その座を取り戻したらしい
数時間後、私の予測通りに嵐になった。とにかく船が揺れる、揺れる、揺れる!
あまりにも私があっちこっちに転がされるため、使い物にならんと判断した船長その他の船員達が、
「お前は船長の恋人の事を守ってろ!」
と言って、船長の恋人の女性が生活している船室に放り込まれてしまった。
そこで初めて、私は船長の恋人の女性を見たのだが、まあこれが美人さんだった。
「はじめまして……かしら? あなたが、木の実の水を用意してくれた子?」
白銀の髪の毛の、綺麗な女性はそう言って微笑んだ。船での長旅で疲れているのか、ちょっとやつれているけれども、一番船の上で大事にされている女性だって事は確かそうだった。
着ている物もいい物に見えるし、船の上でと言う比較だが清潔そうだし、ほかの船員達からは感じる異臭も極めて薄い。
一番水とかを都合してもらってるんだろうな、とそれだけで察する女性だった。
「そうです、はじめまして、かがやと言います」
まちと言うと、女性名に捉えられがちなので、かがやの方がまだ男の子っぽい響きになるという事からそう名乗ると、彼女はほっとした顔で笑った。
「いつも船が嵐になると、一人でここで嵐が収まるのを祈っているだけだから……あの人の事がどれだけ心配でも、外に出ちゃだめって言われていて……一人で不安だったの」
確かに、大荒れの船の中で、愛しい恋人が嵐と甲板で戦っているのを、じっと待つのはつらかろう。うんうんと頷いた私に、彼女は笑顔を見せてくれた。
「私がパールレディであの人と結婚式を挙げる話を、聞いた?」
「そういう事をするって言う話だけで、詳細は全く」
「……じゃあ、聞いてもらってもいい? 誰にも話せなくて……この航海も、お父様とお母様にとても強くお願いして、客船ではなくて、彼の船に乗せてもらった経緯があるから、聞いてくれる時間のある人が今まで誰も居なかったの」
「嵐が収まるまでの間だったら、聞きますよ」
結婚式の話なんて、いろんな人に自慢したい物なのだろう。だが港に到着するまでは、船員達の邪魔にならないようにと、彼女は我慢していた様子だ。
私は嵐の間中、彼女の結婚式がどれだけ素晴らしい物を予定しているか、どれだけ船長が格好いいか、皆に祝福されているかを聞く事になって、最後に彼女が
「私がどうしても、彼の働く船に一度だけ乗って航海したいと、お父様とお母様に何度もお願いして、ようやく叶えてもらったの。だからわがままはできないわ」
と、きっと女性として不自由はいくつもあるのだろうに、気丈に微笑んだから、この人の結婚式が成功して欲しいな、と部外者なりに思ったのだった。
だが、嵐の勢力圏を抜けた矢先の事だ。
どんっ、と大きな音がして、船が嵐では感じられない振動をして、否応なく略奪船の襲撃が始まったんだと、理解してしまった。
「今のは……?」
「だめ、船室から出ないで」
「え?」
「大砲が船のどこかに直撃した。……略奪船との戦闘が始まる」
「じゃ、じゃあ、あの人は無事なの!?」
「外に出るな!! 単純に戦闘の邪魔で足手まといだ!」
嵐を抜けてほっとする余裕も無く、略奪船の襲撃が始まったと聞かされた女性は、恋人の安否を確かめるために立ち上がろうとしたが、私は扉の前に立ち塞がった。
「隠れてなきゃだめだ、あなたは船長相手の人質に一番される」
「!!」
「あなたが酷い目に遭うとなったら、船長は手も足も出せなくなる。安全な場所にいて」
私がきつい声で言うと、彼女は震えて涙目になって、船室の寝床に腰掛けて、きつく両手を握って、祈りの姿勢に入った。
私はナイフを構えて、扉の前に陣取った。……気配なんて詳しく探らなくても、甲板で殺し合いが起きているのは明白だし、悲鳴や怒号が聞こえるし、銃砲の音もする。
神に祈る作法は知らないけれども、どうにかましな形で戦闘が終わる事を私は強く願いながら、じっと、扉の前に立ち続けていたのだった。
喧噪が収まった。ざわめきは続いているけれども、殺気だった空気は落ち着いてきている。私は扉を少しだけ開けて耳を澄ませた。聴覚は抜群に鋭敏という人間ではないので、一般的な音しか拾えないが、大砲の音や、銃砲の音はしてこない。あと、剣戟の音もしない。
戦闘が終わったのだ。そして、船室に良からぬお客さんが入ってこないと言う事は、略奪船を撃退できたという事になるのだろうか。
そんな状況である事を祈りつつ、私は外の様子をうかがうために、一度彼女に断りを入れてから、そろそろと船室を抜けた。
船室の通路を抜けて、甲板に上がる梯子を登ると、そこは死体を海に全部投げ落とした後なのだろう。ものすごい血だまりで、でも死体らしき物が無いという状況だった。
そこで、船の上で見覚えの無い格好をしている男性達が、……何故かキャプテン・シンにひれ伏している。
「お頭、申し訳ありませんでした!!」
「反対はしたんです!」
「あいつの口車に乗せられたんです!!」
「あの状況から生き延びたあんたが本物です!」
そんな事を口々に言っている。そこからどうやら、略奪船のどれかが、元々はキャプテン・シンの船だったのだろうと察せられた。
無能なお頭は流刑にされる事もあると聞くし、裏切りにあっての流刑も有ると言うのが海賊の世界だから、何かしらのごったごたの結果、彼はあの小島にいたのだろう。
キャプテン・シンは元々は部下だった人間達を睥睨していた。ものすごく冷たい視線で。
でも、甲板に恐る恐る顔を出した私の方に気付くと、にやりと笑って手招きしてきた。
「おい、千里眼、ちょっとこっち来い」
「千里眼じゃありません、新米占い師です」
「当たればどうだっていいさ、だろう?」
「……」
手招きを拒否したら何か問題があるなと思いつつ、私はうげえと思いながらも、血だまりの広がる甲板の、キャプテン・シンの所まで近付いた。
そうすると、彼は出し抜けに私の腰に腕を回して、彼等に言い放った。
「こいつをパールレディまでは乗せるぜ、異論は無いな?」
「アイアイサー!」
これに従わなかったら死ぬ、と直感的にわかったのだろう船員達が声をそろえる。ご機嫌な顔をしてキャプテン・シンが、いきなり私の顔に頬をすり寄せる。
何するんだ。痛い!!
力一杯それを押しのけようとしている私など、たいした事じゃないらしい彼は、無事生き残っていた船の船長の方を見てこう言った。
「あんたには船に乗せてもらった恩があるからな、パールレディまでは俺の船、オルタンシア号が護衛させてもらうぜ」
「それは、助かる。オルタンシア号の武勇は音に聞こえた物だからな」
「あと、こいつはうちの方で乗せるからな。この千里眼は本物だ」
「……完全に当たるとは想像を絶する能力だな」
そういうやりとりをしながら、キャプテン・シンは船の血だまりを掃除する事を配下達に指示して、軽々と元々は自分の船だったのだろう、オルタンシア号に、私を小脇に抱えた状態で乗り移ったのだった。




