登山
私はダニである。
社会のダニではなく。
虫。
私は虫のダニなのだ。
今ここに、人の足がある。
より正確に言うならば、人の足の裏に張り付いている状態だ。
なぜ?などというつまらない質問はしないでもらいたいものだ。
人の種族には祭りというものがあったはずだ。
薄れてはいるが、私はそう記憶している。
そして人という種は、大変に栄養価の高い食べ物として、私たちの種全体の祭りが開かれるほどの御馳走だということだ。
だから―――
私は登っている。
多くは足裏に張り付き、または脛にとどまっている。
だが私は登っていく。
そう……知らないとは、幸せなことだ。
真の御馳走は、その先、腿を超えた、この先にこそあるというのに。
私が脛を登りきり、腿にたどり着いたとき、すでにそこには数匹の仲間しかいなかった。
その仲間も、腿の少し固めだが、甘く、濁り味が多少ある、重い味にむしゃぶりついている。
ふふふ、弱い。浅い。ぬるい。
さらに先だ。
真の味が、この僅か先にあるというのに。
私は登っていく。
ただひたすらに先へ、先へと。
そして遂に、腿を超え、股下の付近に辿り着いた。
ここだ。
ここからだ。
私の命を懸けた。
まさに闘争。
これこそ戦争。
人という種はなぜか股下の感覚が薄い。
だが、なぜか。
そう、なぜだか股下より上に辿り着くと、急激な反応を見せ始めるのだ。
反射と言い換えてもいいのかもしれない。
僅かに噛みついただけでも、すぐに圧殺に来る。
だがここは誘惑の多い箇所だ。
さらに私はとても誘惑に弱いダニだ。
少し味見をと股下に噛みついてみる。
皺が多く、登るのも噛みつくのも、相当の技術が必要となるこの袋に。
私は最初はそっと、そして歯を立てると同時に、強く、勢いよく。
独特な苦みと、酸味の強い、マニアがよだれを流す御馳走の味が腹に染み込む。
するとどうだ?
数秒もしないうちに、人の手が伸びてくる。
味にかまけ、避けるのが一瞬でも遅れれば、そう、来ると分かっていなければ。
私もまた潰され、ただの間抜けな虫として死んでいただろう。
かつて私をここに連れてきてくれた先人と友人。
私の目の前で潰されていった、哀れな同胞達。
感謝。ただ感謝だ。
その命をもって、この味、この場所、そしてこの命を守る方法を教えてくれた同胞よ。
見てくれ!
いま私は、皺の波を乗り切り、筋張り、血液の脈動が激しい一本橋を登り切ろうとしている。
ここだ。
ここなのだ。
まるで我々の侵入を拒むかのような、返しの付いた橋の先端付近。
ここの味こそ至高。
ここの味こそ全ダニが求める箇所だ!
辿り着いた。辿り着いたぞ!
わた――――――
「かっゆ・・・まじなんだよ」