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転生者を探せ! 乙女ゲーム世界破綻対策本部局 新人かがやまちの場合  作者: 家具付
序章 始まりはマンホール

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入局しました、ちょっと名前が変な局です。

転生者を取り締まる話です。そう言うの苦手な方はご注意ください。転生者が無双する話じゃありません。

いやもうその時本当に就職難かつ絶体絶命真っ只中だったのだ。

ぶっちゃけた話で、まじでまじで。

私はこの前、セクハラとパワハラを五年も我慢していた会社を頸になった。

理由なんて軽いさ。

貞操の危機にまで陥ったから、相手の急所を蹴り飛ばして、全治二週間だったかそのあたりまでの重傷を負わせたのだ。

この件、相手が重役だったから大騒ぎになった。

もちろんメディアもこぞって騒いだんだ。

しかしうちのブラックな大企業、そこは私に全部の責任を負わせた。

なんと私が、身の覚えのない事で逆上したという、私の方に問題があるというふうに情報を操作したのだ。

いろいろ事情を知っている同僚たちも、やっぱりくびは怖いらしい。いかんせんこの長年続く就職難がわるい、就活してもしても正社員では雇ってもらえず契約社員、いつ自分の居場所がなくなるかわからない、何て言う不安定な社会が。

結婚したって共働きは当たり前と認識され、女性ばっかり負担が多いこの頃、結婚は逃げ場じゃなくてまさに人生の墓場なのだ。

そんな状態じゃ、私をかばって助けてくれる、そんな勇者様は現れなかったわけである。

私は色々な方法で嫌がらせや、他人の噂の種になり、個人情報は特定されかけて自宅アパートに嫌がらせの手紙を投げられて……

もう、なんなんだ。

と言わんばかりに大変な思いを味わったのだ。

残念ながら私もぺーぺーの社会人、弁護士の当てがあるわけもなく、何とか火災保険と失業保険とかのお金で住むところを探しながら、実家に一度戻ったのだが。

実家も実家だ、私の事じゃなくて世間の噂や世間の目を気にして、ぶっちゃけ針のむしろ以外の何物でもなかった。

そうしてそんなのが延々と積み重なれば、人間荒む。

荒むし、そう言った精神状況は面接のときに現れる。

元々、面接まで行ける事も滅多になかったのだが。

重役相手に逆上して攻撃する、そんな女を雇いたがる会社なんてよっぽどの潜りだ。

仮に面接まで行っても、私は精神状態が悪すぎて、落とされる。

履歴書の手書きもそろそろ三ケタ、という状態で私は、悲惨な精神状態にもなれないまま外に出たのだが。

外は大雨洪水、道がどこまでなのかもわからないほど浸水状態、しかし私には水道料金を支払わなければならない、という究極の選択が迫っていたのである。

そう、実家を飛び出し何とか手に入れた、新しいしかし、火災によって何もかもがない状態のすっからかん我が家の、水道。

その水道料金を支払えないまま、もうじき水道が止められてしまうという期限ぎりぎりになってしまっていたのだ。

全て精神状態がくたばっているのがわるい。

鬱の一歩手前なくらいの心じゃあ、水道料金を支払いに、外に出ようなんてとても思えないのだ。

日の光が明るいだけで、心が砕けそうなくらい、有体に言えばやられてしまっていたのだから。

だが。

この洪水状態でも、二階という場所的に被害に遭わなかった私は、何も考える気力も判断力もないまま、足元をびちゃびちゃにしつつ、水道料金の支払い用紙を片手に握りしめ、コンビニを目指し。




