血染めの必殺技
頭が真っ白になるってこういう事を言うのだろう。一体どうして何故この状況になったのだ。
「つ、あ、あ」
手が焼けるように痛む。なんとかして、探知機を作動させて、紐を引っ張って。
そう思うのに、手のひらとナイフによって一体化した探知機に、私は手を伸ばせないでうずくまった。
そんなこちらを見ながら、シンが立ち上がって乱れた衣装のまま、私に近付いてくる。
「く、来るな……!!」
このまま腹だの心臓だのに、ナイフを喰らってはたまらない。相手の考えている事が全く読めないせいで、最善策が見つけられない。
「だめだ、帰らせない」
キャプテン・シンはそう言った。体の中に一体何を飼っていたんだと思うような、怖い声だ。
身がすくむような気配がする。近付くな、近付いてくれるな。
この男をここまで怖いと思った事は今まで一度も無いのに、痛みと混乱とその他ぐちゃぐちゃな感覚のせいで、切り抜け方がわからない。
「千里眼、お前を帰すわけにはいかない」
手のナイフが乱雑に引っこ抜かれる。からんと落ちた、血塗れのナイフ。そして私の血塗れの手に唇を落とした後に、ほかの女を抱く男が、私に顔を寄せる。
「っ!」
自分の血の味がする接吻とか絶対にどうかしている。必死に現実逃避をして思ったのはそこだった。とにかく痛い、痛くて痛くて仕方が無い。
「お前は警戒心も薄ければ何もかもがざるだ。耳飾りを外したら、手元に置いておかなければ、誰とも知らない奴がお前の故郷の言葉を理解してしまうだろう?」
「!!」
聞いて目を見開いた。つまり、この男は、寝に来た時に、聞いていたのだ。私が創造神から与えられた、通訳機能のある耳飾りを持つか耳につけるかして。
私の目的も、どこに報告していたかも、皆。全部。
あれは狸寝入りだったのか。寝入っているとばかり思っていた。気配なんて読まなかった。日常的に常に気配を読むなんて、面倒くさくてしなかった。
それがたたったか。
血をだらだらと流す手を、自分の持っていた布できつく縛り上げて、血止めをしながらキャプテン・シンが続ける。
「聞いていて驚いたぜ。この世界では無い場所から、この世界を救うためにやってきた異邦人。パールレディで情報を集めに集めて、最初の一人とか言う奴に迫っている。……お前がアルヴィダに接触するのはお前の発言から予想が出来た。……だからなあ、こうして罠を張れば、お前は簡単に引っかかった」
アルヴィダと一夜をともにするという行動すら、私が動く事を予想しての行動だった。
そんな信じられない事に、私は痛みを抑えて必死に呼吸を整えている事しか出来ない。
そんな私を、キャプテン・シンは満足そうに見ている。そしてまた顔を近付けた。
「お前の探知機とやらはもう使えない。……お前は故郷に帰さない。俺が戻ってくるここに、ずっと居てもらう。ああ、もう変な真似が出来ないように、足枷でもつけさせるか?」
近付けて、顔中に接吻をする男の心理がわからない。何がそんなに私で引っかかった。
探知機は真ん中をナイフで貫通されて沈黙している。動作音が鳴らない。びいびいと鳴る、最初の一人を見つけた時のあの音が鳴らない。
絶体絶命だ。探知機で連絡が取れなければ、本部局ともやりとりが出来ない!
