過去の扉が
「……ははっ」
私のあきれ果てたというような声に、男が笑った。笑ってしまって仕方が無いと言うような声で。
そして私の方を見下ろして、顔を近付けて、言う。
「ついに認めたか、俺の千里眼」
「私は千里眼じゃないし、あなたの欲しいような能力の持ち合わせは無い。……ちょっと感覚が人様より鋭いだけ。未来を操ったり見通したりする力は一切合切持ってない」
「そうだろうな、だがお前があの日、俺の目の前から消えた時。……俺の傷は瞬く間に塞がった。冗談だろうと思ったぜ。そして俺はあの女を斬り殺した」
「!! なんで」
「あの女がいないか、パールレディを根城にしてなけりゃ、お前は消える事なんて無かったからな。お前の消失はぞっとしたぞ。俺はお前を手に入れたつもりだったんだからな」
「私はあなたの手に入らない人間だ。あなたがどんなに手を尽くしても、私の目的はぶれない」
「だろうな。……だがお前はここに居る。あのみょうりきりんな道具も手元に無いだろう」
「なんで知ってるの」
「お前の持ち物をちょいとな、見させてもらっただけさ」
「えー、女の人の荷物をあさったとかちょっと無いだろ……」
私は若干引いた。それだけの執着をこじらせたのだろうとも思うが、荷物をあさるって物取りかよ……とさえ思ったのだ。
そんなあきれ果てたという顔の私を見て、キャプテン・シンが笑う。
「こっちも必死なのさ。お前をまた手の届きようのない場所に連れて行かれちまったらたまらない」
「はあ」
何でこの男はこんなに私にしつこいのだろう。もっと見た目のいい人格も素敵な女性達が、この男の心を手に入れたがると思うわけだが。
私は自分を過剰評価はしないのだ。過剰評価の果ては破滅なのだから。
さて、いい加減に私はこの男とのおしゃべりではなく、仕事に戻らなければ。
「もうどうだっていいから、私の仕事の邪魔をしないで。これからこの部屋の皆さんのために水をくみに降りるんだ」
「そんな事が俺より大事か」
「面倒くさい女の人みたいな発言してんじゃねえよ。まあ、女の人って限定じゃ無いけど、面倒くさい臭いしかしない。私はここの下働きでおまんま食べてんの。食べるものを手に入れるためには働かなくちゃいけないの。あなたと空腹を天秤にかけたら空腹に傾くの。おわかり?」
「ぶわっはっはっは!」
私の大真面目な発言に、キャプテン・シンが笑い出す。あんまり笑うから、部屋の皆が起きるのではとヒヤヒヤした。皆睡眠は仕事のために大事にしているから、睡眠妨害は険悪な仲をもたらす要素の筆頭だ。
「まさか空腹にボロ負けするとは思わなかったぜ。……まあ、お前がそういうならいったん引いてやろう。水をくみに行く時に、俺も一緒に降りていくぜ」
「はいはい」
私はそう言い、着た切り雀よろしく昨日の時点から仕事着を着たまま寝ていたわけで、そのままキャプテン・シンの身支度が終わったら、彼の方を見やってから階下に降りていった。
キャプテン・シンはその間中私の肩を抱いていたけれど、水くみだのを始める前に、
「これで今日は終わりだな、またな、千里眼」
そう言って、思っていたよりもあっさりと入り口の方に去って行った。そのため私は、水をくんで屋根裏部屋に運んでいき、いつもと同じ仕事に戻る事になっていったのだった。
しかし。
「あなた、シン様とどこで出会ったの!? 接点なんてなさそうな顔してるのに」
「えーと、船が難破してたどり着いた無人島で出会ったんです」
「それだけでシン様があんなに恋人を見る目で見るわけ無いじゃ無い! あなた惚れ薬でも飲ませた事があるわけ!!?」
「薬を調達する人脈なんか持ってるわけ無いじゃ無いですか。そもそも私はどうしてあんなに気に入られているのかさっぱりなんですよ」
「あなたねえ! シン様の女になるって、この界隈の女の子も大人の女性も、皆夢見ている立場なのよ! どうしてあなたみたいな間抜けな旅人が、その位置に納まろうとしてるの!」
「収まりたくないんで代わってください」
「代われるわけ無いでしょ! あんな人前で……! きゃー!」
シンの事で、私はめちゃくちゃ色々言われる状況になっていた。食堂で働きながらあれこれ聞きまくられ、嫉妬をされ、妙な疑いをかけられ、散々である。
本当に面倒だ、どうしてくれようと思いつつ、私は毎日の仕事に埋没していく。
……わけだったんだが。
「よう、今日も客がいなさそうな顔してるな」
「間に合ってるんでお帰りください」
「つれないな、俺とお前の仲だろう」
「一体どんな仲なのか、あなたと私の頭の中の認識誤差は半端ではなさそうなんだけど」
シンが! 毎日! 毎晩! 私を指名してくるんだ! 三倍の値段だぞ! お前の財布の感覚はどうなってんだ! 金払いがいいお客さんは好かれるが、私に対する視線がやばいんだ!
毎晩私を指名して、何をするかと思えば、……初日にあんな発言をしていたというのに、何かをする様子がない。
ただ私と一緒に、寝心地の最低な寝床に寝転がって、甘ったるい声で話をする。
それらは私の居なくなった後の事で、私はシンがやべえ立場だと知る事になった。
……シンは、アルヴィダを切り捨てた後、奴隷船という奴隷船を襲って、奴隷を皆解放しまくったらしい。アルヴィダの商売の結果、奴隷船がものすごく増加したから。
それが世界を滅ぼすきっかけになる……私がやってきていなくなる理由だったから、シンは腹いせにそういう事をしまくったらしい。
そしてあらゆる国から睨まれたものの、解放された奴隷達がシンに心酔して、シンの勢力圏が馬鹿みたいに広くなり……これは抱き込んだ方が有益だと判断したとある大国が、シンに一つの豊かな島を与えて、そこを統治するように言ったらしい。
そう、シンはこの島の総督閣下だったのだ。なんの悪い冗談なのか。
シンは島を統治し、島の海域には言ってきた奴隷船をやっぱり襲って解放させて、奴隷達にまた心酔されて……を繰り返しているのだという。
そんな中でも私に近付く手がかりを探しまくっていて、それでも一つも引っかからなかったある日、視察で見に来た宿で働く私を見つけたのだそうだ。
本当に参る、どうしてくれよう。
そう思いつつも、私はお給料日が三回やってきたある日、決意した。
「よし、帰る手がかりを探すために島を出よう」
……宿屋の女性達の嫌がらせもすごいので、居心地が最悪になったが故の決断だった。