そ の ま ま マンホール に お ち た。




足元をちゃんと見ていなかったのがいけなかったんだろう、うん。

真っ暗になった視界の中、ああ、私もとうとうこの世の中からおさらばか、大した人生じゃなかった、高校時代が最高だったなあ、と思っていた。



「えー、素質もちの女性を確保しましたー! 長かった、いくら連絡しても反応ないからぶっちゃけだめかと」


「頑張った、お前も頑張った、よくやった」


「局長、そいつにはご褒美の休暇を与えてやってください、何度接触しようとしても、候補者に接触させてもらえなかったんですから」


「本当に、この手段に出るまで確保できないって何なんですかー!」


頭上から聞こえてくるいくつかの声。何の茶番だ、と気付けばどこかの仕事場所らしきところの、合皮のソファに寝かされていた。

上にブランケット、これは冷房除けの気遣いなのだろう。

空調が程よくきいている場所なのだ。

だがしかし。

何なのだ、なんなのだ。

ここは何なのだ、どこの会社だ、この大量に積み上げられているいかにも、きらっきらなキャラクターのパッケージは。

そしてどこかの刑事ドラマよろしく、べたべたと張られているキャラクターの指名手配みたいな用紙は。

ホワイトボードに書かれている、意味不明な候補がどうだとかいう書き込みとかぐちゃぐちゃは何なのだ。

何なんだ、なんなんだここ!?

なんでゲームがメーカーとかスタジオごとにじゃなくて、山のようにこんなにも積み上げられてんだよ。

起き上がって呆気に取られて、そのすごい怪しい場所を見回していれば。


「候補者、目が覚めました! 大丈夫、頭打ったりしてない、この指何本かわかる?」


一人のうら若き女性が、ピースサインを見せてくる。


「二本」


「よし、大丈夫!」


彼女は人好きのする笑顔でにっこりと笑い、こういった。


「強引な招待でごめんね、ここは通称オトハタ。貴女にはここで働いてもらいたくて、こうして強引に来てもらいました!」


自分の口がぽかんと開いたのが分かった。

しかしうら若き可愛らしい彼女は、いそいそとお茶を用意して、私の前に出してくれた。

あ、いい香りがする。これはいいお茶だ。空調がそろそろ寒くなってきていたので、暖かなお茶の気遣いがうれしい。


「ありがとうございます……」


言いつつお茶をすすれば、心のどこかの、痛い事すら忘れるくらいに傷ついていた箇所が柔らかくなった気がした。

人の気遣いがこんなにも、身に染みるなんて思わなかった……ってくらいおいしいお茶に感じたのである。


「ささ、どうぞどうぞ、ここは色々そろってるの。局長がオトメンだからね!」


うら若き女性は、にこにこと微笑みながらお茶菓子らしき甘いおせんべいを出してくる。

南部せんべいである。ピーナツが上に入っている奴だ。甘くておいしいあれである。

思わず手が出て一つ、口に持って行っていると。


「局長本当に、女子力が高いのよ、自宅とかとってもきれいなの」


「変な予備知識を与えるなクソガキ!」


きゃぴっと笑った彼女が言えば、何処かから怒声が飛んできた。


「こっちは照合が多すぎて三日はろくに寝てないんだ! 優しいうちに彼女に説明しろ!」


なんだここ、え、こわ、怒声がめちゃくちゃ危ない声だ。

徹夜続きのデスマーチで、頭の沸点が異常に低い状態の人の声に、よく似ている音である。

何なんだ一体、がまた頭の中をめぐる。

そこでしかし、彼女が


「はーい、局長!」


ノリと調子がよく返事をし、私に向き直った。

ほっておいていいのか。放置でいいのか、それで?

