怪しいのは婚約者殿!
という事は怪しいのは一番目のお嬢様だが、そのお嬢さまの評判はいい物だから、何とも言い難い。
評判の良さにもいろいろあるのだが。
「一番目のお嬢様が、私たちにハンドクリームをくださったのよ。学校の活動で作ったものだから、どうぞって」
「ええ、お嬢様のハンドクリームなんてとっても希少価値が高いじゃない!」
掃除担当の皆が、食事休憩中にお喋りをしている。
私はその音声を、探知機に録音し、それをリアルタイムで解析班に送っている。
というのも、ハンドクリームは高位貴族の女性の特権、とてもじゃないが特権のものを、下々に渡すだろうか、と疑ったからだ。
普通に考えて、大事に隠すはずだ。特に、学校の活動で作ったなんて物だったら思い出がなんとかかんとかと言って、大事に保管するのが普通だ。
それを使用人たちに渡すなんて……少しばかり変だ。
「そんな物をもらってもいいの?」
「一番目のお嬢さまは、いつも私たちの事を気にかけてくれるのよ」
「へえ……それは住み込みの人だけじゃなくて?」
「通いの料理人とも仲がよろしいのよ。新しい料理をどんどん思いつくそうなの」
これも録音しておく。明らかに黒い。
だが、その一番目のお嬢さまとの接触は難しいのだ。
普通に考えて、下働きと言ってもおかしくない、通いの掃除担当にまで、お嬢さまが優しくする理由がないのだ。
それが階級社会のなんとも言えない所で、関係ない相手はどこまでの関係ない、と貫くのが階級社会の一端なのである。
王様は自分たちの生活がより良いものになればいいし、貴族階級もそうだし、下々は重税とかで苦しまなければそれでいいと思っている節だってあるのだから。
解析班は、私たちの会話を聞き、いろいろ調べて行っているのがよくわかる。
「それにしても、明日マチがお休みなんてもったいないわよね」
「本当に。一番目のお嬢様のお誕生日は、屋敷で働く誰もが食べていいご馳走が用意されるのにね」
「珍しい風習ですね」
「これも一番目のお嬢様が提案したのよ。自分の誕生日を、他の人にも祝ってもらいたいし、いい日だと思ってもらいたいって言って」
ニコニコしている仕事仲間に、あいまいに笑って、私は仕事に戻った。
その時だ。
かつかつと足音を高らかにならし、いかにも気難しいという雰囲気を作った二番目のお嬢様が、廊下に現れた。
彼女は化粧をしてもわかるほど、目元に色濃い隈を作っていて、不健康そうだ。
「あなた! そうよ、そこのあなたよ!」
私は最初自分に声がかけられたと、分からなかった。呼びかけられて、指さされてはじめてわかったのだ。
「あなたも、明日のお姉様のお誕生日のお祝いを持って来るのかしら」
「いえ、申し訳ありませんが、明日は休みなので……お屋敷に伺えないのです」
「そうなの。珍しい掃除婦ね。お姉様のお誕生日には、この屋敷に働くあらゆる人間が集まると言っても過言じゃないのに」
「そうなのですか……」
ここは当たり障りなく、いつも通り相手との身分さが分かってますとも、という態度をとっておく事。これぞオトハタの研修の成果だ。
「……私は、前のお姉様が好きだったのに」
ぼそりと二番目のお嬢さまが言う。え、何というか物凄く重要な言葉が出てきた気がする。
「前の……?」
「……忘れなさい。あなたが聞いていいお話じゃなかったと思いなさい」
「かしこまりました」
私はそう言ってから、掃除に戻る。頭の中では、二番目のお嬢様の台詞がぐるぐると頭の中を渦巻いていた。
というわけで、私は屋敷の仕事仲間たちに、出来るだけ聞いてみた。
以前の一番目のお嬢様の事を聞くためだ。
「ああ、結構ふっくらしていらっしゃったんだが、美容に目覚めてからはとても変わりましたよ。よい事です」
「婚約者様が、熱を出してから人が変わられて。それから一番目のお嬢様もますます素晴らしく」
「一番目のお嬢様が変わったきっかけなんて聞いて、どうするんだい?」
中には私の問いかけを怪しむ人もいたけれど、そこはあいまいに笑ってこう答えるのだ。
「前のお嬢様とは別人のよう、という噂を聞いたので……こちらの勤めている以上、あまりにもまがい物の噂に左右されたくないのです……」
とか何とか言っておけば、そりゃそうだな、と納得してもらえる。納得してもらえるってすごい。
これも実は、この世界の神様が、何としても転生者を見つけ出すために、オトハタの人員にそこそこの加護を与えているからだろうが……情報を集めやすいのは助かる。
そうやって噂を集めて行くと、
「一番目のお嬢さまは、熱で倒れた婚約者様が、別人のように変わってから、自分も生まれ変わったかのように変化した」
というのが、共通の認識である事が分かった。
これもオトハタの解析班に流してみると、今度は他の人員を、その婚約者のもとに向かわせる事になったらしい。
私は、このままお屋敷に勤め、一番目のお嬢さまと、その婚約者の人が接触した場合に、探知機を働かせられるように待機、という流れになった。
この婚約者の人は、社交界には出るのだが、下々の噂にならないのである。
理由が、極度のあがり症だからだというが……あがり症の婚約者が熱を出す前っていったいどんなだったんだ、という疑問が、私の頭の中を巡った。
そうして二週間、じりじりと時間が過ぎていき、色々膠着状態が続いていた時である。
私は、いつも通りオトハタの皆と暮らす家を目指し帰っていたのだが……その私の脇に馬車が付き、私は馬車の中に引きずりこまれていた。




