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夢の中の彼女

作者: こゆき
掲載日:2018/07/21

俺がまだ小さな子供だった頃、叔父が若くして亡くなった。


お葬式の時になんとなく入った叔父の部屋で、一冊のノートを見つけて読んだ。


難しい漢字が多く、またお世辞にも綺麗と言えない字だったので、まだ小さかった子供の俺には中に何が書いてあるのか全然理解出来なかったが、その日から時々夢にある少女が出てくるようになった。


その夢の内容はいつも同じだった。ある少女を、俺が見ている。ただそれだけだったが、何度も何度も見た。


白いワンピースを着た、俺と同じ年頃の小さな女の子。遠くにいるから顔は見えなかったが、長い髪で女の子だとわかった。


その夢の中の少女は、俺が成長するたび同じように大きくなり、また段々こちらに近づいてきた。



俺が10才になった時、まだ少し遠いが彼女の顔がちゃんと確認出来るくらいの距離になった。時々夢に出てくるだけの彼女。


可愛らしい顔でこちらに微笑んでくる。思えばこれが俺の初恋だった。夢の中の相手に初恋というのもおかしな話だが、それほどまでに彼女は可愛らしかった。


俺が12になった時。女の子は少し成長していた。これまでより少し女の子らしく。小さな子供というよりは、少女というか、より女性よりの見た目になった。


この頃は、まだ数ヶ月に1度見る程度の夢だった。なので、時々夢を見れると嬉しかったのを覚えている。


帰省した時だけ会える、特別な女の子。そんな感じが気持ちとしては近い。


俺が15になった時。彼女は、少女ではなくもう女性と言っていいくらいには成長していた。子供以上大人未満といった、その絶妙な可愛らしさ。夢の中で彼女に会うのが嬉しかった。


思春期であった俺にとって、彼女の存在はかなり大きな意味があった。2ヶ月に1度程度に夢を見たが、もっと見ていたかった。起きた時にそれはそれは残念な気持ちになったのを覚えている。


この頃から、夢を見る頻度が少し上がる。


俺が16になった時。夢の中の彼女の様子に変化が現れた。



左目が無くなった。



これまでと同じ可愛らしい顔なのに、左目の部分がこぼれ落ちていて血の涙を流していた。穴の開いた彼女の左目。そこに目は無いはずなのに、その穴から俺を見ていた。



俺が18になった時。彼女の両目が無くなった。


小さな頃から見てきたが、常に笑顔を絶やさなかった彼女から笑みが消えた。と言っても、もう顔には口と鼻しか無かったが。


少しずつ、距離が近づいてきた。夢を見る頻度も上がってきた。両目を失い、血を流す彼女。しかし、その穴は確実に俺を見ていた。



俺が20になった時。


彼女の肌の色が少し悪くなった。これまで血色の良かった彼女の肌が、少し茶色くなった。いわゆる日焼けのような健康的な茶色さではない。


枯れていく。そう表現するのがおそらく一番近いような、そんな色だった。


両腕をダランと下げて、やや猫背になった彼女。何を想い、俺を見るのか。夢の中の存在だから意思など無いかもしれないが、少なくとも俺にとってはそれは現実であった。



俺が22になった時。


彼女は細くなってきた。両目を無くし、色は枯れ、見るからに痩せ始めた彼女。さらにこれまでと違う大きな変化と言えば、時々こちらに向かって何かを話しかけててくるようになった。


最初に比べてかなり距離は近くなったが、彼女の声は小さく何を言っているかまでは聞き取れなかった。ただ、昔は俺に向かって微笑んでいたその口が、時々モゴモゴ動くのだ。



俺が24になった時。


相変わらず見た目は悪くなっていく一方だった。彼女の口が動くのはわかっても声がやはり聞き取れない。なんと言っているのだろうか。気になってしょうがない。


段々確実に近づいている。このままいけば、自然と声も聞き取れるようになるだろうか。



俺が25になった時。


ついに彼女の鼻も無くなった。


もうかれこれ10年以上の付き合いになる彼女。これまでの顔の変化と言えば、無くなった部分に穴が開いていたが、鼻の場合は違った。ただ、そこが平らになっただけだった。穴は開かなかった。


