招待状は命懸け
公子様が私を気に入ったという事は、男爵家からすると驚天動地だったようだ。
「まさか、隣国の公子様が、君を……あいや、すまない、その……顔は認識できないはずだろう? 顔は」
「そうなんです。ちょっとやらかした結果でして……」
「学園の中の話で、うちの娘が椅子を投げ飛ばして、王子殿下をお助けしたと噂を聞いた際には何の眉唾物だと思ったのに、本当だったのかい」
「はい……その、壇上の近くの天幕が、不自然に揺れて、そこからキラリと刃物らしき光が見えまして……とっさに田舎の故郷で物を投げるように、ぶんっと」
私はさすがに、気配を関知したとかそんなネタは言えないので、あり得るかもしれないぎりぎりで説明した。
この説明は、あの日当日に、先生達に別室に呼ばれて問い詰められた時にしたものとほぼ同じだ。
これにより、この男爵家のお嬢様が、肝の太いたくましいお嬢さんと認識されたのは否めない。
これだけ胆力のある女性というのも、若いのに珍しいと教員の皆様に言われたほどである。
……まあ私の年齢二十歳超えてますし。見た目が童顔極まりないので、十六だのそこらに見えてるだけ、ついでに秘宝の力で顔の認識も曖昧となれば、かなり年齢をごまかせると言えるだろう。
そんな私が、まさかまさかの公子様との接近というわけで、男爵家は頭を抱えてしまった様子だった。
親しくなる相手がいても、節度を守って身分差を理解してなら、たんなる交友で済むのだ。
それが済まないのは、相手がもっと親しくなりたいと、ぐっと距離を詰めてきている態度の時である。
これに、私が該当してしまったのだ。
何故ならば。
「公子様からの招待状が来ているなんて……我が娘本人ならば、喜んでお受けできそうなのに……君なんだ……」
「申し訳ありません……」
「公子様の招待状というのは、招待状を送られただけで、名誉ある物とされておりますのに……お断りしても、身分差を考えた節度のある対応とされるので、いいのですが」
男爵夫人も頭が痛そうだ。
かわいくて超絶美人にしか私には見えない、この男爵家のお嬢さん相手ならば、まあ理解できる世界なのに、顔も認識できないぼけぼけのはずの私に、これが来てもなんとも言えないわけである。
「……あなたが、そんなにも……」
お嬢さん自身もとても落ち込んでしまっている。自分だったら声をかけてもらえなかったに違いないという、判断をした様子だ。
そんな三人を見て、私は問いかけた。
「……じゃあ、出ます、これ?」
「え?」
「え?」
「え?」
驚く反応がまるで同じで、夫婦も親子も似る物だな、と感心しつつ、私はこれならどうだろうと、有る提案をしたのであった。
その提案に、三人は戸惑った物の、何か思うところが有った様子のお嬢さんが、頷いたため、とりあえず招待状をどうにかするための行動は、決まったのであった。
「……それで入れ替わりか」
「おつきの小間使いになりすませば、ご令嬢よりもある程度の自由がききます。潜り込めない所にも、潜り込める可能性が高くなります」
「お前は、それで、隣国たる公国の招待に、より動きやすい方法で潜り込む算段をつけたのか」
「はい。”プリンス”が最初の一人の関係者ではないならば、視点をいくつも変えた方がいいはずです。それに、私の野生の勘が働けば、潜り込んだ先の異常な所を、見つけ出しやすくなります」
「お前の研ぎ澄まされた感覚は、本当に乙ハタにとって幸い能力だが……どこまで潜る」
「招待状を持ったご令嬢が、お付きの者を複数連れているのはおかしな話にもならない。あと、どこかで何か話を拾ったか?」
「……根も葉もない可能性がありますが、噂を一つ」
「どんな?」
「招待を受けた夜会で、世界を驚かせるで有ろう発表があると」
「……なるほど」
卵形通信機の向こうで、局長が低く笑った。
「確かにそれは、今まで貴族社会に潜入できなかった、こちらがつかんだ事のない情報だな」
「私の野生の勘によれば、これは間違いなく……世界を驚かせる異常事態を引き起こす物である気がするんです」
「よし、わかった。補佐でとむかしぶと、めちすばずが潜入できる方法が無いか手を打ってく。……引き続き、怪我をするなよ」
「了解、局長」
私は代表通信の番号を止めて、懐に通信機を戻す。
嵐は確実に迫ってきていた。
