感想についてのエッセイが的外れな意見ばかりな件
ニッカブラッククリアと共に、語っていきましょう。
ここ数日で、感想欄についてのくだらないエッセイが多数投下されています。
バレンタインデーだというのに、恋人と甘いひと時を過ごせよ、お前ら。
エッセイレスバトルなんかしてる場合じゃないぞ、そんなだから今年もぼっちなのだ。
まあいいか。サラッと読んでみたけど、色んな意見とか批判、賛成、色々あるよね。私の友達も数人書いてた。
わかる? 数人だぜ、数人。みんなヒマ……ちゃうんよ。 お祭り好きやなあと思ったんよ。
あ、お酒もらいます、あなたもどうぞ。ぐびり。
ええと、それを見ての感想なのですが、くだらないともう書いちゃいましたね。
そうです、的外れな意見ばっかりだというのが、率直な感想です。
ああ、怒らないで聞いてください。ちゃんと理由も書きますから。
まず、個人的には感想欄には「感想なら良いも悪いもないよ、好きに書けば?」と思ってます。
もちろん『作品を読んで、それについて書いている』というのが大前提ですけどね。
え、脱線しまくり? はいはい、大目に見ましょう。
ただ、今回はそれとはちゃうねん。せやなー。
いいかい、批判的な感想をどーたらこーたらとか、それ、読者に言うことじゃないよ。
作者に言うことだよ。
もちろんひどい感想の責任は、作者にはないよ。でもね、対処は作者がすべきだよ。
私が言っているのは、現実的な話だ。
理想を語るのも良いと思うけど、甘いのよ。カルアミルクみたいに甘ったるいのよ。飲まないから知らないけど。
話が堂々巡りで前に進まないのは、理想しか語らずに現実の対処をしないから。いいね?
まず言いたいのは
「書くなら、批判的な感想が来ることは前提でいろよ」ってことです。
いや待て。 まあ聞け、理由を聞いとけ。
私の言いたいのは戦い方ではなく、リスク管理だ。
私は、可能性が非常に低いことだとしても、致命的なことには細心の注意を払うべきだと思ってる。
いいかい、批判的な感想で筆を折る人がいるとする。それってほら、労災でいうと死亡事故とか大事故レベルじゃないの?
私はそういう気持ちがわからんから、知らんけどさ。
めったに批判的な感想が来ないからいいだろう、で済ませておきつつ、いざ来てからあたふたするのって変じゃん。
私は豆腐メンタルです、一度でも来たら死ねます。それなら、最初から感想欄を閉じとけばいい。
私は、たいしたダメージが無かったとしても、回数が多いなら対応する。
例えば私は批判的な感想でもダメージをろくに受けない。だから、別に感想欄なんかフルオープンだし、ブロックなんかもしていない。
ただ、何度も何度もばかあほレベルの感想が続いたら、たぶんブロックしたり感想欄を閉じたり、それなりの対処をする。
結局、そういう対処方法がわかっていないのに、ネットで多数の目に触れる場に作品を置いておくから、問題になるだけやん。と私は思うわけです。
と、もう一つ。
批判はやめとけ、作者の筆を折るな。そういう温いビールみたいなごたくを言う前に、作者にこう言うべきだ。
「批判を書き込む人間は必ずいるから、あきらめろ」と。
これはあなたの姿勢がとか読者の態度がとかそんなこととはまったく別次元の話だ。
あんたがどういうつもりだろうが、どういう思想だろうが、悪口を書き殴ってくる奴は必ず一定数いる。
現実的にいるんだから、対処しとけよと。
だってほら、あなた、出かけるときカギをかけるでしょ? 泥棒はいけないことだけど、実際にいるんだから、対処する。身構える。保険をかける。
なんで小説を書くときに、それができないの?
それだけ。
結局はさ、読者って何十万何百万人といるわけよ。
そんな大勢の隅々まできれいごとを広めるより、作者側で対処する方が早いじゃん。現実的じゃん。
だって、一人分の力で済むんだぜ?
ね? こんな議論を”多数の人に”呼びかけてる時点で、的外れだよあなたたちって思うのさ。
例えばボヘミアンラプソディって映画。すごく受けたよね?
