引きずり込まれるこの先は
扉のある転移室の近くの通路すら、大騒ぎの状況だった。その中で、動ける人員がなんとか、問題の封印されていた扉ではない扉から、日本に帰還した探索班の人員を、封印され居てた扉に引っ張り込まれる前に、部屋の外に出していると言う状況だった。
「飲み込まれた奴は!!」
「二人飲まれています! どちらも負傷による強制帰還者! きりみか、くがわたの二名です!!」
「扉の異常吸引が止まり次第、強制期間装置を二人の探知機にまた作動させろ! そうすれば間に合う!」
局長が慌てふためきながら、やらなければならない事に対しての指示を出していく。
それにしても、探索班だけを飲み込もうとする封印されし扉は、何を判断基準にしているのだろう。
「創造神が、界渡だけを狙っている!」
局長が怒鳴る。界渡……異世界に転移していても、異世界に重大な世界崩壊の影響を与えない体質の人間達の事で、探索班は全員界渡だ。
その人達だけを、集中的に、その異世界の創造神がひっぱりこんででも、世界を直そうとしているのだ。
「あと何人が他の扉から戻ってくる!!」
「本日が金曜日という事もあり、全員が時間差はあれど帰還する予定になってます!」
「金曜日を狙われた!! くそっ!! まだ異世界に残っている探索班に、帰還停止通知を出せ! 今戻ってこられたら、何人”パイ恋”に飲まれるかわからん!!」
「了解、探索班全員に、帰還停止通知を送信……!! 送信不可能、送信不可能、局長、阻害が起きています!」
「何が介入している!!」
「阻害識別、カラーイエロー……創造神の一柱と確認! 局長、”パイ恋”の創造神が転移室および本部局全域に通信阻害波長を流しています!!」
怒鳴り声が響いている。私はとにかく、負傷した人とか、転移室の状況がわからないで戻ってきた人達を、がむしゃらに扉の無い通路に押しやり続けた。
倒れた人は両腕をつかんで、申し訳ないけれども引きずって、とにかく転移されてはたまらないから、通路に押しやり続けたのだ。
”パイ恋”の創造神も、ぐるぐる動き回り続ける私を標的にはしにくかったのだろう。動き続ける私は、扉に引きずり込まれないで、ほかの解析班の人や、門の監視班の人達とともに、戻ってきた探索班を部屋の外に出していく。
そして、
「あと一人で全員だ!」
人数を数えていた監視班の人が怒鳴った事で、気が緩んだのだろう。
それまで駆けずり回っていたから、息が切れて、立ち止まったのも判断としては悪かった。
「あ!!」
それに気付いた時には手遅れで、私は、ものすごい吸引力の掃除機に吸い込まれるように、そこに背中を向けた状態で、封印された扉では無い扉から出てきて、大急ぎで通路に追いやられている最後の探索班の一人……めちす先輩を視界に確認しながらも、どこかに、転移してしまったのだった。
意識が真っ暗になって、その前にぎりぎり思ったのは
「異世界風に着替えてない……」
と言う、現在の自分がいかにも、異世界では怪しまれる見た目をしている事実だった。
「ううう……どこだここは……砂浜?」
意識が戻ってきた私は、そこでがばりと起き上がった。手を就いた感触は海の砂のそれで、見渡す限りの海原と、どこかの南国風の森である。
まるでカリブ海の小島だ。カリブ海に行った事は一度も無いけれども。
辺りを見回して、焼け付くような太陽の光に眼を細めつつ、私は現状を確認した。
つまり手持ちの荷物を確認したわけだ。
最重要の持ち物である、探知機はしっかりと首からぶら下がっている。これがなければ死ぬオアダイオアデスなので、有って心底安心した。
そればかりではない。
「ナイフ……火打ち金一式……異世界用のお守り一つ……それくらいしか無いのか……」
ナイフは折りたたみ式では無く鞘に入れて持ち運ぶタイプ。これは異世界によるのだけれど、折りたたみナイフが開発されていない世界もあった事から、乙ハタの規定が変わったことによる。日本では銃刀法に引っかかるため、自室に置いていく事が義務づけられていて、出入りの際に荷物チェックが入るほどだ。変に日本でもめないためとも言える。
火打ち金一式は、……私の個人的な必須アイテムなのでしかたがない。
変なところに転移する可能性が高いかもしれない私は、野営のためにそれが必須なのである。
でも。
「異世界共通お守りを携帯してるだけましだ……これが無いと加護が変わる……」
この事実である。異世界共通お守りは、異世界の神々が、世界を修正するために奔走する界渡達にくれている、幸運のアイテムである。運が良くなるので、危険が減ると言う道具だ。
いくらそれがあっても、危険を完全に回避できるわけでは無いので、探索班に怪我はつきものなのであるが。
私は荷物の確認をしたのちに、立ち上がって自分の服装を確認した。仕事着であるボタン付きワイシャツに、キャンパス地のズボン、靴は格安の木製草履で腰に大判の布を巻いた姿だ。
何でこんな姿を日本でしているのかって……乙ハタに制服規定が無いからだ。
制服規定が無い乙ハタでは、皆自由な日本の服を着ている。私がこの格好なのは、脱ぎ着が楽で、転移先が決まり次第、異世界ファッションに着替えてすぐに、仕事に移るためだった。
異世界ファッションは、乙ハタにそれのための共用クロゼットがあって、そこから選んで着る仕様だ。新品でなくみえて、ちょっと着古した感じの方が、目立たなくて済むと言う実用問題もある。
「……まずは探知機を作動させられるかで……」
私はぎゅうぎゅうとびしょ濡れの腰の布やら服やらを絞ってから、また着て、探知機の電源を入れた。
「あー、あー、こちら探索班、かがやまち、応答ねがいます、どーぞー」
「かがやさん!! 無事ですか!! どこに居るかわかりますか!!」
探知機の通信機能は壊れなかったらしく、探知機の向こうから、総務に居るみずみさんの声が響いた。私は周囲を見回して、目印になりそうな人為的建造物が何も無いので、こう応答した。
「どこかの島の砂浜です。今現在のそちらの状況をどうぞ」
「”パイ恋”世界に引きずり込まれた、きりみか、くがわたの二名を強制帰還させる事に成功しました! 現在二名を治療中。今局長権限で、あなたも強制帰還させようとしているんですが……え? 阻害の神通力で不可能? そんな前例有りませんでしたよね!?」
総務の方もかなりばたばたしているらしい。……私は今日中に日本には帰れない気配しかしないので、こう言った。
「……私、今日この小島で夜を明かすために、行動を起こしたいと思います……」
「本当に大丈夫?! なんとかして、あなたも帰還させられないか、いろんな方法を使って試すから、危ない真似はしないでくださいね!?」
「人食いの獣が来なければどうにか出来ます」
私はサバイバル技術だけは人よりちょっと高いので、そう言って探知機の向こうの皆さんを少し安心させ、程なく通信を切ってから、周囲をまたよくよく見回した。
「……飲み水と火をおこす物と……食べられるものの確保をしなければ……」
と、その前に。
私は目を閉じて、そこに立って、周囲の気配を、感覚を広げて探り始めた。
薄く薄く広げていき……今日は大雨も降らないだろうと、これからの天気だけは確認できたので、生命活動のためのあれこれを探すべく、島の方に歩き出したのであった。




