仕事の中身のお話です、大事です。
「さてと、今日は仕事の中身の説明です!」
怒涛の一日目ののちに、仕事内容を説明される。
「あなたは界渡だから、探索班ってところに配属されるの。ここは簡単に言えば、異世界に行ってどこの誰が転生者か探す班よ」
「出来るんですかそんな事」
そんな沙漠の中から黄金の欠片を探すような真似。
それが思い切り顔に出ていたようで、彼女がにやっと笑った後頷く。
「一人じゃダメね、だから何人もがその同じ異世界に飛ぶのよ。そこで情報を集めるの。大体転生者ってのは、ゲームの舞台と同じような場所に転生したがるものだから、場所は大体絞られてくるわ」
片手にテキスト、という状態で話を聞く。
「渡ったあなたは、そこの世界にあったらおかしいな、って思う物があったら即座に解析班にそれを通報してほしいの。例えば、この世界にカセットコンロがあった!? みたいなのよ」
「その判断基準は」
判断できない物だって、いっぱいあると思うのだけれども。
何処を基準にしたらいいのさ。
こんな疑問に対しても、真面目に彼女が頷いて、新たなる説明をくれる。
「全体を見回した時に、オーパーツっぽかったら何でも。あと、メシマズの癖にデザートが発展してたとかも、黒だからこれの類も通報ね」
「なんでも、誤報だったら迷惑にならないんですか」
間違いを報告したら、手間だと思うのだけれども。
「その世界に元々あった物なら、すぐに連絡で問題なしってことになるから大丈夫。それに情報は毎日更新されるわ。あなたはその更新された情報を確認しながら、オーパーツと、そのオーパーツを広めた人物を探すの」
「広めた人が転生者だからですか」
「だったり、関係者だったりするからね」
……それ以上の説明がない。え、説明これだけ?
「あの、ほかには」
「ほかには、そうね。あなたがオーパーツを広めないようにするのも大事ね。あ、異世界では病原菌が違うから、あなた基本的にどんな病気にもかからないから、そこは安心して。遺伝子が違うと発症するもの全然違うから」
「えーとつまり……異世界に渡ってオーパーツ探して人も探して、という事だけが仕事ですか、私」
「言葉にすると簡単だけど、これがもう、すごく大変よ? 技術を持っている人を貴族が囲い込んでる場合もあるし、広めた人物より先に行けなくて、張本人にたどり着けない時もあるし。あと、たいていの異世界では刃物所持率高いから、負傷とかもよくあるし。あ、これも連絡しないといけないわね」
言いながら彼女が続ける。
「もしも、仕事先で怪我をした場合。あなたは度合いによるけれど、強制的にこっちに帰還させられるわ。死んだら大変だもの。それに、あなたに常にGPSレベルの発信機がついていると思っていていいわ。怪我をしたら強制送還の後に、治療班の所に送られて怪我を治します。一日で治る事もあるし、数日かかる事もあるし。怪我が治ったら様子を見て、また異世界に渡ります。その繰り返しね」
思ったよりもハードな仕事内容だな、怪我前提とか……
もしかしたら色々なものが完備している、いい環境の理由は、せめて帰ってきたら安心して生活できるようにという方針からかも。
「週休二日。仕事状況によって、連休だったり一日ずつだったりするけど、二日は確実よ。ただ、五日間は異世界で実際に生活する感じね、探索班は」
「毎週五日出張みたいな?」
「おお、理解が早いわね、そうね」
「どうして毎日帰れないんですか?」
「いろんな時間に探索しないと、欲しい情報がきちんと集まらない場合もあるからなの。例えば、貴族の使用人として潜り込むのに、毎日帰っていたら逆に大変でしょう?」
「あー」
なんか納得した私だった。
「それにしても、ずっと異世界にいたりしないんですね、張り込み調査みたいに」
「そんな事をしたら、派遣した人たちが不便なあちら側を嫌がって、逆にいろんな技術を広めてしまうかもしれないでしょう? それじゃあ本末転倒だもの」
なるほど、異世界を自分の居場所だと認識しないためにも、帰還して休む事は大事なのだろう。
考えさせられるなあ。確かにずっといたら、不便な物を便利にしたくなるし、日本色に染めたくなるかもしれない。
でもそうしたら、世界が崩壊しちゃうのか。
「まあはじめは見てみた方が早いわね、でも今日、先輩で帰還している誰かいたかしら」
彼女がスマホみたいな、しかし一回も見た事のないデザインのそれをいじった時だ。
「なあ、こっちで誰かひとりよこせないか、また二人負傷だ」
彼女の方に声がかけられた。
「あらあなたと組んでいたのだから、つきしろふゆのが負傷したの? あの人そう簡単に負傷しないベテランなのに」
「単独行動をさせたら、誰か向こう側の奴らが怪しいと感じたらしい。多勢に無勢で切りかかられてぎたぎただ」
声をかけてきながら、そんな物騒な事を言ったのは。
うん、大きな身長のえらい美形だった。
この本部、実はイケメンと美女の宝庫なんじゃなかろうか。
と思う位遭遇率が高いんだが。
「ああ、じゃああなたが組んでちょうだい、この人が新人の、名前何にする?」
「やまかがち」
「……それって日本の毒蛇の名前じゃないの、なんでそんなのにしたいの」
「可愛い響きじゃないですか、やまかがち」
「やめておけ、後で後悔するぞ。どうせつけるなら」
イケメンが心底呆れた顔、で、。
馬鹿にした顔を見せたのちにこう言ってきた。
「かがやまち。これなら まち で区切ればどこでもだいたい少し珍しいだけの名前になる」
