幕間 迷い
「今回は珍しく、お前自身が問題を起こしたわけじゃなくてよかった」
「何なんですかめちす先輩は! まるで私が自分から問題行動を起こしているみたいじゃありませんか!!」
「新米だというのに、何回とんでもない事態を引き起こしていると思っているんだ。単独行動はあれだけ止めろ、と言われていたのにそれを繰り返した馬鹿はどこのどいつだ」
そう言われてしまうと言い返せない。ぐうの音も出ないほど黙った私に、めちす先輩はしかし、ひょいと缶コーヒーを渡してくれた。
「頑張ったからな、これ位は差し入れだ」
「めちす先輩……ありがとうございます、ついでに手が震えて開けられないので、プルトップを開けてください」
「世話の焼ける後輩だ……」
そんな事を言いながらも、実際には私の顔色が悪く、そして手が震えている事実をくみ取ってくれたのだろう。
プルトップを開けてくれた先輩は優しい。
「今回が初めてか?」
ああ、甘ったるいほど甘いコーヒーが心にしみる、とそれをすすっていると、先輩が、私が横になっている救急室の寝台の隅に腰かけて、問いかけてきた。
「転生者以外の敵意に晒されるのは」
「それを言ったら、一番初めの時の、問答無用で追い立てられたときの方がショックが大きかったですよ」
あの時はいきなり、武装した人たちに取り囲まれ、屋根の上によじ登り、石を投げられ、と散々な目に遭った。
今回のように、馬車に引っ張り込まれて連れ攫われて、といった事の方が、まだ穏便だと言えようものだ。
「あの時は、あの時だ。だが今回の方が、顔色が悪いからな」
「……あの時は、あちらの世界の誰にも交流がなかったから、まだ平気でいられたんです」
「今回は違うのか?」
「今回は、異世界に、仕事仲間とか、それなりの友人とかが出来ていたんです。だから、転生者が強制送還された後、いくら世界が巻き戻っているからって、その友人とか仕事仲間とかが、幸せになれるかどうかなんて、わからないじゃないですか」
何かの運命の誤差によって、不幸せになってしまうかもしれないじゃないか。
そう思うと、彼女たちの運命はどうなるのか、彼女たちは幸せになれたのか、と考えてしまい、改めて、転生者の影響力の強さに、血の気が引くのだ。
「新人のよくある迷いだな」
しかし、めちす先輩はそれに関して、簡単な慰めの言葉をかける事なんてしなかった。
「俺たちがそこに向かうのは、世界を滅ぼさないためだ。世界が滅んだら、仲間も、友人も、皆死ぬだろう。それを防ぐために、俺たちはそこに向って、仕事をするんだ。そこを忘れてはいけない。俺たちが介入しなかったら、その世界は転生者のわがままで、滅ぶんだ」
確かにそうだ。大きい視点で見ればそうなんだろう。
でも小さな視点で見ると、どうしても、彼女たちが不幸せになってしまったらどうしよう、と考えてしまうのだ。
「もしも、それが嫌だというのなら、局長に部署移動を申し出ろ」
めちす先輩が言い切った。
「俺たちの仕事は、迷ったら俺たちが死ぬか、死にそうな大怪我を負う仕事だ。迷って動けなくなると思うんだったら、使い物にならなくなる前に、他の部署で貢献しろ」
言っている事は厳しいけれども、それはきっと現実だろう。
だから私は、缶コーヒーをすすって、口を開く。
「考えます」
「考えておくといい。あの世界のほかにも、滅びの危機にさらされている世界は、ずいぶんと多いんだからな」
それがみんな転生者の介入によるものなのか、と思うと、やっぱり、記憶を持ったままの転生という事は、大変な出来事なのだな、と思う物があった。
「使えないでいる方が、迷惑だと覚えておけ」
そこまで言って、めちす先輩は、救急室から去って行った。
私は缶コーヒーを最後の一滴まで飲み干して、膝を抱えて、じっと白いシーツの隅を見つめていた。
何が正解かわからなかったのだ。
でもめちす先輩はこの仕事場ならではの正しい意見を言ったまでだ。
確かに、転生者を探す仕事に迷いがあるんだったら、他の部署に異動願を出した方がいいんだろう。
私はどうなりたいのだろう……
考えても考えても、答えが出てこないあたりに、私の迷いが現れている気がした。




