勘違いなら利用する
「……こんな状況でよくまあそんなに寝られるな」
「……あ?」
私の寝起きは大変に悪い。低血圧の私は寝起きが悪くて視線はとがり、剣呑な声が簡単に喉から出てくるくらいだ。
そんな私の寝起きに、きちんと言語として通じる言葉が聞こえてきたわけだ。
「……寝起きにいきなりなんなのさ……こっちは歩き通しで、ふああ……」
私がぶつぶつ言いながら身を起こしたその時だ。私はいきなり押し倒されてしまい、また砂浜の上に頭が乗る状況になった。
「は……え?」
そこまで起きてから、自分の現状という奴が理解できて、私は目を白黒とさせた。
昨日、人命救助した男が、冷酷な瞳で私を見下ろしているわけなのだ。
「おい、どうやった? 昨日のお前は言葉が通じなかっただろう」
「異国の言葉が通じる魔法の道具を、師匠から餞別にもらって服の中に隠していた事を夜中に思い出しただけ」
私は嘘八百もいいところである事をべらべらと喋った。こういう嘘は乙ハタ構成員にとって十八番の一つである。
この世界に魔法が無ければ怪しまれての詰みになるわけだが、ここは出たところ勝負である。そして、私はこの賭けに勝ったらしかった。
関節を押さえ込む、人体の動き方をよく知っている力加減が緩んで、男が意外そうな眼をして私を見下ろして、口を開いたのだ。
「そりゃあ、ずいぶん気前のいい魔法の師匠だな」
「気前がいいかは知らん。普段はぼろぞうきん扱いの師匠だったし。それに魔法の師匠じゃ無い」
「じゃあ何の師匠なんだよ」
「……占い?」
「占いだぁ? 魔法とどう違う」
「手から火を放つとかそんなのは教わってない。でも、うーん、あんたの胴体にピストルで開けられた穴が開いていて、それを縫合したって事はわかる」
私が気配から読んだ事をいけしゃあしゃあと言うと、あからさまに男はぎょっとした。
それから私はまだまだ、と言う調子に見えるように口を動かす。
「それから、あんたがどこかの船のお頭で、やらかしてここに置いてけぼりにされたのもわかる。それから……」
私はそこまで言ってから、周囲の気配を探った。細く細く薄く薄く。キロ単位の気配を探る方法は、日本では単純に気持ちが悪くなる情報量と人口密度だった事もあって、一種の禁じ手だったが、ここはそういうのとは無縁の人のいなさなので、やれるわけだ。
「西から、どこかの商船か何かがこの小島の近くを通りかかる。時間にして一時間後。……悪いけど、私この島から出て行って、人の居る所に行きたいから、退いてくれない? 信じたくなけりゃいいけど」
「……千里眼か! 驚いたぜ。生きている千里眼に出会うのは初めてだ」
「そりゃどうも。千里の距離は見通せないから、千里眼とは違うけれどね。ただの占い師のひよこを卒業した身の上さ」
私の上から彼が退く。私は起き上がって砂を払って、それからいくつかのココヤッツを抱えるために尻ポケットから風呂敷を一枚取り出した。……荷物確認の時は確認しなかったが、常備していて良かった。とりあえず中に水が入っている食料は、どこかの船に乗せてもらうにはちょうどいい代金の一つになる。
それを包んで背中に背負って、私は大きめで、振り回せる重さと長さの枝を拾って、それに腰布を結んで、ひょいと担いで彼を見やった。
「私は行くよ。あんたは?」
「ははっ、千里眼、あんたについてきゃここから出て行けるってんなら、あんたについて行くのが最善だな」
「千里眼が外れたら?」
「あんたの目玉の誤差だろう。だが……俺の体の傷を見破ったあんたの目玉なら、信用が出来そうだしな」
「はいはい」
私は適当にあしらって、気配を探って確認した、通る船から見えるであろう砂浜の一角まで歩き、また気配を探った。
歩いた時間は三十分程度。日本の灼熱の暑さよりは気温がましだったから、熱中症の危険性は薄い。
そして。
「……見えた。よし!!」
