決着は早かった、確かに。
そして翌日である。私たちは市場を見ながら、西を目指して歩いていた。
ここで私は、先頭に立って歩いていた。この私の行動を、後ろ二人の先輩は珍しくて張り切っているのだろうと考えているようだ。
実際は違っていて、私の五感の中に昨日から引っかかる、違和感の持ち主の所まで二人を、誘導しているのだ。
二人のどちらかを先頭にすれば、私が気になってしょうがない方角まで、がんばって誘導しなければならない。
自分で先に歩けば、彼等を誘導しなくて済むから楽なのだ。
「本当に細長い街ですね、一本道が大きいです」
「ここはその大街道を中心に集まった街だから、細長い方が色々便利なんだ」
「なるほど、大通りに近い方が、店は営業しやすいですからね」
大通りの店の方が、人目に付くから足を運ばれやすい。日本でもよく聞く話は、この異世界でも当てはまるようだ。
「しかし、まち。そんなに気になる方向があるんだな」
「だって早く、異世界の貴族の建物見てみたいんです」
私が迷わず大股で歩くから、バズ先輩が突っ込むのだが、この場合の言い訳はこれで問題ないだろう。
延々と歩いていた時、だ。
本日、広げっぱなしの感覚の中の、何者かが動き出した。
その何者かはどこかの建物から、こっちに……移動してくる!
足が止まる。私は違和感の正体を見極めるために、足を止めて、先輩二人を物陰へ押しやった。
「まち、何をするんだ」
「なんか隠れなきゃいけない気がしたんです!」
言いながら、私は二人と一緒に店の脇の樽の陰に隠れた。
隠れながら、物陰から、その何者かが来る方角をじっと見ていると。
その何者かが、オープン式の馬車に乗り、優雅にそして、馬を急がせて現れたのだ。
その時の事は、あっという間だった。
まず、バズ先輩の持っていたスマホもどきがビイビイと警報音のような物を鳴り響かせた。
それは雑踏の喧騒に混じり、違和感はなかったけれども。
バズ先輩の顔が変わった。目がひときわ鋭くなったのだ。
そして、今度はヤカブさんの持っていた、小さな薄紫色の石のペンダントが、くるくると動き出して、その馬車を指し示したのだ。
これで、ヤカブさんも真顔になる。
「あたりだ!」
小さな声で言うバズ先輩が立ち上がる。
「おうぞ、取りあえず何者か確認しなければ」
ヤカブ先輩も言いながら立ち上がる。そしてバズ先輩が私に言う。
「あの馬車を追いかけるぞ。あそこに“最初”がいる!」
……ここで思うのもなんなのだが、あのスマホもどきは転生者が近付くと、金属探知機のように音を立てる物だったのか。
そんな便利なグッズがあるのに、探索班は自分の足でも探らなきゃいけないのか。
それともあれなのか。金属探知機のように、近く何メートルにいなかったら反応できないのか、その機械。
しかし、そんな事を思う時間はない。私たち三人は、大急ぎでその馬車を追いかけ始めた。
ここで決定的だったのは、三人の運動能力の差だった。
男性二人は、確かに体力はあるし足も速い。
だが、雑踏で人を縫うように移動するのは、街の造りと大街道の特徴とも呼べる細長さが致命的だったのだ。
延々と人込みだ。そして馬車は私たち三人と違い、人込みを縫うわけがない。どんどん先に行く。
私は二人に言った。
「私を追いかけてください!」
「は?」
私は彼らに言い捨てるように言って、頭の中を切り替えた。
藪を駆け回るより楽だ、相手は人、相手もこちらを避ける意思がある!
私は二人を置いてけぼりにして、一人人込みを縫いながら走り出した。
東京ビックサ〇トで、大規模な人込みでも泳ぎ回る技術が必要だった私を、舐めるなよ!
絶対にあの馬車の行くところを見つけて、さらにはあの馬車がどこの家に帰るのか、そしてあの人物がどこの令嬢なのか見極めてやる!