痛みと絶体絶命という感覚と、この状況をどうにかしなくちゃと言う思いでぐるぐる回りながら、暗くよどんだ目でうっそりと私を見ているキャプテン・シンを見て……私はその背後の、アルヴィダであろう女性が顔を憤怒に真っ赤にして、何かを手に取ったのが見えた。
危ない、と叫ぶ間もなかった。
「どうしてわたしではなくて、そのちびなの!!」
絶叫だった。その絶叫とともに、振り下ろされたのはナイフでは無いもっと大きな刃物で、それはキャプテン・シンのカトラスだった。
それが、私を狙って振り下ろされて、そして。
肉をうがつ音がした。血なまぐささが一層増した。でも私は手以外痛くない。
「ぐ、は……」
「なんでこんなのを庇うの!! キャプテン・シンはチュートリアルキャラで一番好感度が最大まで上がるキャラなのにどうしてどうしてどうしてわたしではだめなの私の何が行けないのわたしはみんなだいすきでみんなと幸せなハッピーエンドルートに入りたいのに入れないしどいつもこいつも綺麗でもかわいくもない不細工をお気に入りだって連れてきてどうしてわたしをちゃんとみなくて」
激情だった。その激情のまま、アルヴィダがキャプテン・シンを何度もカトラスで刺していく。私は抱き込まれた状態で、離れる事も、その蛮行を止める事も出来ない。
狙いは私だったはずで、でも感情でおかしくなったアルヴィダは、攻略キャラでお気に入りだっただろうキャプテン・シンを刺していく。貫通しないのは、女の腕力での貫通なんてそう簡単にできないからとしか言い様がない。
「シン! 自分を守れ!」
「いやだ、ね。お前を守る方が、先だ」
「人の手を刺しておいて矛盾してるだろうが!」
「俺はお前を帰さないためにそうした。本当はしたいと思わない。……お前が俺の手を握るのを、俺は気に入っていた」
叫んでもシンは体を離さない。彼の唇から血がこぼれ出す。内臓を傷つけたのだ。胃とか、食道とか、血が口から逆流する内臓を。
このままだと。
このおとこすらわたしはころしてしまう。
探知機は失われた。壊された。でも、私には起死回生の必殺技がまだ残されている。それをこの時思い出した。
荒い息で肩を上下させているアルヴィダを見る。彼女は最初の一人だ。
ならばこの必殺技は効力を発揮する。
「シン。よく聞いて」
「何を」
「今まで、守っててくれてありがとう。……」
私は一拍呼吸を置いて、痛みを押さえ込んで吼えた。
「”私は君を心から愛している”!!!!」
キャプテン・シンの双眸が見開かれる。この世界でこの男に、ただの一度も言った事がない言葉は、状況が状況過ぎて、愛の言葉にしか聞こえやしない。
でもそれでも良かった。手を貫通させられても、私はこの男の笑顔が、向けられてきた感情が、時々千里眼としてたのみにされる事が、私の名前を呼べない声が、抱きしめる手が、隣に寝転がる体温が。
この男の、私の知る全てが、好きだったのだから。
世界が急速にモノクロに変わっていく。私と切り離されるとわかった彼が、叫ぶ。
「やめろ、行くな、行ってくれるな、千里眼! お前の名前すら、俺は、俺は!!」
「うん、君を守るためのさようならだ。……さようなら」
私の言葉が言い終わる前に、切り離された世界で、実行部隊のアナウンスが流れ出す。
”始まりの転生者”ターゲット”認識しました! 実行部隊転移! 探索班は巻き込まれる前に帰還してください!!”
本来ならこのアナウンスとともに、探知機のボタンを操作して帰還するわけだが、私の探知機は壊された状態だ。私は壊された探知機をやっとの思いで拾い上げる。
仮面の実行部隊が現れて、血塗れで混乱するアルヴィダを見やる。
「あなた、ずいぶんと大暴れしたようですね」
「ちがいない。ここまで世界がめちゃくちゃな動きになるのも珍しいくらいだ」
「恋って恐ろしい物ですね。さて、あなたを我々は日本に戻す役割でございます。おとなしく戻っていただけませんか?」
「ふ、ふ、ふ、うふふふふふふ!! 壊れてしまえばいいのよ! 皆手に入らない世界なんて壊れればいいのよ!! 壊れてめちゃくちゃになってしまえ、ふふふふふふふ!!」
何がきっかけかわからない。でも血塗れのアルヴィダはカトラスを放り投げてその場で高笑いをはじめて、その隙に実行部隊が最初の一人の魂を引き剥がす。
意外と剥がれやすい魂だったのか、それはずるりと、仮面の一人の抱える鏡に似たものに吸い込まれる。
「かがやまちさん! 帰りますよ!」
「はい!」
私はすっかり名前すら認識されたんだな、と思いつつ、実行部隊の一人の手を、血塗れじゃない方で握って、……そして毎度おなじみの落下帰還を体験したのだった。
キャプテン・シンが無事な時まで、時が巻き戻って欲しいと、強く思った。そんな時だ。
”異常事態発生、異常現象発生! 探索班、かがやまちにエラー! 帰還実行しますか?”
そんな聞いた事のない音声ガイダンスが流れてきて、私は叫んだ。
「帰るに決まっているでしょう!」
その声を認識したのか、ガイダンスは続ける。
”強制帰還実行 転移異常です 該当者は帰還した後速やかに探知機の異常を点検してください 繰り返します、該当者は帰還した後に速やかに探知機の異常を点検し修繕してください”
その声を認識したすぐ後に、ぱっと世界が切り替わって、見覚えのある扉がたくさんある部屋に私は座り込んでいて、担架を持ってきた人と目が合って
「何したらこんなに血塗れになるの!」
そう叫ばれて、あたふたと治療室に連れて行かれたのだった。