ぎょっとしていれば、彼女が自己紹介を始めた。

ぐっと手を伸ばして私の手を握り、軽く振りながら。とても友好的な表情で。


「初めまして、ここで勤続三年目、あおやどまがるです!」


「何なのその、いかにも偽名ななまえ!?」


「ツッコミそこか。うん、ここ変わった局だから、コードネームが必要なの」


コードネーム必要な局って何。

完璧に混乱しそうな頭に、追撃が追いかけてくる。


「私たちは、乙女ゲームを門にした異世界が破綻しないように、転生者たちを取り締まる局なの」


ぱーどぅん。


「昨今転生者とか転移者とかが多すぎて大変なのよ、もう、乙女ゲームの転生とか転移とかないわ、ほんとないわ」


ひらひらと手を振っている彼女が、着いていけない私を見る。


「理解できてる、出来てないなら順番に話すけど」


「あなた方が怪しい人たちだってのはわかりました」


「ちょ、ま、どうしていまの話でそうなるのよ!」


私の辛口の判断に、彼女が目を丸くして問いかけてくる。半ば叫びながらだ。テンションが高いのねあなた。


「いや、乙女ゲーム世界が破綻とか、転生とか頭わいてるようにしかきこえな」


私が言い返した時である。

いきなりブザーが鳴り始め、奥のデスクで書類か何かに埋もれていた男性が立ち上がる。

男性はぎょろりと辺りを睨みつつ言う。


「今度はどこだ!」


大声が響く。それに答えたのは、パソコンらしき物に向かっていた女性だ。

らしき物、と言いたくなるのはそのパソコンのような物が少し、知っているデスクトップとかノートとかと趣が違う気がしたからである。

なんかちょっとだけ感じる、この違和感を何と言えばいいのだろうか。はてさて。


「“ラブメロ”に入っていたただくらとうまが負傷! 帰還します!」


女性の声は明朗で的確で、端的で、知っている人間からすればとても、分かりやすい言葉だったようだ。

男性が左側のデスクに座って、似たようなちょっと、パソコンにしては違和感のある機械を睨んでいた女性に指示を出す。


「おい、治療室に直通のゲート開け、くらしなれのら!」


「ただくらとうまの個体を確認しました、ただくらとうま帰還、治療室のゲート開門、治療班治療に入ります!」


またブザー。


「今度はどこの誰だ!」


「緊急事態、同“ラブメロ”潜伏中のおやまりすあさ、重傷! 直ちに帰還させます!!」


「“ラブメロ”多いな!? くっそこれだから人気の高いゲームを門にしている所は!」


男の低い声が呪うように言った後、またいう。


「こっちも直通ゲート開け、くらしなれのら!」


「もう開いています! 重傷のデータも治療班に届けました!」


いきなりばたばたと始まったそれ等に、圧倒されていると、目の前の彼女が言う。


「……どこかに大本がいるんだけど……最初の転生者が誰か解析が追い付かないわね……」


「あの、一体なにが、重傷って大丈夫なんですか」


呆然としつつ言えば、彼女が答える。さらりと、さらりと。


「大丈夫よ。ここでは普通の事だし。治療班に生きているうちに回っていれば、まず死なないわ。私もここで死人が出たのを見た事がないの。だから大丈夫よ」


重傷が普通……だと……?