そしていよいよ招待を受けた夜会だ。私は小間使いとして、お嬢様の引き立て役になる格好をして、髪の毛は鬘を装着した。髪の毛の色が似ているせいで、入れ替わっていた事その他がばれてしまったら厄介だ。
この申し出に、男爵家の全員が頷いたので、私の判断は正しいだろう。
お嬢様は男爵家らしく着飾ったけれども、顔立ちは秘宝を使ってぼやかした。
これ以降も、私が学園に通うために必須の装備だ。
ちなみに、小間使いなどが同行していれば、未婚のお嬢さんでも殿方を伴わないで、夜会などには参加できるのがこの世界の流儀である。
そもそも、未婚で純潔である事が重視されるらしいので、監督責任者が居れば問題ないというわけだ。怖い。
私はそんな、複数の小間使いの一人として、お嬢さんの近くに無言で控えた。
こう言うのは、存在がぼんやり感じられる程度が小間使いらしさと言える。
小間使いが光り輝くのは、お嬢さん達のためにも良くないのだ。
「……色々な方々がいらっしゃるわ」
お嬢さんが小さな声で言う。色々な方々の仕分け方がわからない。
そんな私達に、お嬢さんが小さな声で言う。
「私ですら、聞くほど有名な……神官様や、占い師様、豪商のお方……公子様は色々なところとのつながりをお持ちのようですね」
「……」
私はこくりと頷いた。そもそも小間使いに、お嬢さんの窮地以外で会話する事は許されない。
黙るのが正解なので、ほかの小間使いも黙っていた。
夜会は公子様がお借りした大ホールで行われており、色々な人々が参加しているせいか、熱気もすごかった。
私はそんな人混みに、うっかり飲み込まれたふりをした。
ここから隠密活動だ。
こそこそと柱の陰に身を潜めて、目を伏せがちにして、いかにも自信の無い、頼りなげな魅力なしの小間使いという顔をして、感覚を広げていく。
広げて、広げて……大ホールの先にある、小さな扉の方に、私の意識が引っかかった。
何か、……なんかわからんがわけわかんねえ物が、そこにあると、感覚が伝えてきたのだ。
そこに向かうか向かわないか。
思考回路は一瞬だ。一瞬が全てを決める世界に生きている様な物なので、私は人混みに飲まれたふりをまたして、その扉の方に押しやられていく、可哀想な小間使いを演じる。
くっそ足踏んだのどの男だよ! ヒールじゃねえから男だろ!
誰だよこっそり尻もんだ変態は! 満員電車でも効果を発揮した肘鉄を入れるぞ! もめるから入れないけど!!
私は人混みに悪態をつきたくなりながらも、おびえた弱気な小間使い、と頭の中で自分が演じる物を繰り返し、小さな声で
「あっ……!」
と、我ながら白々しくも悲鳴を上げて、扉の中に押し込まれたという事に、したのだった。
扉の向こうは、照明がけちられており、なかなかに暗い。私はしばし物陰らしき所に立ち止まって、目を暗闇に慣らしてから、また感覚を広げてみる。
扉の向こうは通路が有り、そこの……奥の角から、何かを感じる気がしてならない。
行くか、行かないか。答えは行くの一つきりだ。
「……」
息を潜めて、物音を立てないように。暗がりだが、誰も居ないというのもおかしい話だから、私は、気配を探って探って、人目につかないように、そこから歩き出した。
思わぬ世界かもしれないが、近代だって結構暗闇の多い世紀だ。だからフランスなんかは、鏡の反射する光などをより取り入れるべく、うんぬんかんぬんが有ったと聞く。
そういう時代設定を似せたのか、ここも、そういう照明器具が少なくて、本当に暗い。
そこを進んで、角の部屋の前に来て、私は息をさらに潜めて中の気配を伺って……生きている人の気配、はしないから、そっと扉を開けたのだ。
「……!!」
そこは誰も居ない空間だった。一つの箱が置かれていて、それに覆いがかけられていて、いかにも怪しい感満載で。
私は、それが何かだ、とわかった気がして、周りを見回した後に、意を決してその覆いをはずそうとして……首に、冷たい金属を這わせられた。
それも背後からだ。後方不注意、気配を探る人間として反省ものだ。
反省文を百枚書かなくちゃいけないかもしれない、と思いつつも、私はおびえた声でこう言った。
「も、申し訳ありません……人混みにもまれて……扉の中に押し込められて……出口を探そうと、その、真っ暗で」
「ああ、いいさ。そういう子ネズミちゃんはたまに居る」
「そうですか……」
口調は軽い。軽いが、全然安心できないぜ、公子様!
