶっ飛ばし、

 巻き上がれ(キャビスサジット)は対象を錐揉(きりも)み状に巻き上げる効果がある。

 素人なら防ぎようのない魔法。


 鸞子くらいの実力になってくると簡単に内功や体捌きでレジストされたり、当たっても効果が薄かったりする。

 ゆえにいつも、直接的なダメージを与えられて射速の出やすい光弾(カエラスティス)をよく使っている。


「もちろん格上相手に素当てするのは難しいわ。そこでちゃんと相手の『意』を読んでやれば――――」

「待ってください。『意』とか『操る』ってどういう意味なんですか?」

「『意』とは心の動き。『操る』のは次の段階の話。さっき私がリョウにやったことは操ったといえるわね。操ることは慣れないとできないから、とりあえず置いておきましょう」


 ううむ、これまたわかり難いな。


「言うよりやってみせた方がわかり易いわ。リョウ、私に抱きついてみて」

「へ?」

「ほらっ」


 ヒミカは「さあ抱きついて」と手腕を広げる。

 胸は恐れ多いので、お腹目掛けてダイブ。


「うわわっ」


 ころん、と横に半回転。

 優しく背中から落とされた。


「わかった?」


 ダイブしようとして地を蹴るや否や、右手首を極められた。

 何の予兆も見せず俺の手首を固め、転がしたのだ。


「えっと、相手の行動を予測して利用するということですよね?」

「八割正解」

「相手の行動を予測して利用し、尚且(なおか)つ自分の『意』を隠す?」

「正解よ」


 相手を読みつつ、自分は悟られないようにする。

 そも闘う上では当然っちゃ当然のことだけど、意識してやってみると結構難しい。


 ヒミカは座ったまま、地に転がっている俺をふわりと持ち上げ膝に座らせた。

 力任せではなく、さも風船でも扱うように。


 ぽふっ。

 首が心地の良い柔らかいものに挟まれる。

 これはたぶん、内力と魔力によるものだな。

 ヒミカの内功はかなり深いし、魔力操作も相当上手い。


「リョウは私と似てるからできると思うのよね。みてなさい」


 目鼻立ちは似てるけど他はそうでも……。


 目の前で右手と左手を遊ばせ始めた。

 しばらく見ているうちにただ遊んでいるわけじゃないことがわかった。

 

 遊ばせてるようにみえて、俺に『意』を拾わせようとしているのだ。

 

 動き続ける両腕を黙って掴むが、ヒミカは意にも介さない。

 指、手首、腕が動く度、肌や筋肉が微妙に動くのを感じる。


 このまま俺は、ヒミカの右手と左手の癖や『意』を拾うことに終始した。

 そばに控えていた侍女二人は、この光景を食い入るように見ていた。

 

 そこの侍女二人ともかわいいな、なんて雑念を振り払って集中する。


「コツは拾えた? 拾えたなら行ってきなさい」


 ヒミカの膝から飛び退き、鸞子の許に向かった。


「ということで姉上、今一度お相手願います」

「いいけど、お母様から何か教えてもらったの?」

「秘密です」


 少し眉間に皺を寄せて、


「今日のリョウなんか嫌ね」

「僕も今日の姉上は嫌ですね」


 (ラン)はわかりやすく表情に力が(こも)っている。

 もちろん、鸞子のことを嫌うワケがない。

 ブラフである。


 両腕を組み合うとなんとなく、

 

「初手で倒してやる」


 と思ってるような気がした。


 お互いの両手足が動き始める。

 

 来た。


 やはり初手から仕掛けてきた。

 右手を鉤爪状にして首を獲りに来る。

 それを左手で叩くように押し込み、目前で回避。

 勢いのまま、鸞子の右手首を掴んで巻き上がれ(キャビスサジット)を発動した。


 黄緑色の閃光とともに、ギュンと音を発てて鸞子の体が錐揉み状に巻き上がっていく。

 天井には届かない。


魔法障壁(パヴィーナス)


 極厚の魔力の膜を封筒状に形状変化させ、落下点に用意する。


「自分で着地でき……きゃああああ!?」


 音もなく魔力で創られた魔法障壁(パヴィーナス)の中にすっぽり入った。

 閉じて封印。

 

 おっと!?