手を伸ばせば触れられる。それくらいには近くなった彼女との距離。ただ、残念な事に見るだけしか出来なかったので彼女に触れる事は出来なかった。


信じられないかもしれないが、この彼女の見た目を俺は不思議と怖いとは思わなかった。子供の頃から見続けてきた彼女。だんだん近づいてきた彼女。


最初の頃は数ヶ月に1度だった夢の頻度も、2週間に1度は見るようになった。彼女といるその世界が、俺にとってなによりリアルな空間に思え始めてきた。



26になった。


見た目の様子に変化は無い。ただ、また少しだけ近づいた。名前なんかあるんだろうか。彼女の事を誰より知っているのに、彼女の事を何も知らない。


最近少し、友人にやせたと言われるようになってきた。


しかし別にどうとも思わなかった。現実世界がひどく現実感が薄い。2週に1度。彼女と過ごす逢瀬の時間が、俺にとってなによりかげがえのないものなのだ。


他は全てまやかしだ。



27になった。


ついに、彼女の声が聞こえた。何を言ってるかわかるようになった。彼女の言葉を聞いて、俺は歓喜に震え上がった。


彼女はもはや人の見た目ではなく、色も枯れ体もすっかり痩せ細ったが、こんなに魅力的な女は他にいない。俺の彼女に対する気持ちは、もはや愛と表現する事すら生ぬるく思えた。


彼女とは、幼い頃から魂を共有した仲なのだから。彼女の事をもっと知りたい。彼女の事を見ていたい。


それ以外全て失ったとしても、何も悔いなどあるはずもない。



28になった。


もうそこに。目の前にいる。この頃は1週間に1度夢を見るようになった。それでも感覚が長過ぎる。彼女に会いたい。もっと夢を見ていたい。


俺の周りに友人は無くなったが、そんな事どうでも良かった。起きている時間は、ただ飯を食って寝るための時間だ。それ以外になんの興味もわかない。


俺の頭は間違いなくおかしいが、彼女と会わずに人生を送っている周りの人間は俺よりもおかしい。こんな素晴らしい世界を知らないなんて。



29になった。


彼女の息遣いを感じる。彼女の声が聞こえる。彼女は言うのだ。俺に向かって言うのだ。


「もう少し・・・。もう少し・・・。」


あぁ。彼女の声を聞くたびに、頭がおかしくなりそうになる。そう。もう少し。もう少しなのだ。足のつま先が触れ合うほどのこの距離感。


毎日夢を見るようになり、毎日彼女に会えるようになった。もう、起きている時間こそが夢を見ている時間で、寝ている時間こそが俺にとって全ての現実であった。



今自分が寝ているのか起きているのかもわからない。あやふやな時間の中で生きている。



そしていよいよ明日。俺は30才になる。


おそらく明日。俺と彼女は1つになれる。もうどうなってしまうのだろう。想像するだけで、恐怖と歓喜が止まらない。


俺が子供の頃から夢に見ていた彼女。常に俺と共にあった彼女。そんな彼女と、ついに1つになれるのだ!


自分が起きているのか寝ているのかわからない。ただ、起きていても彼女の息遣いを感じる。匂いを感じる。時々風に揺れるその服がこすれる音。もはや人では無い見た目になってしまった彼女。


その全てが狂おしい程に愛おしい。早く1つになりたい。早く明日が来てほしい。


もう少し・・・。もう少し・・・。



そして。


まだ、俺がギリギリの範囲内で正気を保てている間に、これまでの俺と彼女の軌跡をこうして記しておこうと思う。



若くして死んだ、あの時の叔父がそうしたように。




次はお前だ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] まるでメリーさんを彷彿させるような背筋がぞくぞくとしました。 忍び寄る恐怖感がとても面白かったです。 [気になる点] 物語的には最後にもう一練り恐怖感を煽る何かがあれば良かったかなと思い…
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