第十三話「上級者」
五歳になった。
グェムリッド宮殿の中庭。
小鳥たちが平和を象徴するように囀っている。
俺は待望のLv4に定義される魔法、歪な炎を習得せんと励んでいた。
「愚者は賢者の衣を脱ぎ捨て 忍辱しては呪い子を産む
修業林を焼き尽くす呪い子の火
崩壊し蹂躙せよ 歪な炎!」
万歳。
元気を分けてもらう時のポーズに近い。
火傷しないよう、顔と手にたっぷりと魔力を纏わせて慎重に唱えた結果、
「うおわっ」
掌から小さくうねうねと燃える火が発現。
ソフィアは遠くから、
「そのまま、形を維持して上に放つんだ。今回は直線を描くように」
「はい!」
轟!
小さな火は突如大きな火炎となり、勢いよく上空に打ち上がった。
小鳥たちが驚いて飛び去っていく。
「は!?」
自分の術を見上げながら驚いた。
視界は炎で覆われていて何も見えない。
メラ○ーマやファ○ガなんて甘いもんじゃない。
あまりにもサイズが大きすぎた。
直径七、八メートルはある、超極太の火柱である。
長さはわからない。
「もういいよ。魔力の供給を断ち切るんだ」
「はっ、はい」
魔力を止めると一瞬にして消えた。
へたりと尻餅をつく。
空間には熱の痕跡が漂う。
火傷ひとつしてないが、俺の身体にもソレは残っている。
「想定よりだいぶ太かったね」
いつもなら妄想のネタにしちゃいそうな発言にすら、反応する気にもなれなかった。
正直ビビった。
あんなもんちょっとでも魔力操作ミスったら死んでしまう。
「まさかあそこまで高威力になるとは思わなかったのだよ。さすがミカの子だね。コツは掴んだろうから、次は魔力操作してできるだけ小さく維持するところから始めよう」
「し、死ぬかと思いました……」
「怖かったのかい? 大丈夫、リョウ君に害が及びそうになったら私が操作してあげるし、仮に全身大火傷を負っても治してあげるよ」
大火傷どころか消し炭になりそうなんですが。
Lv4歪な炎。
直線ないし不定形に火炎放射したり、
魔力を場に残して焼き尽くしたりする破壊魔法である。
覚えたはいいのだが、威力が高すぎて使える相手がいない。
そこら辺の一般人に使えば、炭になるか、衝撃で死んでしまうほどの威力である。
やはりLv4になると習得難度はそれなりで、無詠唱で発現するまでに一〇日以上かかった。
Lv3の破壊魔法でも即日~最大七日程度だったのに。
歪な炎を完全習得したあと、六歳になるまでに、凶悪な魔法を次々に覚えていった。
小魔の雷撃
電撃を継続的ないし瞬間的に発生させる破壊魔法。
威力は魔力の多寡で決まり、魔力操作をミスると自分まで感電して最悪死ぬ可能性もある。
神指
食指程度の貫通性の光線を放つ破壊魔法。
貫通力と速度は魔力操作次第。
魔帝指
神指と対を為す破壊魔法。
闇属性なのでやはり中二心を擽られる。
両方ともいつか目から出せるようになったり……んなアホなことしたら失明するかもしれんな。
水神の怒り
Lv1水流の上位魔法。
勢い、量ともに段違いで巻き込まれると溺れる。
凍えよ
対象を広範囲に凍結させる魔法。
術者次第で性質がだいぶ変わる。
現時点では以上。
やはりどれも詠唱を省くまでに一〇~二〇日掛かった。
加えて何度も死にかけた。
ソフィアとクケイに助けてもらわないと習得できなかったと思う。
数日で原状回復してくれる庭師の人たちには感謝しかない。
実戦で使えるか使えないかは置いといて、ついに俺は上級者になった。
***
ティンバラスール城本殿、ヒミカの書斎。
「この前はグェムリッドの中庭を凍えよで全面凍らせたのだよ。初回詠唱でだよ? あの子は本当に底知れない」
ソフィアは嬉しそうに愛弟子を語っていた。
「……ついこの前、上級者になったんでしょう。上級者になったのが遅いだけで、なってからは私と変わらないじゃない。本当にじっくり教えているの? 早すぎない?」
「リョウ君はミカと同様やたら習得が早いから、ひとつずつあらゆる角度から術の欠点や応用の仕方を教えてるよ。こと魔法に関してはそろそろ私はいらないかもしれないね」
「それって、本人は習得できてないと錯覚しているんじゃないかしら」
「本来危険な魔法だからね。騙してるわけじゃないし、魔術師として今後のためにもなる」
「そうね。そういえばあの子、この前の夕食の時元気なかったのだけれど。もしかして初心なクケイに手を……」
「ふ……いくらリョウ君がエッチでも、まだそんな歳じゃないよ。歳相応の健全なお付き合いさ。心を読むことに長けている君がわからないのかい?」
「リョウの心は読めないし、時が来るまで不可視の体には触れないって決めてるもの」
「賢明だ。……リョウ君のお悩みはラン君に組手で勝てないからだよ」
「当り前じゃない魔術師なのに」
「今や魔術師のくせに武術家顔負けの君がそれをいうか。まあ、リョウ君の場合経験が足りないだけだから、ほっといてもいずれは勝てるだろう。魔術師としてぜいたくな悩みだね」
ヒミカは、ソフィアに出会うまで武術はからっきしだった。
出産に備えた健康体操の一環で内功を鍛え始め、短期間である程度の武功も習得はしたが、当時は実戦において使えるものではなかった。
圧倒的に武術に対する経験が足りなかったのだ。
「あなたのおかげよ。私にしたようにアレは教えてないの?」
「教えようと思っていたところだ。アレはショウ国の武林でいうところの、勘を鍛える聴勁の一種なのだけど、他の武功のように理論立ててないし、そも教えるようなものではなく経験によって習得していくものだから……そうだ! 君が教えてはどうだい」
「私が!? あなたの方が確実でしょ」
それは、名称すらつけていない、ソフィアの長年培ってきた経験に裏打ちされた技術である。
「君は自分にわかりやすいよう理論立てて、効率よく習得していったじゃないか」
「……私って教わるばかりで、人に教えたことはないのよね」
「リョウ君はミカと同じタイプだから大丈夫。それに、君に教えられるとなるとあの子はきっと喜ぶよ。予定を空けておいてくれないか」
「……、」
正直自信がないのでアイコンタクト。
アンガーの貴族やユーゼン家の家臣たちには通じる無言の圧力は、ソフィアに効くはずもなく。
「……わかったわ」
「それでこそ私のミカだ」
と、ヒミカの手を取って微笑んだ。