重傷とかが普通ってどこのやくざだよ……

なんだか知らない物がひしひしと、首筋に冷たい物を持って迫ってる気がして、なんだか一般的な書類の山のように見えるデスクたちが、恐ろしいものに見えてきた。

引きつって帰りたいといいかけて、ふと我に返る。



私に帰る場所なんてどこにも、ないんだった。



なんて思っていると、警報は収まったらしい。静かになり、機械の稼働音と紙類をめくる音が響き始めるここ。


「さて、警報も止まったし、説明の続きしよっか」


慣れた調子の彼女が、ほほ笑んだ。

そして語りはじめられたのは、とても信じられないようなお話だった。



最初は一人、だけだった。

普通人間の魂は、死んだら同じ世界で巡る。

その理から外れたのが、ひとり。

乙女ゲームを愛しすぎていて、そこを戻ってくる起点にしてしまった、そこに“転生した”最初の一人がいた。

そして何が起きたのか。

システムもシナリオも作りこまれて、愛されていた乙女ゲームが一つ、再生不可能に“破壊”された。

一枚のディスクが完膚なきまでに、破壊されたのだ。“転生者”によって。

再生する事も出来ない、そこまでならまだよかった。

ひとり、ふたり、さんにん、よにん。

数が増えていくほどに、膨大な金額とプログラミングとキャラクターデザインと、あらゆるものがかけられたゲームが“破壊されていく”。

それだけなら、まだ、笑いごとになるかもしれなかったのだ。

ゲーム会社としては大変なダメージだが、プログラミングにバグがあったのだ、という事になって大体終わるはずだったのだ。

笑いごとのはずだったのだ。

神々の世界では。

しかし、神々も笑いごとにならなかったのは。

彼等の統べているそのゲームとよく似た世界、が。

そこに転生者によって、破綻させられるまでは。

そう。乙女ゲームに転生した人間たちは、乙女ゲームそのものに転生したわけではなく。

乙女ゲームを入り口として、ほとんど同じ異世界に、転生したのだ。

そしてそれは破壊だった、完膚なきまでの破壊、そして破綻、神々は作り上げた己の愛する子供=世界をよそ者に殺されたのだ。

ひとり、ふたり、さんにん よにん。

転生者が増えていくほど、世界が、子供が、愛するものが、殺されていく。

そして転生者に太刀打ちできる、異世界の住人は現れなかったのだ。

それは何かの作為が働いたようであり、転生したという余剰な部分がもたらした守りだったのかもしれない。

事態を重く見た神々が結束し、こうしてオトハタが作り上げられた。


「……っていうのが創設の流れかな? 三年前に聞いたっきりだからあやふやだけど」


「スケールの大きい妄想……」


世界を救う妄想なんてたくさんあるけれども、これはその中でも飛び切りの物に聞えた。

大体どこに、乙女ゲームを入り口にして異世界にワープするなんて言う転生があるのだ。

転生の話は色々あるけれども、これも相当だぞ……

完全に怪しいとしか思えない。

生ぬるい視線になった私に、向かいに座る彼女が頷く。


「に、聞こえるでしょうね、んじゃあ質問一つ」


彼女が私に笑いかける。


「ねえ、どうしてあなた、マンホールに落ちたのに、五体満足なのかしら」


普通死んじゃうわよ?


