人間をやめた者
シオンは戦いにおいて甘い部分がある。その甘さが今、露呈している。
吸血鬼と化したルーカスを目の前に、シオンはただ混乱するほかはない。シオンがスレッジハンマーを握る手が震える。
「この裏切り者が……どうして魔族の方に……」
「ああ、口を開けばそのようなことを。だからお前は甘い!」
ルーカスはトランプを抜くことなくシオンに詰め寄った。殺される。もはや彼を説得する手立てはないと確信したシオンはスレッジハンマーを振りぬいた。
鈍い感覚がシオンの手に伝わる。何かが砕けたような感覚。きっとルーカスの肋骨は折れたのだろう。ルーカスは吹っ飛ばされて壁に激突する。
「ここで決めるぞ!俺は割り切っている!シオンもさっさと腹をくくれ!」
シオンに続いてウォレスが攻撃に入る。指先で回転していた戦輪が指を離れ、ルーカスめがけてまっすぐに飛んでいく。
ルーカスは顔を上げると目を見開き、ジャケットを脱いで戦輪を防いだ。戦輪の核となっていたものはジャケットに刺さり、光の魔法はジャケットの素材に分散されてルーカス本人は無傷。
だが、ルーカスが立ち上がろうとした瞬間にシオンが距離を詰めてきた。
「吹っ切れたか?いいだろう。人間との格の違いでも見せるか」
シオンとルーカスの目が合った。
「……すみません。俺を許さなくていいから……いや、許さないでください!」
と、シオン。
ルーカスは気づいた。シオンの持つスレッジハンマーが光を帯びている。それが銀製かどうかはルーカスの知ることではない。が、ルーカスは眉間にしわを寄せた。ウォレスほどの決定力はなくとも無傷ではいられない。
シオンが再びスレッジハンマーを振りぬいたとき、ルーカスは自身に攻撃が直接当たらないようクッション代わりとしてジャケットを使った。弱い光の魔法はジャケットの素材で分散される。
そして、シオンの攻撃直後を狙ってルーカスは蹴りを入れた。シオンの鳩尾にルーカスの蹴りが入る。
「ぐっ……」
勝てると思っていた。だが、そうはいかないらしい。シオンは息がつまりながら地面に倒れこんだ。
「シオン!」
目の前でシオンが倒れたことで1対1となる。光の魔法を失ってなおルーカスは強い。少しでも迷いがあればウォレスが倒されることも確実だろう。
次はどう動くだろうか。もし自分が光の魔法を失った吸血鬼だったら?光の魔法を失っていようが、その知識があれば対処法もわかる。ウォレスは安易に光の魔法を使うことをやめた。
ルーカスは倒れたシオンを避け、少しずつウォレスに近づいていた。2人の間の距離は確実に縮まっていた。
「光の魔法を使わないのか?それでなければ吸血鬼を倒すことはできないだろう?」
ルーカスは言った。彼の言葉は挑発だ。対処法があるからこそそれを言える。ウォレスもはっきりと気づいていた。だからこそ、ウォレスは木箱の上に置かれていたものを取った。
――リボルバー式の拳銃。弾倉には5発の弾丸が込められていた。
「今は使わない。さすがにとどめとしては使うけどね」
すっとウォレスは拳銃をルーカスに向けた。引き金を引く。銃声。
「なに!?」
ルーカスの右目から血が噴き出した。
それに遅れること2秒、ルーカスの左目からも血が噴き出した。
「申し訳ありませんね。俺もこう見えてなんでもやるんですよ」
目を潰されて視覚を失ったルーカスが気づかぬまま、ウォレスは光の戦輪を出した。3発連続で放つ。光の魔法はルーカスの衣服をいとも簡単に切り裂き、彼の体を大きくえぐった。
傷は瞬く間に光で浸食され、ルーカスは灰になる。死の間際、ルーカスは断末魔を上げることもなかった。それが仲間を裏切り、人間をやめた男の末路だった。
「シオン。大丈夫か?」
ウォレスはうずくまっているシオンに声をかけた。
「大丈夫だ。あとは紅石ナイフを運び出すだけだよな?」
「ああ。紅石ナイフが入った木箱は一つ。2人で持つか?」
ウォレスは尋ねた。
「そうだな」
シオンとウォレスが2人で木箱を持ち、廊下を進む。そんな中、上の階から足音が聞こえて来た。
「お、紅石ナイフを回収していたんだな」
その足音と声の主はカインだった。
「はい。紅石ナイフは全部倉庫に置いてあったので。今からこれを本部に持ち帰ります」
「おっと、その必要はない。会長代理が下に来てくれているはずだからそこで引き渡せばいいはずだぜ」
と、カインは言った。
3人は紅石ナイフを持って1階の玄関に向かう。
玄関には青白い石を燃料とする車が止められ、その運転席には赤黒い髪の女が座っていた。彼女の名はヴィオラ。現在不在の会長アンドレ・ウィルソンの代理として会長の仕事を行っている。
ヴィオラは車を降りてシオンたちに近寄った。
「これで全部ね?」
と、ヴィオラは言った。
「はい。全部一か所にまとめてあったので」
ウォレスは答えた。
紅石ナイフの引き渡しはスムーズに進み、ヴィオラは木箱を受け取った。シオンとウォレスの2人がかりで運んだ木箱を彼女はひょいと持ち上げて車の荷台に積んだ。
「ご苦労様よ、2人とも。明日はゆっくりしていいわ」
ヴィオラはそう言って車に乗り込み、本部へと戻っていった。
その姿を見送るシオン。この現状において、シオンは疑いを持ち始めていた。ヨハネが言った信じてよい者の中にヴィオラやカインはいない。そしてヴィオラは会長代理という立場であることも相まって余計に怪しいのだ。
シオンを中心にした部分の序章はここまでです。次は別視点からです。




