未来への扉が
この宿屋から出て行き、帰る方法を探す。
この事の半分を隠して、エバンズさんにここを出て行く事を言うと、そりゃ最初は渋られた。
総督閣下の執着している人間が、出て行くなんて考えられなかったのだろう。
しかしそれも、幾度に渡る私の食事や飲み物に一服盛る行為が行われた結果、エバンズさんですら私が出て行くと決めた事を、それ以上止められなくなったのだ。
数えるのも面倒な程、下剤から何からを盛られていれば、さすがに引き留められなくなったのだ。
中には、私が口にする前に中身の異常性に気がついたから良かったものの、かなり強い毒を盛られていた事もあり、私が涙ながらに
「私だって命は惜しいんです! 今まで運良く口にしてなかっただけで、これから先、私は毎日、食事も飲み物も、皆皆、毒が盛られているかどうかを気にして生きていかなきゃいけない理由ってなんですか!!」
そう訴えた結果、良識のあるエバンズさんは、私が出て行くのを認めたのである。
下手人は不明だ。もしかしたら宿の女性達が結託し、私という、色男キャプテン・シンが執着している取り柄の無い女を、目障りだとして排除しようとしたのだとしても驚かない。
それ位に、キャプテン・シンの意中の女性というのは皆の妬ましい相手となるわけだ。
私は考えたくなかった 部分はあるわけだが、それでも……やっぱり、皆考えるのは同じだなと思うわけだ。
イケメン権力者の好ましい女性を、皆で排除したがるのはどんな世界でも一緒。
乙女ゲームでも一緒。だからこそ悪役令嬢という配役が的として好まれるのだ。
「……さて」
私はキャプテン・シンが来ない日を狙い、三ヶ月分のお給金を身体のあちこちに隠し、目立たない服装で宿屋を出た。
元々下働きの身の上だったから、目立つ衣装なんて手持ちにない……いや、キャプテン・シンがよこしてくるものは数点あったが、皆売り払った。
女の子が、貢がれた物を売り払うのは常識なので、私の対応が異質なわけではない。
皆は、キャプテン・シンの渡した物を売るなんて、と思うだろうが、私は路銀を稼ぎたい。
そういう事情は置いておいて、私は宿屋を出て行き、どうすれば帰る方法を探せるか……いいや探索班の仲間と連絡が取れるかを考えた。
しかし、この世界はもう解決済みのはずで、入ってくる人間なんていないだろう。
そうなると……どうしたら、誰に聞けば、日本に帰れるかわからない。
本当に手詰まりだけれど、ここに長居してはいけないというのは野生の勘が告げてくるので、とにかくこの島を出て行かなくてはならない。
ここに居続ければ、キャプテン・シンが一層こじらせる可能性があるのだ。
私は界渡で、異世界に良からぬ影響を与えないとされていたのに、実際はキャプテン・シンの運命を大きく覆してしまったのだ。
これに等しい悪影響が、他の所に及ばないとも限らない。
……私は個人的な面でいうなら、キャプテン・シンが結構好きだ。
でも、私はこの世界の住人じゃ無いし、この世界に骨を埋める覚悟なんてさらさら無い。
私は地球の日本に帰りたいのだ。カップ麺が恋しい。
そういうわけで、私はこの島を出て行く定期船があると聞いていた、港にまで来た。そこで、適当な言い訳をして、船に乗せてもらおうと考えたのだ。
「お嬢ちゃん、あんた定期船に乗りたいのか」
「うん。ここで稼ぐのもおしまい。里の母ちゃんに楽させなきゃ」
「そうか。ここに出稼ぎに来るって事は、一週間の航路を使うあの国かあの国かだな。席に空きがあるか調べてやるよ」
「ありがとう」
私の、この世界の女性達と比べると子供みたいな身体は、皆の勘違いを引き起こしてくれる様子で、出稼ぎに来た女の子が、郷里の母の元に返るのだと言う設定は、非常に納得してもらえた。
ありふれた話というわけなのだろう。
私は席の空きがあるか調べてもらっている間に、適当な樽の上に腰掛けていたのだが、そんな時だ。
「かがや? かがやまち!? おい、お前どうしてここに居るんだ!!」