私は自分の意見を却下されて、その名前を付けられる事に反論したかったのだが。
「まち、まち。いいわね、響きが」
彼女が何度か繰り返して頷くから、却下のタイミングを逃してしまった。
「これからよろしくね、かがやまちさん」
「すみません、こちらの男性は」
「自己紹介が遅れた、めちすばずだ。大抵の世界でバズで通せばあやしまれない」
「響き方によっては、メティス・バズって聞こえるのよ」
ああ、確かになんだか異世界とかっぽい響きだ……
なんだか相手のコードネームに納得してしまった私だった。
「でもしかし不思議ですね、ゲームが入り口になるなんて」
乙女ゲームが異世界への門になる、なんてとても不思議なのは私だけだろうか。
こんな事を思うのは変だろうか。
なんて思いながら言い出せば、先輩二人はこっちを見て答えてくれる。
「鏡の国のアリスを知っている?」
「まあ、鏡の向こうに入っちゃった系ですよね」
「それと似たようなもんだ。違う世界は影一つ分の境界を入り口にしている。肉体を失えば、そこに行きつく事も出来てしまうんだ」
「難しい話ですね……影一つ分って、影に質量ってありましたっけ」
なかった気がするんだが。だって太陽の光が物体によって遮断されて、影は出来るんだったような。理科で習ったような。
「それ位、実は異世界ってとっても近くて、とても入り込みにくいものなのよ」
なるほど、なんだかそれで言いたい事が、分かった。
「さて、お話はこれ位にして、まちさんに着替えてもらってさっそく、異世界初級編の街に入ってもらいましょ」
「初級編とかあるんですか」
「いきなり、何もかもが訳分からない沙漠、とかに飛びたくないでしょ? 一番日本人のあなたが受け入れやすい環境の異世界に飛ぶのよ。まあ、乙女ゲームが大好きなヨーロッパ風の世界よ。衛生的にも上下水がきちんとしている場所だから、悪臭対策は軽くていいわ」
悪臭対策ってそんな物まで必要なのか!?
ぎょっとしていれば、めちすばずさんが付け加えるように言いだす。
「異世界の中には、俺たちが理解できない衛生環境が当たり前、何て場所もおおい。乙女ゲームはそこのいい所だけ切り取った風が多くてな、いざそこの現場に飛ぶとえらい目に合うから、悪臭対策をいくつか用意しておく方がいい場所もあるわけだ、新入り」
何だこの、いかにも子供に説明する感じは。舐められているのか、それとも甘く見られているのか。
こいつをぎゃふんと見返してみたい!
ちょっと下っ端を見る表情のめちすばずさんを見ていると、私の闘志が燃え上がる。
気合十分、着替えも済ませた。
着替えは確かに、百年前くらいのスタイルの村娘って感じだった。
「あなたは先輩の彼と一緒に、彼がいる案件の初級ステージに入ってもらうわ。そこでの馴染み方とかを見て、あなたの振り分け先を考えるから、安心して喧嘩していいわ」
「喧嘩前提なんですか」
「めちすばずは、腕はいいけど性格に問題が少しあるのよ。単独行動得意だし」
「すごく心配しなきゃいけない先輩ですね!?」
「ペーペーの新米に心配される事はないぞ」
「新米だって心配する案件は、あります! 備品の補充とか! 出来上がってないプレゼン資料とか! やる予定の人間が締め切りぎりぎりになって押し付けてきた資料作成とか、その後押し付けて自由になって、女子会と称して遊びに行く奴らへの理不尽とか!」
「……お前の今までの苦労が分かる気がするな……」
「まちさんの苦労ってけっこうなものみたいね」
そんな会話の中、私は彼らに先導されて、円状にいろんな扉が置かれている、実に奇妙な部屋に入った。扉ごとに紋章のような物が光っていて、その足元にも同じ紋章。
どれも精緻な書き込みっぷりで、なんかすごいファンタジーだ。
「これが今やっている案件の扉達よ。七つ存在しているの。案件が終われば扉は用済みになって消えてしまうわ。覚えておいてね」
その異世界にいた界渡りが、こっちに全員戻ってきたら、扉はなかった事にされるらしい。
「よくよく持ち物には気を付けてね」
言われなくても、これまでの説明で何となく分かってしまう。
オーパーツ残したら駄目なんでしょ。うん。
「さて、今言う言葉を復唱しろ。これはこの世界の」
と言いながら一つの扉をたたくめちすばずさん。
「約束事だ。これを毎回復唱してもらう」
言えなかったら異世界に飛べないからな、と念押しされる。
「いくぞ。……われは神の求めに応じ、その世界の理をただすもの」
中二病全開の発言にぎょっとしつつ復唱。
「神の求める理のために身を尽くし言葉を尽くし、命だけは尽くさない」
これも舌を噛みそうになりながら、言えた。
「神は我らに守護を与え手を貸し、我らは神が愛するもののために動く」
……こう言う事言うとあれだが、本当にファンタジーっぽくなってきたな、だって扉の前の地面が光っている。
「我らは修正者であり破壊者ではない。我らは崩壊を止めるためだけに界を渡らん」
でたらめな明滅が激しくなる。本気でファンタジー!?
信じていない部分は幾つかまだあったんだけれど、このでたらめな明滅がそれをぶち壊していく。
「開門せよ、ルルウゥ・シュドナィ・ブジュワォ!」
開門せよ、までは言えたわけだが。
発音が下手な私は、見事に最後の名前らしきところで舌を噛んだ。
そうすれば発動しないと思ったんだけれども。
ばかり、と目の前の扉が開いて、私は、先輩が手を伸ばして捕まえると同時に、そこに吸い込まれてしまった。
めちす先輩を巻き込んで!