 入りこんだ勢いで鸞子のシャツが(めく)れて脱げていた。

 眼福、と言いたいところだが、彼女の肢体は俺とそっくり。

 二次性徴もまだなので、()()()()()()()()()()()位しか性差はない。

 普段から見慣れてもいるし、残念ながら興奮なぞしない。


 いや、ポーズがそこそこ……やっぱりしないな。


「ねぇ、ここから出してよ。息苦しいし生暖かくて気持ち悪いわ」


 魔法障壁(パヴィーナス)の中でもがく(ラン)は、可愛らしく滑稽だった。

 

「もうちょっとだけ」

「なにそれ……」


 少しばかり(さげす)んだ視線までいただく。


 結果、鸞子に十回に二回は勝てるようになった。

 初回はたまたま勝てたが、やはり地力が違うので八割は負ける。


 折角『意』とやらを読んでも、何重ものフェイントを掛けられたり、

 目まぐるしく技を喰らえば、対処できないことだってあるのだ。

 それにこの世界に生まれてこの方、ずっと一緒に居る鸞子だからこそやり易いというのもある。


 未知の相手に対しても効果を挙げないと意味がない。


 まあ、今までは何もできなかったんだから大きな進歩といえよう。

 今回の様な組手だけじゃなく実戦でも使える素晴らしい技術だ。

 これを究めれば、我が体の貧弱さもある程度誤魔化せるんじゃなかろうか。


 あらゆる情報から相手の行動を先読んで、力学的な理や生理的な本能を利用し対処する。

 究めるとヒミカみたいに相手をいいようにすることも可能。

 擒拿術や逆技みたいな関節系の技術を高めていけばより効果的だ。

 鸞子だって意識的にやってないだけで、無意識に近いことはやってる。


 たぶん、意識的にしろ無意識的にしろ、前の世界にも似た技術体系を使う人はどの道にも居たはずだ。

 ヒミカに転がされる様なんて、まるで柔術や合気道のそれに近い。

 

 俺自身スポーツや格闘技に関しては素人だった。

 どうこういうのはその道の人に失礼かも知れない。


 高校で半ば強制的に柔道初段取らされたくらいの経験しかないし。


 しかし、きっと前の体じゃこの技術は会得できなかったということだけはわかる。

 この技術は経験と、それを受け入れるだけの才能が必要だからだ。

 

 理論は頭で理解できても、あらゆる情報から相手の行動を瞬時に先読みする能力や、そこから編み出される対処法を実現させるだけの肉体が()る。

 もし前の体にそんな才能があるなら、童貞の一般男性なんかせずにオリンピックでメダルでも獲ってたと思う。

 

 この小さき体には、貧弱であっても経験を受け入れるだけの才があった。


「ミカはちゃんと教えてくれたかい?」

「ええ、お蔭でだいぶ進歩しました」


 ソフィアの後ろでクケイが壁に(もた)れ掛かって座っている。

 汗だくで(うつむ)いていて、かなり扱かれたらしいのが見て取れる。

 能面のような表情は崩れていない。

 二人は俺がヒミカから指導を受けている間も休まず組み合い続けていた。


「今日はえらい薄着ですね」

「うむ、そういう稽古だったのだよ」


 二人はぴちぴちの吸着する肌着だけをまとうという出で立ち。

 顔から下、全身にオイルのような薬品を塗っていてテカっていた。


「どうして母上は僕に教えてくれたんですか?」

「君が今回習った技術は、私が闘う上で自然に使っていたものなんだ」

「師匠の術なのに母上が?」

「私が長年かけて積み上げてきたことを、ミカは短期間で全て会得して一から分解して理論立ててくれた。もう彼女のものと言っても過言じゃない。だから『君が教えてはどうだい』と私が勧めたのだよ。ミカは私に遠慮してか、君たちに魔法や武芸は教えなかったからね。教えたそうにはしてるのだけど」


 俺に魔法や武術に関することを教えたくてうずうずしてたようだ。

 ヒミカから見れば、転がされ続けるどんくさい俺をみるのはイライラしたことだろう。

 我慢せずいろいろ教えてくれたらよかったのに、そうしなかったのはソフィアから学ぶべきとしていたからだ。


 この技術によって俺の戦闘のレベルは格段にアップした。

 柔よく剛を制すとはよく言ったもので、覚えたて頃は勝率二割程度だったのに、しばらくすると互角かやや優勢にもって行けるようになっていた。


 鸞子もこの技術を伝授されたのにあまり伸びなった。

 彼女の攻めに攻める戦闘スタイルとは相性が悪かったのだ。


 俺はこの素晴らしい技術を、便宜的に『八監派(はっかんは)聴勁(ちょうけい)』と名付けることにした。

 勝てるようになったのは喜ばしいが、鸞子は組手で負けが込むこともあったりして、若干不機嫌になることが増えた。


 ちなみに姉のストレスは普段から(おれ)を玩具にすることで発散されている。

 しかも負けが込んでる時は実に荒い。

 

 しかしこれは勝利の代償だ。

 甘んじて受ける他あるまい。

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