背後から声がかかり、振り返るとそこで呆気にとられていたのは、別の定期船から降りてきた……見慣れた人だった。
私は立ち上がって、その人に駆け寄った。
「先輩! めちす先輩! 先輩だ!! 会いたかった!!」
「俺もいるぜ」
「やかぶ先輩だ! お二人とも、会えて良かった!!」
私はその人の後ろにもいた、心から安心できる顔ぶれに、泣き出しそうになった。
そこで、単身帰る方法も、連絡をする手段も無く時間だけが過ぎていた事に、どれだけ不安を抱いていたのかを実感した。
会えた安心感が非常にある。
「お前が風呂場に突如出現した、転移先不明の扉に引っ張り込まれたとわかった後から、探し回っていたんだぞ」
めちす先輩が小さな声で言う。
それからやかぶ先輩が周囲を見て、言う。
「済みません、郷里で母ちゃんのために出稼ぎに行くって言って、行方不明だった親戚のおちびを発見しまして」
「ああ、見つかって良かったな」
「運がいいな」
これにて印象操作は終わる。皆私が、出稼ぎに行くと言い消息不明だった無謀なちびだと思うだろう。
「とにかく、お前を帰還させなければ。集団転移は……」
「先輩」
そこで私は、二人を見て真顔でこう言った。
「私、”最初の一人”を発見しているかもしれないんです」
「なんだと!?」
「お世話になってた宿屋の人の一人が……ちょっとこの世界の雰囲気じゃなくて」
「……つまり確認してから帰ろうと言いたいのか」
「うん」
「……お前に案内してもらった方がいいかもしれないな。案内してくれ、かがや」
”最初の一人”を探す事はしていなかったけれど、変な薬を食事に盛られるようになってから、私は周りの女の子達を注意深く観察するようになっていた。
そんな時に、違和感のある女の子が一人居たのだ。
他の女の子達のお化粧と、一線を画す、見事なお化粧をする女の子。
化粧前の顔はそれなり程度なのに、化粧をすると宿で一番の美女に変身する女の子。
皆お化粧の極意を聞きたがったけれど、教えない女の子は、こっそり他の子がその子のお化粧道具を盗んだ時に、違和感を大きくした子だった。
この世界のお化粧道具は、異世界ではありふれた物だ。でもその子の持ち物は、……簡単に言うと現代風だったのだ。白粉はいろんな色があって、目元を飾るアイシャドウなんて無い世界なのに、その子は出入りの商人にあれこれ注文をつけて、手に入れた物をアイシャドウ代わりにして、この辺りの人達が知らない泥パックを頻繁にしていた。
だから、怪しいなと思っていた子だった。
でも探知機が無いから、調べようのない子だったのだ。
私の言葉に、二人が真顔になって、宿屋に向かったのである。
宿屋の入り口の時点で、やかぶ先輩の探知機がキラキラ光り出した。
「当たりだな」
「ここで引き当てるお前の豪運がおそろしいな」
二人は顔を見合わせて、だから私は、二人が彼女の注文の品を持ってきた商人の手伝いだと裏口でほらを吹いて、裏口から二人を引き入れたのだった。
偶然出会って、道に迷っていたから案内したという顔をして。
そして。
彼女に出会った時、けたたましく、やかぶ先輩の探知機も音を立て、めちす先輩の探知機もがなりたてる音を発し、その瞬間に実行部隊を呼び出して。
私は二人に脇を抱えられた状態で、異世界”パイ恋”から、日本に戻る事が出来たのだった。
いつも通り落下する世界が終わって、座り込んでみた景色は、見たいと願った乙ハタの室内で……
「うわあああああん!! 帰れたあああああ!!」
私は柄にも無く大泣きをしてしまったのだった。
そして、報告する時間も無く私を連れて帰還した二人を見て、偶然そこに居た局長がへなへなと座り込み……こう言った。
「見つかって良かった……」
知らせを受けて駆けつけたあおやどまがる先輩が安堵のあまり泣き出し、辺りは一気に騒々しくなって……本当に帰ってこられたのだと、私はさらに大声で泣いてしまったのである。
”パイ恋”には続編が存在する。それは一作目の人気キャラランキングの上位三人と、新キャラを攻略対象とする物で、キャプテン・シンはその第一位だった。
