闇夜の襲撃者
「!」
鬼童丸は目を覚ますや否や太刀を手に取る。
人より優れた五感が何者かの気配を感じ取ったのだ。
北と西と東。それぞれの方角から此方を徐々に包囲するように足音を消して近づいてきている。
「この匂い・・・犬神か?」
鬼童丸は気配を消し、走り出す。
微かに匂ってくる獣臭さと呪術特有の重たい気配。
犬神は討伐隊の陰陽師や一部の退魔士が使役していたが鬼童丸は何か違和感を覚えた。
犬神にしてはいつにも増して分かりやすいと。
だが、悠長に考えている暇はない。とにかく逃げなければいけない。
「不気味な月だ」
空を見れば紅い下弦の月が此方を覗いていた。
それはまるで大きな何かが地上にいる全てを嗤っている。そんな思いを鬼童丸に与えた。
後ろからは一歩、二歩と地面を蹴る音は短くなる。どうやらこちらが逃げていることに気づいたようだ。
そこで鬼童丸は違和感の正体に気づいた。
足音だ。
犬神に足はない。それどころか彼等には首しかないのだ。足音を殺すなどしないし出来ない。
では、後ろから追いかけてくるのは何だ?
退魔士か?・・・ありえない。それこそ酒呑童子を討ち取った頼光と取り巻きの四天王ぐらいだ。それほどの実力者が三人もいるとするなら俺は最初の邂逅時に死んでいたはずだ。
それに獣臭さと呪術の重たい気配を纏っているのも変だ。
百歩譲って獣臭いのはいい。実際、一部の猟師が狩った獣の皮で擬態していたのを見たことがある。
だが、人間が呪術をその身に纏うのは無理だ。
それは稀代の天才と言われる清明にも出来ない。それが出来る唯一の人間は稀代の鬼才である道満だけだ。
なら、一体何が?
鬼童丸のその疑問に答えたのは鋭く空気を斬り裂く飛翔音だった。
「くっ!?」
鬼童丸の被っていた傘が飛んだ。
間髪入れずにヒュンと横合いから二射目が放たれるがその矢を転がる様に躱し、鬼童丸は朱色の鞘から太刀を抜刀する。
鬼童丸の前に現れたのは人だった。いや、人の様な獣だった。
剥き出しの牙に闇でも光る黄色の瞳、毛皮に覆われた体躯は熊を想起させた。
「何者か」
「・・・・・・」
襲撃者は無言のまま次の矢を弓の弦に番えた。
「話すことはない・・・か」
鬼童丸は前に走り出し、襲撃者との距離を詰める。
それを許すまいと襲撃者は弓を放つ。
ヒュンと風切り音が耳を通り抜ける。二射目を番える暇は与えさせない。
眼前の襲撃者もすぐさま弓を捨てた。
代わりに腰に抜き身で下げていた小さな小刀を構える。
刹那の交差。
鬼童丸はそのまま太刀を振り抜かなかった。代わりに下から跳ね上げる様に朱色の鞘で打ち襲撃者の手から小刀を落とす。
「じゃあな」
そして、そのまま鬼童丸は今までとは比に成らないほどの速さで襲撃者をその場に置いて行く。
あのまま戦っても後続の襲撃者と挟み撃ちにされる。
故に、逃げる。追いかけるのも馬鹿になるほどの速さで逃げていく。
瞬きの間に鬼童丸は夜の闇に姿を消していったのだった。