その言葉で我に返る、そうだ、あのときマンホールに、それも大雨洪水で、

記憶が怒涛のようによみがえってくる。

雨がすごくてでも行かなかったら水道が止まって、それをまた開栓してもらうのは大変で、誰かいらない相手と話すのは苦痛なくらいで。

そして、どうしてか行かなければならないと危機意識が強く背後に迫ってきていて、私はマンホールに落ちたのだ。見えなかったマンホール、蓋が開いていたマンホール。

落ちたら即死が間違いないそこに。


普通はすぐに死んでいるだろう、たとえ発見されても溺死の確率はすこぶる高い。

なのにどうして生きているの。

何かしらの意図がない限り、死は免れない。

また彼女を見れば、彼女が笑った。


「私があなたがマンホールに落ちたその瞬間に、ここへつながるゲートを開いたの。その時間違えて落下させちゃってあなた、気を失っちゃったけど」


「どうして」


そこまでしたのか。

疑問が頭をよぎれば、彼女が微笑んだ。


「あなたが、素質を持っていたからよ。何度も連絡したのだけれど、あなたったらスマホで知らない相手からのメールとか全部迷惑メールにして、読みもしないで破棄するから」


電話もした、目につくところ……コンビニとかハローワークとかであなたにここを、紹介するように手配もした、でもあなたは見ない、と彼女が歌うように言う。

その彼女の目元に、うっすらと隈ができている、私が引っ掛からなかったからだろうか。


「だから最終手段で、あなたをここに強引に招待させたのよ!」


高らかに言った彼女が、続ける。


「素質ってのはね、この世界には生きたまま、いろんな世界に何も影響を与えないで渡り歩ける、界渡りっていうものの素質よ」


「かいわたり」


「“せかい”を“わたる”素質ね! 普通千人に一人くらいしかいないのよ、これが」


「割と多いですね!?」


「そう、割と多いけれど転生者が増える一方だから、新しい人材はとても貴重なの! だからもう、ここであなたが加入してくれないと私、怒られるわね」


ニコニコとしながら言う事でもないのに。彼女は朗らかに笑った。


「さて、あなたは二つの道がある」


「二つ」


「全部忘れて元居た場所に戻るか

ここで私たちと働くか

……の二択よ!」


相手の言う事は妄想かもしれない。何かのドッキリかもしれない。

でも。

どうせ行く当てなんてどこにもないし、生きる場所だってないから、そうだ。

ここで働くと決めたってなにも問題はないし、それで損を被る事も、きっとないのだ。

働くという事は、ブラック企業であった前回の職場だって相当な物だった。

どこに言ったって結局同じかもしれないのならば。

欲しいと言ってくれている所の方が、利益が多いかもしれないではないか。

そして面接も選考も、ここに決めれば存在しない。

だってここが欲しがっているのは、その他大勢じゃなくて私なのだから。

だから。

私は言った。


「あなたたちと働きます、何にも知らないんですけど、よろしくお願いします!」


「ありがとう! じゃあ、いつからにしようかしら、その辺のお話もしましょうね!」


飛び上がって喜びそうな彼女が、背後を振り返って言う。


「局長、彼女入ってくれます!」


「でかしたぞ! 探索班の欠員が複数出ているんだ、一人でも増えてくれるとは喜ばしい!」


危険な声のまま、局長だろう男性が怒鳴った。

そしてどこかで、小さく歓声が上がったのが聞こえて来ていた。

鳴り物入りみたいで、ちょっと居心地が悪い私だった。





アパートはさっそく引き払う事になった。と言うか洪水でものの見事に押し流されていて、新しい場所を探すほかなかったのだ。

すごい災害である。マンホールに落ちたのを見ていた人がいなくって本当に良かった!

奇跡の生還とか言われて、取材なんてごめん被る。

更にオトハタが新しい住居をくれた。

そこはオトハタの人間が暮らしている寮である。

風呂は共同、しかし全室シャワールーム付き。トイレもついている。

風呂が共同と言うのは大浴場だかららしい。

別に大浴場でも足を伸ばして入れるってのが非常にありがたいと思うのは、ユニットバスな生活が長いからだろうか。

お湯は時間内だったらいつでも入れる仕様だし!


「皆不定期に帰ってきてお風呂に入るから、開いている時間も長いしね」


言った彼女の言葉がなんだか、この場所もかなり大変な労働してんだろうなと思わせた。

元々そんなに物はなかったし、テレビは見ないし本は図書館から借りてばっかりという事もあってないし。大体火炎瓶騒ぎで私の物はことごとく燃えてないようなもんだし。

私の引っ越しはあっという間に終わった。

寮の中でも人気があまりない畳の部屋という事もあって、すんなりである。

皆フローリングがいいのよ、という彼女の言葉はわかるような分からないようなものだ。

確かに畳は、換気しないよ梅雨の時期に黴の心配があるけどね……

古い住居の一部を転送してきた、と説明をしてくれる彼女が言った新たなる私の部屋は、漆喰の壁に畳にふすまに障子という、和風そのまんまな部屋だった。

窓もでかいし。一人暮らしなのに二部屋!? どっちも畳だが。

こんないいところでいいのかい。


「こんないい空間でいいんですか」


思わず本音が出て来ると、うん、と彼女が頷いた。


「ここ、場所が場所だから古臭く感じる人が多いのと、ゴキブリの発生率がほかの場所より高いの」


確かに時代は感じる。何と言うか、天井の高さとか? 天井が木造とか? 骨組み見えてるところとか?

……見たくないが囲炉裏がある所とか?

うん、女子寮で囲炉裏を素敵、何て言う女子あんまりいないだろう。

個人的には火を熾せばいいというあたりで、なんだかおもしろそうだけれども。

焼き芋が焼けそうだけどね!