役立たずなんて、もう、言わせないんだからな! あ、この職場ではまだ言われてないか。
ぐんぐんと彼らと距離が開いていく。馬車との距離は縮まっていく。
馬車はそのまままっすぐに進み、一つの建物の前で止まった。
私はこれまた樽の陰に隠れ、そこから下りた女性を見る。
違和感の正体はこれか、とすぐに分かるのは、彼女の醸し出す、空気というのか匂いというのかが、この世界と違うからだ。
異分子、なんて言葉を使っていいのかわからないが、そこの令嬢は整ったこの世界風の顔なのに、顔つきがこの世界の顔じゃなかったのだ。
異世界人、日本人風空気、というのか。
そんな感じのびっくりするほど可愛らしい女性……しかし違和感しかない、もう、違和感女子とでも呼んでおこう……は、建物の中に入って行った。
私は、彼女が出て来るのをじっと待っていたのだが。
「お嬢様がさっきから、何かに追いかけられている気がする、と言っていたぞ」
などという声が馬車の近くのあたりから聞こえてきて、余計に息をひそめた。
「気のせいだろう。この雑踏で、馬車を追いかけられる人間がいるわけがない」
「だな。やるとしたら屋敷の前で待ち伏せしたり、行く店の情報を掴んで待ち構えている方が自然だ」
というやり取りが交わされたらしい。樽の影に人が隠れているなんて、気付きもしないで話し合い始めた。
私はそのまま、先輩たちが来ない物かと待っていたわけだが。
先輩たちの便利グッズは、そんなに広範囲には使えないもののようだ。一向にやってこない二人である。
いつになったら来るんだ、合流地点決めてなかった、と思いながら、足がしびれて立ち上がったその時である。
「馬鹿め、のこのこと立ち上がって!」
などと言いながら、いきなり私の方に複数の男性が走ってきたのだ。
いかにも物々しい物を装備して、振り上げながら。
ぎょっとした私は、とっさに雨どいに手をかけ、そこから屋根の一段目によじ登った。
相手は私が上に逃げるとは、思わなかったらしい。
「この、上に逃げるのか!」
「猿みたいな奴め!」
「誰か痺れ矢を持ってこい! 逃げられるぞ!」
と大声で言い始めたのだ。ここで私は真剣に、どう動けばいいのか、分からなくなった。
逃げるってどこに逃げるのだ。この屋根の上から逃げるとしても、降りれそうな方向に人が集まってきていて、私逃げられない。
しかし石は投げられたくないし、矢なんて絶対に食らいたくない。
緊急事態過ぎてあわあわとしていたら。
「薄汚い鼠、わたくしがとらえて差し上げますわ!」
何て、知らない人間が聞いたら格好良さそうな事が聞こえ、そっちを見る。
するとそこには、先ほどから出て来るのを待っていた違和感女子が、すらりとした指で私を指さしていたのだ。
“凍矢”!
何て掛け声が聞こえてきたと思えば、空中から氷の粒が現れて、私目がけて飛んできた。
この世界魔法が使えるのかよ! 事前に教えてほしかった!
魔法なんてファンタジーな物、物語の世界でしか馴染みがない!
魔法ってどうやって対応すればいいのさ!
「ぎゃん!」
私は叫んだ。叫んでそれをかわした。しかしその氷の矢はびゅんびゅん飛び始める。
標的は全部私なのだ。当たったら死ぬかも!?
慌てて避ける。避ける。逃げる。屋根の上を動き回って逃げるしか、出来ない状況に追いつめられるのは早かった。
違和感女子の手数は多いし、一つ目が外れたら二つ目にすぐ変わるし、きっとマジックポイント的な物は高いのだ。
そして下には見物人がひしめいていて、降りて逃げるなんてできない。降りたら身動き取れなくなるのは、明白だった。
何か、何か、何かないのか!
私は彼女の気をそらそうと色々考えながら、あ、これだ、と思って叫んだ。
「転生したずるっこのくせに、偉そうに言ってるなんてちゃんちゃらおかしいお嬢ちゃんだ!」
この言葉を大声で怒鳴ったのだ。これが発せられた瞬間に、違和感女子の動きが止まった。
それに畳みかける。
「なんだよなんだよ、生まれ変わっちゃって異世界の文化、輸入しちゃって! 著作権問題も無視なんだろきっと! それで丸儲けとかしちゃってるんだろ! 自分の頭で考えたとか御大層な事いっちゃって! やーいやーい!」
あえて言おう。私は非常に子供っぽい言葉で、容赦なく、相手に怒鳴る事にしたのだ。相手はこれで固まっているし、周囲もざわつき始めている。
「自分の頭で考えてないんだもの、出来上がったものはわかっても、仕組みまでは考え付かないよねー、材料だって! 便利な物欲しがるんだったら、仕組み位はちょっとはかじっておきなよやーい! ずるっこずるっこ!」
私は攻撃が止まった事と、先輩たちがこの人込みの中にいないかを死ぬ気で観察しながら、彼女の足止めをしなければ、と考えていた。
ここで逃げ出されたら、また先輩たちと探すのが大変なのだ。
ここで、便利機械を持っている先輩たちが、お上に通報できれば!
息を切らせそうになりながらも、余裕ぶってふんぞり返ってみて、私は下の違和感女子を見下ろした、その矢先だ。
ぱりん、と。
何かが砕ける音がして、いきなり世界が切り離されたように、音が消えた。
「“始まりの転生者、”ターゲット 認識しました! 実行部隊転移! 探索班は巻き込まれる前に帰還してください!」
という謎のアナウンスが響き、しかし私は帰還方法が分からない。便利機械は新人で研修中だから持ってないんです!
