脱衣所の扉が
右も左もわからない、いくら状況を整理したところで、どこの世界に転移してしまったのかも、そこを土台としたゲームがなんだったのかも、全くわからない私は、本当にピンチというわけだった。
乙ハタの探索班が動く場合には、どれでも事前情報がある程度ある事が多いからだ。
私は最初の世界の時には、研修だったからめちすばず先輩とやかぶ先輩と一緒で、私自身が世界の事を知らなくてもどうにかなったし、その次に引きずり込まれ異世界の場合は、探知機もその他の所持品も皆手元にあった状況だった。
しかし、だ。
今の私は何にも持ってない状況なのである。探知機という大事な物どころか、この浴場から出て行くために必要不可欠な、衣類すら持ってない状況での転移である。
本当にこれはどうしよう問題だった。服が無い全裸で街を歩けば途端に痴女である。
痴女として広まったら何も解決する事はできない。
私はものすごく、そう、ものすごく頭を抱えたかった。
服ないんだよどうしよう。宿代を稼ぐにしたって服がなかったらくそもみそもねえんだよどうしよう。人間は衣類を着てこそ人として認識されるものである。大事なところ丸出しで、まともな会話は不可能だ。
私は大浴場の湯船につかって、頭が回ってきたからこそ、大問題がいくつもある現状に頭を抱えたくなった……その時だった。
「大変!! 服泥棒に入られたわ!!」
脱衣所があるのだろう方でそういう大声が響き渡るやいなや、皆ざわめきどよめき、一斉に立ち上がったのだ。
「ここ二ヶ月は現れなかったのに!」
「やだ、私の服盗まれてないでしょうね!?」
「金品はあんまりとらないから、当局も甘い対応なのよね!!」
大浴場にいた皆さんが一斉に立ち上がって、わらわらと脱衣所があるのであろう、浴場の出入り口に向かっていく。
皆さん、危機意識が少し薄い感じがするのはどうしてだろう。
二ヶ月も現れなかったなんて言う言い方から察して、服泥棒は頻繁に現れる人間である様子だ。
なんなんだそれは……
私は大浴場の外に出て行こうとする、エバンズさんに問いかけた。
「あの、なんなんですか、その、服泥棒って……」
「正体不明の、服とかを盗んでいく泥棒よ! 何らかの魔法を使っているらしくって、当局がどんなに調べ回っても、犯人にたどり着かないの! 大体の服は古着屋にあっという間に売り払われているんだけど、中には全く戻ってこない衣類が有ったりするの」
「えええ……そんなのんきな状態でいいんですか」
「服泥棒は、基本、服とちょっとした、軽い装飾品位を盗んでいく泥棒だから、皆命を取られないってだけで対応が甘いの」
「いきなり物騒に……」
「この世の中、命の方を狙う悪党も多いでしょ? 服だけだったら……とか、古着屋をしらみつぶしに探せば、見つかる自分の衣類が有ったりするし……とかで、皆対応が軽くなっちゃうの。あなたも探さなきゃ! 大丈夫、服を一式盗まれても、当局が代わりのお着替えを用意してくれるわ。質は良くないけど、着られるだけましっていうのだけど」
「は、はい!」
これは神々か何かしらの幸運が、私に服を恵んでくれているのだ、と思った私は、ほかの人達とともに、服が盗まれた無事だった大騒動の中に、紛れ込んだのだった。
無論私の服は無い。だがほかにも数名、服が一式無いと言う不運な女性達がいて、彼女達とともに当局という所の女性局員にそれを申し入れて、代わりの衣類を渡してもらう事に成功した。
この辺りの女性達は、日本人な私と大違いのグラマラスレディが多いためか、一番小さい服では丈が足りないけれども、それの一つ上の大きさだと、途端に胸も尻も余ると言うなんとも言いがたい現実が待っていた。
だが、服を下着も含めて着用できたのは大きくて、さらに私は
「服の中に隠していた金品も見つからないんです……」
と言った事から、局員に大変に同情してもらった。
「ああ、服の中に隠しておくと、金品も混ざっているって気付かないのか、持って行かれちゃうのよね」
「旅人にありがちな失敗ね」
同じように服を盗まれた女性達に非常に同情された私は、心配して付き添ってくれたエバンズさんの好意によって
「旅のための資金が貯まるまで、うちで働いたらどうかしら。寝床と朝夕のまかないはつけてあげる」
という申し出をもらい、ありがたくそれを受け入れる事にしたのであった。
私はこの時とっても甘かった。エバンズさんがとても親切だから、甘えていいのだと思って、頑張って働こうと思っていたのだ。
この世界の基礎知識を持っていなかった故の馬鹿だったのは、間違いない現実だった。
宿屋という物が、棲み分けされていて、ただ寝泊まりする宿屋、女性とごにょごにょする宿屋、そもそもその目的のために女性を雇っている宿屋、とあるのだと気がついたのは、エバンズさんの仕切っている宿屋の女の子達が、皆こう……なんというか女性の色気を強めに出している衣装を着ている事に気付いた時だった。
そのため私は恐る恐る問いかけた。
「エバンズさん……その……ここってもしかして……女性を斡旋するそういう宿屋でしたか……?」
「あら、気付くのが遅いわね、そうよ。何か問題があるかしら? きちんと当局に申請を出して許可を取ってお客をとっているから、法的に何にも問題が無いわ」
「……私もそういう事を……?」
さすがにそういう割り切りまでは出来ない、と思っていた私を、上から下までエバンズさんは眺めた後に、こう言い放った。
「あなたは子供みたいな体型だし、あなたを指名するのは三倍の額って事にしておきましょ。うちの女の子達とお客さん争いをするなんて、あなたも望まないだろうし。ああ、あなた料理出来る? 料理番の見習いが最近逃げ出しちゃって、併設している食堂兼酒場の人間が足りないの」
「……そちらを主軸にお願いします」
「うんうん、わかったわ」
エバンズさんはそもそも、私にそういうお客さんをとらせる予定は無かったらしく、これって誘導されたよな、と後から私でも気がついた。
詐欺の手法とよく似ている。とっても悪い物を立て続けに示して、それらよりちょっとましな物を、いかにも素晴らしいように示すやり口だ。
それでも……有象無象に体を明け渡すのは、無理だ。”最初の一人”関わってないし。
そう言うわけで、私は翌日から酒場と食堂で、見習いとして働く事になったのであった。