とはさすがに言い出せず。


「つまり人気がないってわけですね」


何て当たり障りのない言葉で絞めてみた。


「なぜか夜に電気をつけて網戸にしておくと、羽虫が入って来るしね。こっちに帰ってきてまで虫に悩まされたくないっていう意見が多いのだけれど、ここ寮の結界の一部だから取り壊せなくって」


「結界ですか」


「そう。この寮、異空間の一種だからね。仕事場が仕事場だから、大きな声じゃ言えないけど人に見せられないし」


だから隠しているの、とあっさり言われて納得してしまう私だった。


「ちなみに現代日本に出かけたい時はどうしたら」


「申請書が必要な時もあるわ、旅行に行きたい時とか。それ以外だったら、玄関見て」


「なんかホテルにあるようなひっかける札が……え、なんかいろいろ書いてありますね」


玄関には、札がいくつも置かれていた。日本と書かれていたり、なんか地名が書かれていたり。おいまて、なんで日本の観光地の札まで……!?


「そこに行きたい場所の地名を書いてドアノブにひっかければ、そこにつながるわ」


「何という便利仕様……誰がお考えに」


「ど〇でもドアが欲しかった先代局長が考えついて、異世界に転移する技術を応用したそうよ、でもこの寮でしか使えないわね、地場とか神々の干渉能力とかの関係で」


なんと! どこで〇ドアがこんな場所でのみ実在したとは!


「でもそれも制限があるわ。国外には出られないし、繋げられない場所も多いし。皆普段は局の住所になっている場所を書いておいて、そこから出かけるわね。……ぶっちゃけた話、出て行ってもどこから出て言ったのか忘れて、帰れない人続出したドアなのよこれ」


出てきたドアを忘れて迷子……そうか、どこで〇ドアはそんな厄介さがリアルだと存在するのか……


「本当に上手に使っている人は使って楽しんでるみたいだけど、最初のうちはこれをひっかけておくと楽よ、場所固定だし」


言われて何枚かある札の一つを見せられる。

そこに書かれていたのは。


「本局玄関ホール脇の出入り口……」


「ここなら皆、本局目指せば帰ってこられるからね!」


発想がすごいっての、突っ込めない状態過ぎてすごいっての。

皆迷子になるんだな、と真剣に悟ってしまった自分がいた。

次に案内されたのは食堂だ。風呂、自室、食堂。大体の生活空間は案内してもらえている。

食堂はこんな時間でも人が行き来していた。


「お、新人?」


「探索班だろ、欠員出たって聞いたし」


「新人よろしくねー」


案内係に案内されているから、直ぐに新人だと気付いてもらえるみたいだ。

挨拶が優しい。


「ここで食べるの。自分で作って食べてもいいし、買ってきてもいいし。食堂て言ったって、作ってくれる人がいるわけじゃないから、そこだけ注意しておいてね? 何しろ皆勤務時間が違い過ぎるから、人を置くわけにもいかないの」


彼女の大事な説明、と言いたげな説明なんだが。

……私としては、そちらのデカすぎる業務用冷蔵庫がいくつも置かれている状態が気になります。

そう、食堂と言われた場所には、複数のコンロと据え置きオーブンにくわえて、威容を放つ業務用冷蔵庫がでーんと置かれているのだ。

こんなの見た事ない位の大型である。

あ、昔バイトしてたファストフード店で見た事あるかも。冷凍庫だったけど。


「これも共用の冷蔵庫よ。自分の袋に名前の付いたタグを付けとくの。皆好き嫌いが色々あるからね、付けておかなかったら勝手に食べられちゃうから注意してね」


遠慮なしに扉を一つ開ければ、確かに。いろんな袋に共通するのは、名前のタグであった。

……皆名前がコードネームみたいだが。


「たまーに複数名で協力して、カップ麺のまとめ買いとかしてるわね」


そこのストックそうなのよ、と言われてみれば、食堂の片隅の棚にいろいろ置かれているカップ麺は確かに、複数の名前が書かれていた。


「基本的な材料は……」


「それこそ生協のカタログ」


うわ、身近過ぎてツッコミが追い付かない! たしかに生協は注文したもの野菜とかも届けてくれるけどな!? 冷食も届けてくれるけどな!?

ここ、いろんなものを活用してるんだね……



そうして私の一日目が終わったわけだった。

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