そのため、屋根の上から動けないまま、その場にいると。
切り離されて、分かりやすくモノクロに変わった世界でも、色付きで目立っていた違和感女子の周囲に、どよん、と仮面をかぶった複数の人間が現れた。
「異世界破綻対策部として、あなたを強制帰還させます」
狐のお面の人が、違和感女子に言う。違和感女子が呆気にとられた後に言い返す。
「わたくしは一度死んで、やり直しをしているのよ! 帰還なんて冗談じゃないわ! この世界で美女に生まれ変わって、地球の技術でお金持ちになって、幸せになるの!」
地球じゃない所で、地球のもの持ち込んでるだけでしょ、あんた何も考えてないじゃん。
なんてつっこみは野暮なのだろうか。私は事の成り行きを見守る姿勢になっていた。
完全に、彼等のやり取りになっていたのだから。私の事なんて全員、アウトオブ眼中って感じだ。
「あなたの行動のいくつかで、あなたと無関係な場所が危険な状態になりました。あなたのもちこんだ技術のために、海の生き物が複数種類絶滅しました。その生き物と共存していた街や村も複数、立ち行かなくなり多数の死者が出ました」
うわ、地球でもありそうな話になってきたぞ……と身につまされる気分で聞いていると、違和感女子が反論する。
「新しい道を見つけなかった、そっちの人たちが怠け者なのよ! わたくしは悪くないわ、便利になって何がいけないの! おしゃれのために犠牲になる物があるのは仕方がないのよ!?」
「それが言い分ですか? これでは穏便にとは言えそうにありませんね……仕方がありません」
違和感女子の、どこか間違っている発言に溜息をついた狐お面が、懐に抱えていた鏡らしき物を、彼女に向けた。
その鏡は、持ち方でオンとオフに別れるらしい。持ち方が変わった途端に、カタカタと動き出し、なんか……掃除機の吸引を思わせるような吸い込み方で、違和感女子の方を吸い込み始めた。
「いやよ、いやいや! “凍剣”! “氷槍”!」
違和感女子も叫ぶだけではなく、氷で武器を作って狐お面に攻撃を始める。
それを払い落し始めたのが、狐お面以外の、お面の二人だった。
三人で一組なのか、たぶん。
だが違和感女子の魔法は、強かったらしい。一人が腕に何かを食らった。
びしゃっと血が噴き出す。でもパニックなのか何なのか、違和感女子は攻撃を止めたりしない。やばいだろあれ!?
一人の動きが鈍れば、盾が一つ減るわけだ。狐お面にも攻撃が当たり始める。
私は……たぶん、いや、きっと、同じ職場の人間だと思う彼等のために、その辺の瓦を剥し、一つを違和感女子にぶん投げた。
そしてそれは、違和感女子の腹のあたりに直撃したのだ。
投げる時に、かどっこが当たらないように手加減したから、面で当たった。
それでも、割と重かった瓦は効果抜群だったらしい。彼女が倒れて、それと同時に鏡が一層光り輝き、彼女からもやっとした質量の在りそうな物を引きはがしたのだ。
すると、彼女から違和感が消えうせる。
それだけで、彼女に何かが取り付いていたんだ、という事は一目でわかってしまった。
とりついている何かのせいで、違和感があったのだ。
狐お面は殺人はしていないはずだから……もしかして、転生者って誰かに、魂が乗り移っている……憑依みたいなものなのだろうか?
「大丈夫か!」
狐お面はそこで鏡を持ち直し、傷を負った仲間に言う。
「ああ、誰かが投げたもので助かったんだが……誰が投げたんだ?」
狼お面の怪我人が言って、こっちを見る。
私はここで屋根の上から飛び降り、頭を下げた。
「あの、あなた方もオトハタの人ですよね……たぶん……? あの、探索班の新人の、かがやまちです、先輩たちとはぐれてこんな事になり、帰還できないままここにいる事になってしまい……あの、邪魔をしたなら申し訳ありません」
怪我をしていなかった、猫お面の人が思い出したように答えてくれた。
「君もオトハタなのかい?」
「はい。新人でぺーぺーで、研修中ですが」
「探索班の……そうか、確かに連絡で新人が文言を言い間違えて、連絡もできないような変な場所に飛ばされて、ようやく昨日ヤカブと合流したと聞いていたが、君かい」
「間違いなさそうです、はい」
血止めをしながら、狼お面がいう。
「とにかく助かった、早く全員で帰還しよう。狐、魂は輪廻の輪に戻せそうか?」
「鏡から無事に、輪廻の輪に届ける事が出来た。後は実行部隊の処理班に、“神々時計”を使ってもらい、この世界の崩壊をなかった事にするまでだ」
狐お面が断言し、私に手を差し出してきた。
「後の事は専門家に任せるんだ。一緒に帰ろう。新人で、機械も持たされていない位だ、一人じゃ帰れないだろう。手を握ってくれれば、一緒に戻れる」
「はい」
私は返事をして、狐お面の手を握った。
途端に足元が無くなり、落とし穴に落ちたレベルで落下が始まった。
「え、帰るのって落下なんですかああああああ!?」
落下中、私のドップラー効果のありそうな悲鳴で、お面三人衆が笑っていた。