私は首から刃物が遠ざからないので、心の中でだけ突っ込みながらも、おびえた声を維持した。
「ここはどのような場所で……こちらの覆いの中は、どのような物なのでしょう……不思議な力を感じるような気持ちになります……」
「ああ、これか。これは十年前に現れた、公国一の先見の明を持つ占い師が、”絶対に手に入れるべき秘宝に匹敵する”と宣言し、公国の手のものが手に入れた”世界を語る秘宝”だ」
「!!」
「この”世界を語る秘宝”は正しく秘宝の一つに匹敵する力を持っていて……これを本日、皆様にお披露目する予定だったわけだが、運のいいお前には先んじて見せてやろう」
公子様がそう言って、そばに控えていた腹心の部下だろう誰かに、覆いを外すように指示を出す。
部下は言われたとおりに指示を出し、明かりをそれに近付ける。
「!!」
私は目を見開いた。だって、そこにあった……いいや、居たのは。
「男性……の方?」
氷の柱に、磔刑にされている男性だったのだ。
死んでいるのか、生きているのか。わからない。
ただ、背後の様子をうかがうと、公子様は利益だけを求める瞳で、楽しげに言う。
「この”世界を語る秘宝”は、この世界を全て知っている。ふっふっふ、この国の闇のことも、来るとされた災厄も、この”世界を語る秘宝”は語ってくれた。……おかげで、我が国に対しての、この国の不義理も十分に知ることになってな」
「ひ、人でしょう!?」
私の声はひっくり返った。冷静でなんて居られない。いや、この”プリハイ”結構ハードだけど、グロテスクはほとんど無いはずなんだよ!! 乙女ゲームだからさあ!!
だが、公子様は冷静だ。……狂気的かもしれないが。
「ああ、人だったとも。この”世界を語る秘宝”は、こうなる前は、この国の第一王子だったのだから」
「!!!」
思考回路が追いつかない。え、え、え。
廃嫡された第一王子。変わった王位継承権。その後どうなったかわからないその人。
まさか。
私が答えにたどり着きかけた時だった。
空気を読まずに、私の懐の探知機が、けたたましい音で鳴り響いたのだから。
「なんだっ!?」
公子様が叫んで、身を離してから私を見やって、大きく刃物を振りかぶってきた。
「ぐっ!!」
私は悲鳴にもならない音で悲鳴を上げつつ、その軌道が光に反射してよく見えた刃物を避けた。
「公子様!! 己、貴様何者だ!!」
びいびいと探知機が鳴り響いている。私はその部屋で、磔刑にされた第一王子様を中心に、公子様とその部下と、代走道の追いかけあいをはじめる羽目になったのだ。
でも、動きにくい小間使い衣装の服の裾が絡んで、私は動きが鈍って、そして。
「っ!!」
部下の剣が、脇腹を貫通した。
貫通されると、痛いよりも熱いの方が頭の回路を回るんだな、と客観的に思いそうになりながらも、私は根性を発揮して。
「うおらあ!!」
吼えて、探知機の紐を引っ張って、実行部隊を召喚したのであった。
周囲の音が遠くに消えていく。さっきまでいたはずの、公子様もその部下も、その世界の外側に消えていく。
世界が白と黒に変わっていく。
「”始まりの転生者”、ターゲット確認しました!! 実行部隊転移! 探索班は巻き込まれる前に帰還してください!」
こんな時にとても安心するアナウンス。急いで、帰還しなくちゃ。そう思って私は、探知機のボタンを押して、帰還ボタンを押そうとして……そこで意識を失った。




