第十一話「手を繋ぐところから」
あれから二ヶ月たった。
クケイは未だ笑ってくれないし、何かを相談してくることもない。
だが一つ変わったことはある。
二人きりになる隙あらば、手を繋いでくるようになったのだ。
不定期な外出から帰ってきた直後に多いように思う。
ベッドに座っている時、
一日の修練を終え中庭でのほほんとしてる時、
城内を散策している時、
稀に入浴中などなど。
なお、人が来れば悟られないよう手を放す。
特に師匠や鸞子の気配には敏感に反応しているようだ。
会話なんてものはないに等しい。
お互い能動的に話すタイプではないのだ。
可愛らしい表情は見られてないけど、これはこれでイイ。
おかげ様で肉体が男の時は、小さなお友達が元気になることがある。
特に指と指を絡めた恋人つなぎの時。
初めて体験したが、アレはなかなか股座にクる。
感覚の鋭い彼女のことなので、きっと気付いてるだろうにスルーしてくれている。
人と手を繋ぐという行為が、彼女のストレスの発散に繋がっているのかもしれない。
効果のほどはよくわからんし、もしからしたら童貞ゆえの思い違いの可能性だってある。
だけど、こんなことで少しでも気が楽になるなら……と思っていた。
「ねえ、最近クケイとくっつき過ぎじゃない?」
寝室のベッド。
背中越しに鸞子が話しかけてきた。
もう自分の部屋を与えられているというのに、かたくなに毎晩、俺のベッドに潜りこんできている。
「別にくっついてはないですよ」
「この前見たんだから、手を繋いでくっついて仲良くお散歩してたでしょ?」
「えっ!? クケイさんは僕たちの師姐であり、侍女でもあります。面倒をみてもらうことだってありますよ! 姉上だって何時も――――」
「私の内力に気付いたらすぐ手を放してたし」
「ええっと、それは……」
「あやしい」
姉の魔の手が俺を弄りはじめる。
瞑想を始めて最近収まってきたと思えばまたこれか!
「いッ……たい! 痛いですって!! ほ、ほら、己を見つめ直しておねー様!」
「今はリョウが己を見つめ直さないといけないんじゃないかしら?」
いつからそんな皮肉叩けるようになったんだ。
弄り方もより高度になってきてる。
制止も空しく、姉の気が済むまで玩具になるしかなかった。
***
四歳と三ヶ月。
俺は中級者として円熟していた。
「北には羅征王 南には海難王
高慢なる小魔よ 純然たる悪意を諸王に示せ 小魔の闇!」
グェムリッド宮殿中庭。
昼下がりに、俺の放った黒々とした魔力の塊が少女を襲う。
クケイとの距離は約三〇メートル。
到達速度は一瞬。
「初回で成功なさるとは素晴らしい」
クケイは片手で『小魔の闇』を受け止める。
魔力の塊はバリバリと破裂音を立てながら、次第に消えていった。
「全然効いてないじゃないですか……」
「この威力なら直撃さえすれば人を簡単に殺せましょう」
「そ、そうですか」
「嘘ではありません。そこらの中級者や内功の浅い武芸者なら一撃です」
『小魔の闇』
Lv3の破壊魔法で、属性は闇。
中二病を患っていたころなら嬉々としていたかもしれない。
まだ詠唱しなければ発現はできないが、クケイの言う通り当たりさえすれば、一般人程度なら木端微塵な威力なのはわかる。
他のLv3の破壊魔法だってそうだったからだ。
もっとも、今まで素人に当てたことはないので、本当に木端微塵なるかどうかは、犠牲になった木人が散々なことになっていることを根拠にしている。
現在の戦闘スペックを整理しよう。
魔法はLv1からLv3まで、約四〇〇種類を覚えた。
そのうち実用的なものは七〇も行かない位。
その中から更に戦闘向きな魔法を厳選すると、
Lv1
水流
威力は水道の蛇口から放水車程度まで。
任意の水流を発現させる魔法。
Lv1に定義されている癖に習得難度が高い。
Lv2
風よ
風を巻き起こす魔法。
そよ風から鎌鼬、突風のようなものまで。
応用性の高い魔法である。
水球・火球・土球
魔力でその属性の球体を作って射出し、ぶち当てる破壊魔法。
大きさと速度、ありようは魔力操作で調節可能。
属性こそ違うが、どれも運用的にはそう変わらない。
火球に関しては、魔力で手を保護しないと火傷する可能性があるので注意が必要である。
Lv3
氷柱
任意の氷柱をぶち当てる魔法。
光弾
煌々と白く光る魔力の塊を相手にぶち当てる破壊魔法。
小魔の闇
どす黒い魔力の塊を当てる光弾と対をなす破壊魔法。
痺れよ
相手を昏倒させる。
ぶっ飛べ
その名の通り対象をぶっ飛ばす。
巻き上がれ
錐揉み状に対象を巻き上げる。
形成せよ
地形操作、基本的には地面や土をいじくったり、造成したりする魔法。
曰く、高々Lv3の癖に究めると岩、コンクリ、果ては金属まで扱えるようになるらしい。
いずれは○の錬金術師的なこともできたり……しないか。
現状、覚えたての小魔の闇以外は無詠唱で扱える。
詠唱するかしないかで言えば、すればより確実に練度の高い魔法を発現できるし、しなくても一定以上のクオリティは出せる。
詠唱の難点は冗長でこっ恥ずかしいという所だ。
魔法の名称だけでも口に出せば、ほんの少し魔力のノリがよくなるので、状況に応じて名称ないし無詠唱を使い分ける形が理想かもしれない。
他にも、人を擽り笑わせる道化者、隠形魔法の隠れよ、魔力で盾や障壁を生成する魔法障壁、自由度の高いヴァトファーシオなど戦闘に便利な魔法がある。
しかし今の俺にとって、これらを組み合わせて闘うには、些か経験不足感が否めない。
自分と同レベルの好敵手探して切磋琢磨するのが手っ取り早いんだが……。
ちなみに、クケイと手を繋いでる時に道化者を何度か掛けたことがあるが、内功が深すぎてか本人が擽られることに強いのか全く効かなかった。
武術。
軽功に限ってはそこそこ。
修めたのはこの前学んだ軽功の第一段と第二段の一部。
小回りが利いて、一瞬だけ早く走れたり、二メートル程垂直跳びできる程度。
立ち幅跳びや、走り幅跳びもその基準でいける。
我ながら大分超人になった。
しかし謎の喘息を筆頭に、虚弱体質で内功もクソなら戦闘技術である外功もアレなので、武術に関しては相当長い目で見るべきだろう。
体の大きさも歳相応の幼児だし、できることは、とにかく修業し続けて体が大きくなるのを待つことだけなのである。
☆ステータス☆
名前:倶偈
出身:はるか遠く
職業:ティンバラスール城のメイド
性格:冷静沈着……に努めてる
感情:乏しい
魔法:中級者・Lv1~3を二〇種ほど・隠行系魔法だけは無詠唱
武術:八監派上伝
好きな人(家族として):師匠、ヒミカ、双子
気になる人:龍鯉