でも、多数が見れば必ず批判意見も来るさ。
ボヘミアンラプソディを作ったクイーン。そのギター担当のブライアン・メイ。
彼は辺野古工事停止の署名を呼びかけ、ネットで賛否両論を巻き起こした。
まあ今はそれは置いておくけれどさ、彼ってマイケミカルロマンスのライブに飛び入り参加したことがあるわけよ。
そこで、ブラックパレードっていう曲を演奏していた。
ブラックパレードって言えば曲の作りがボヘミアンっぽいよねと言われたりもしたけど、まあわからなくもないけどさ。それって曲の構成が、2パートに別れてるってだけじゃんと思うのですよ。
例えばソナタ・アークティカってグループの、フルムーンって曲がある。それだって似たような構成さ。
何が言いたいのかって? 決まってるじゃないか。
最近、メタルを聞く人って減ったよね。ロックすら減ってるんだから、当たり前だ。君はロックを聴かないのだ。あいみょんっていいよね。
で、メタルを聞かないってことは、みんな飽きたんじゃないかと思うんだ。だって思うだろ?
「シンフォニックパワーメタルなんて、どれを聞いてもいっしょでしょ?」って。
それは違うぞ、と私は言わない。だって、本当に似ているんだもん。
私のなかの北欧系メタルは、ハロウィンがまず基本にある。
良いとか悪いとか古いとかではない。
私の中で、ハロウィンはバニラアイス的存在なのだ。
そこから、しゃおんしゃおんを足したらストラトヴァリになる。
――余談だが私はストラトヴァリウスの名前を未だに覚えられない。ストラディヴァリウスのどこに「ト」が入るのか、毎回悩むのだ。
別に嫌いだからではない。CDも数枚持っている。持っているのに間違う。なぜだ!
そしてストラトヴァリに塩を一つまみ足したのが、私の好きなソナタ・アークティカだ。
好きだが、1枚目のエクリプティカ、3枚目のウインターハーツ・ギルドの2枚があればそれでいい。
こちらも実は6~7枚は持っている。もっているけど、あえて言おう。
「一緒やん」
そうだ、シンフォニックパワーメタルなんて、どれを聞いても同じだったのだ!
たぶん「シンフォニック」がいかんのじゃないかと私は思う。
シンフォニック・ロックともいえる立ち位置の、シアトリカル・ロック。その代表者の一人、ミートローフさん。
彼のCDの中で、私の一番のお気に入りは、ウェルカム・トゥ・ザ・ネイバーフッドだ。これ、すっげえかっちょよくて、擦り切れるほど聞いた。
で、実は彼、昔はジム・スタインマンさんという人とよくお仕事をしていた。
ジムさんが手がけた曲は、なるほど壮大なスケールですごい。実際、ネイバーフッドよりも売れている。でも、私はなんかすぐに飽きちゃった。
ミートローフさん自体は好きだったので、CDは繰り返し聞いたのだが、たぶん同じような曲の構成に飽きる感じがする。
この辺を確かめるために、良ければ皆さん、家にあるボニー・タイラーのCDを聞いてみて欲しい。どこまで関わっているかは知らないけれど、ヒーローはジム・スタインマンの作曲だ。あ、たぶん作詞も。
同じような印象を受けないか? 私は受けた。
「一緒やん」
私の耳には、同じように聞こえてしまうのだ。
やはり私はロック好きであり、メタルはそこまで好きではないのかもしれぬ。
もしくは大げさなことをしようとしたら、かえって幅が狭くなってしまうのか?
しかし、ソナタの例の2枚は好きだ。
ロックっぽいとは思わないけれど、曲調がいろいろ入り混じっているのが良いのだろう。
一番心に来るのは、アンオープンド。
……うん、メタルスキーのあなたの言いたいことはわかる。
わかるけど、許してほしい。これは個人の感想なのだ。
そうだ、感想欄なので、好きに言ってもいい。それはこういうことだ。
たとえ長くなったとしても、作品を読んで感じたことならいいじゃない。
最後に、私の個人的な感想スタンスを述べておひらきにしましょう。
好きに書け。ただし、作品の感想欄やで。作品を読まずにとか無関係のことはだめや。
批判? 反対意見? 別にいいじゃん。あなたの思ったことでしょ? どうぞどうぞ。
私が書き込むときのガイドラインも自分なりに決めてはいるんだけどね。
私しか使わないガイドラインなので、書く意味もないだろ。割愛。
以上だ。
バレンタインに悲しいレスバを繰り広げるぼっちたちの心に、チロルチョコ分でもいいので余裕が生まれることを願っているよ。