私は気配が近付いて来て、向こうの見張り番がこちらを目視出来る距離まで来たと判断したので、腰布を結んだ枝を振り回した。
……この腰布、色が……その……真っ赤で、どぎつい黒と黄色の模様入りなんだ。つまりとてもとてもよく目立つ。
それを力一杯振り回したのだ。これで望遠鏡から見えないって事はないはず。
振り回して十分後。船がどんどん近付いてくるのが、私の肉眼でもはっきりとわかった。
「……本物の千里眼だったのか」
隣で、上着を振り回していた男が引きつった声で小さく言うが、そんなの聞いてる余裕は無い。
船は近づき近づき……ある程度の距離になったら、はしけ船が一艘近付いてきた。
そこに人間が乗っている。
「ああ、助かった!! お願いです! 嵐で船から投げ出されて、ここに流れ着いたんです!! 乗せてください!!」
私ははしけ船に駆け寄った。乗っていた人達は、明らかにそうであろう私に、同情的な視線を向けた後に男の方を見やった。
「そっちのやつは?」
「色々問題があってな。……乗せてくれるとありがたいんだが」
「ああ、問題ねえよ。そっちのちびもあんたもな!」
「ありがとうございます!!」
ちょっとほっとして泣きそうな声になった私は、そこではっとして、彼等に背負っていた物を見せた。
「あの、これ! あんまり足しにならないかもしれませんが、中に飲める水をため込んでいる木の実です! 割って中の白い部分を削れば、それも食べられるんです!!! これも差し上げます!!」
「なんだって!! 良かったこれで、船長の恋人を助けられる!!」
「え?」
「俺達の船、ブルーバード号はこれから、パールレディの港に行くんだが、船長の恋人も今は乗せているんだ。結婚式をそこでする予定でな。だが……彼女は酒に弱いらしくってな。もう飲むと吐くから、死にそうになってて……酒じゃ無い飲み水を手に入れたくても、この航路ではそういう島を通らなくて途方に暮れてたんだ」
「え、だったらありったけそこにある木から落としますよ!」
船に乗ってどこかの港に行けるなら、親切にするに越した事はない。
私が身を乗り出して言うと、彼等は本当か、ありがたいと言ってくれたので、私はすぐに、腰布にも包めるだけココヤッツの実を包み、彼等とともに船に乗ったのであった。
無論、キャプテン・シンも一緒に。
「ちび助、ありがとうな。俺の恋人の命の恩人だ」
「いえいえ、船に乗せてもらったこちらの方が恩が有りますよ」
「ちび助の知識のおかげで、彼女がやっと死にそうな顔から回復した。後はよく休めばいいと船医の見立てだ。あんたも、そっちの旦那も、ありがとう」
船、ブルーバード号の船長は心底安心したように言った。この船は交易船であるそうで、儲けのある港、パールレディを目指していたそうだ。
この港がそう呼ばれるのは、真珠貿易で非常に栄えているからだとか。
世界一真珠が集まる港町だそうだ。
そこの教会は真珠のような真っ白な建物で、空の青色と映えて、乙女達が憧れる結婚式が出来るという話で、船長も人生に一度きりの結婚式で、恋人の夢を叶えようという思いから、そこを目指していたそうだ。
私はとりあえず、どこかの港に到着できれば、後は乙ハタとの連絡も取りやすいと言う事情で、船に乗れてほっとしている。
キャプテン・シンの方はと言うと、身の上を隠した状態で、船のあれこれの手伝いをしている。今は帆の補修の手伝いをしていた。
私は、働かぬ人間は船に乗れないわけなので、食事の用意の手伝いが決定している。
そして……衣類が男物だからか、完全に声変わり前の坊主扱いである。
女ですっていったら、多分衣類の事情を聞かれるわけで、また面倒くさい。
黙ってて悪い事が無い限りは黙っておこう……と決めて、私は料理番の手伝いを申し出て、パールレディまでの道中を、船の雑多な用事を手伝いながら過ごす事になったのであった。