キャプテン・シンは続編での設定として、属する国の敵対する国の船を片っ端から襲った事により騎士階級に叙せられて、豊かな島の総督閣下になったという設定があったのだ。
そして続編の主人公は、さえない女の子がお化粧で変身するというキャラ育成要素のある、島に出稼ぎに来た女の子だったのである。
続編のタイトルは ”パイ恋~シンデレラメイク”である。お化粧をした時の絶世の美女の主人公の時の行動に加え、化粧をしていない時の主人公の選択肢で攻略が変わっていくと言うゲーム内容だった。
これもかなりのヒット作で、そしてヒット作という事は……転生者が出てくる要素を満たしていたらしい。
そのため、”パイ恋”世界は再び崩壊の危機に見舞われ、閉ざした扉を開いたのだ。
さらに、この続編部分でも全てが解決したため、最初の一人が現れる前まで時は巻き戻り……今度こそ私の存在も抹消された。
シンは、もう私を忘れてくれたのだ。良かった。
だがそこまではわかるけれど、何故私が探知機なしのやばい状態で、全裸で飛ばされたのか。
わからなかった私に、局長はこう言った。
「お前が、異世界の創造神に異常に気に入られたせいだ。前例はあおやどまがる一人だがな」
……異世界の神々は、自分の世界を救った界渡を、異常に気に入る事があるらしい。
そして、自分の世界の難問は皆その界渡に解決させようと、囲い込みを行おうとする事もあったそうだ。
そして、その界渡がその世界に未練があったりするという様な、条件がそろった時、その世界に引きずり込む扉を出してくる。
だが、その界渡がその扉を無視すると、理不尽かつ強引に、異世界に引きずり込んでしまうのだという。
もうそうならないように、あらゆる神々と契約したはずだったのだが、”パイ恋”の世界の創造神のみ、その契約の時に漏れていたらしい。
あおやどまがる先輩は、私の前に、とある異世界の創造神に異常に気に入られて、帰れないようにさせられて、異世界でトラウマになりそうなあれこれを経験した結果、探索班ではなく、総務に回ったらしい。
手を貫通した傷は、その時につけられた物なのだとか。
……私もまた、創造神に異常に気に入られ、しかし招く手を無視したから引きずり込まれたのだという。
そんな私に、局長はこう言った。
「お前には二つの選択肢がある。一つ目は、このままこの本部局で働き続けるという物。……いつ異世界に引きずり込まれるかも、帰れなくなるかもわからない条件のまま、ここに残るという道だ。
そしてもう一つは、この本部局をやめるという選択肢だ。異世界の創造神は、この本部局には強い影響を与えられるが、ここを出れば手を出せなくなる。……お前が死んだ後以外はな。……帰れなくなる事の厄介さ、恐ろしさはもう十分にわかっただろう。今回の事は異例の一つだが、お前の何でも引き寄せる体質から考えて、二度目がある可能性は高いとじょなさとが予測結果を出している。俺達はお前の身も守らなければならない。だから、お前がどんな選択をしても、否定はしない。……お前が選べ、かがやまち」
私は、その言葉を聞いて、……そして道を選んだ。
豪雨だ。目を覚ますと、私はもうずいぶん前に去ったはずの、安物件の部屋の中で寝転がっていた。
通帳を見ると、そこにはブラックだった会社からの慰謝料や、乙ハタで働いていた時の給与明細などで、たっぷりの預金が入っている。
「……大丈夫。死にかけたって生きていける。人生は、やり直す腹がくくれれば、いくらでもやり直しがきく。……生き残って見せようじゃ無いか、この魔境な地球、日本で」
それを確認し、しばらく求職活動をしていても、生活に困窮する事は無いと判断し、私はまず、新天地を探すべく、スマホで新たな賃貸物件を探す事にしたのだった。
私のコードネームはかがやまち。元ブラック企業勤めのありふれたOLで……
元、異世界を救う仕事をしていた、探索班の人員だ。




