シオンを助けた者
シオン・ランバートはディサイドではない町、クロックワイズという町に住んでいた。クロックワイズという町はディサイドを超える大都会。しかしながら吸血鬼や魔物ハンターに対する差別は根強く、その存在すら疑う者も少なくなかった。
シオンが9歳の頃。彼はまだクロックワイズの町に住んでいた。
「6時半までに帰ってくるのよ」
とある冬の日。母親の言うとおり、シオンは午後6時過ぎには家路についた。だが、冬場の6時は夜と変わりない。吸血鬼の存在が迷信だと言われているクロックワイズの町において子供が夜中に、ということはなくとも夜外出することは珍しくもなかった。
冬の冷たい空気がシオンの頬を刺す中、シオンは妙な視線を感じた。不審者とも違う、形容しがたい視線。
シオンは後ろを振り向いた。
「ありゃりゃ、気づかれたか」
シオンの後をつけていた男はばつが悪そうに言った。
「おじさん誰?俺についてきてどうする気?」
「ん?なにもしないよ。別に誘拐しようってわけではないからね」
彼はにこりと笑った。その口から八重歯にしては長すぎる牙が見えた。人間にそのような牙はあったのだろうか。シオンはそれを見て警戒心を抱いた。牙だけではなかった。その男の息は白くない。シオンは本で読んだ吸血鬼の特徴――冬に吐く息が白くないことを思い出した。
「おっと、怖がらなくていいからね」
「怖いよ。なんでおじさんの口から牙が見えるの?なんでおじさんの息は寒くても白くならないの?」
シオンは尋ねた。
「それは……」
「そいつの言葉に耳を貸すな!」
その声とともに黒い影がシオンと男の間に割って入った。輝くような金髪、透き通るような白い肌、青いマフラー、かなり整った顔。彼はあまりにも印象的な人物だった。
「魔物ハンターか。クロックワイズではまともに機能しないくせに何の用だ」
「子供を襲う吸血鬼を狩りに来た。そして、この事実に恐れおののけ。俺はディサイドの本部から派遣された魔物ハンター、ルーカス・ワードだ」
ルーカスは言った。彼の後ろで様子を見届けることしかできないシオンは彼が英雄であるかのように見えた。
一方の吸血鬼はルーカスの事情を知って一気に顔色が変わる。そして彼は逃走を試みたがルーカスはそれを許さなかった。
ルーカスは懐から銀のカードを抜き取ると吸血鬼に向けて放った。そこまではありえない光景ではなかった。が、銀のカードは何やら光を帯びていた。それが吸血鬼の全身に次々と突き刺さる。吸血鬼はやがて灰となった。
「銀は光の魔法をよく通す。ある意味お前たちの弱点というわけだ」
灰となる吸血鬼を前にしてルーカスは言った。シオンはその光景に見入り、帰宅することを忘れていた。それと同時に憧憬にも似た感情を抱いていた。自分自身もそうなりたい、と。
「かっこいい……」
シオンはつぶやいた。
「魔物ハンターが、か?まいったな。クロックワイズでは本気で非難されること覚悟で来たんだがな」
ルーカスは戸惑う様子を見せた。
「別にお兄ちゃんはかっこいいと思うよ。俺を助けてくれたし。光るカードを投げるのもかっこよかったぞ!俺もそうなりたいな!」
「おい……このクロックワイズで魔物ハンターになるのか?やめとけ。苦労どころでは済まないぞ」
と、ルーカスは言った。
事実、クロックワイズの町では吸血鬼や魔物ハンターが公に知られているわけではない。そればかりか、吸血鬼が迷信であると信じられ、魔物ハンターは非現実的なものを信じている愚か者として非難されている。そのためか、クロックワイズの町で魔物ハンターになろうとする人などほとんどいないのだ。
「そもそも吸血鬼の存在がここでは迷信扱いじゃないか」
さらにルーカスは続ける。
シオンは吸血鬼が迷信であることを両親から聞いた。が、シオンはそれを迷信だと思うことができないでいたのだ。
「でも今さっき吸血鬼いたよね。吸血鬼って本物じゃないか!俺も魔物ハンターになる!」
シオンの姿勢は本気だった。あこがれを持つ者の本気の姿。ルーカスは自分もかつてそうだったと思い出した。
「ご両親に相談したのか?許可なしに子供を連れて行くことはできん」
「それは……」
シオンは言葉につまる。現実的に考えれば両親はきっと許さない。だが、彼自身は魔物ハンターへのあこがれがもともとあった。それが決定的になっただけ。
「ダメって言われても魔物ハンターになるぞ!ルーカスお兄ちゃんみたいに!」
「……これを渡しておく。今すぐに迎えるわけではないがこれで接触するチャンスはあるはずだ」
と、ルーカスは言うとシオンに名刺を渡した。
「次に会えることは保証しない。俺も次に会えるようには善処する」
ルーカスはクロックワイズの町の雑踏に消えた。
シオンは決してこの日を忘れなかった。いかなる時も彼にとっての英雄ルーカス・ワードこそが目標。彼に助けられた3日後には名刺に書かれた場所あてに汚い字の手紙を出した。
シオンは両親に反対され、10歳で家出し、鮮血の夜明団の本部に顔を出す。本部で1年ぶりに再会したルーカスはどこかうれしそうな顔をしていた。
「あの日名刺を渡しておいて正解だったな」
鮮血の夜明団本部に顔を出したシオンにルーカスはそう言った。
シオンはさっそくルーカスに連れられて地下の空洞に向かう。その場所でさっそく魔法を使うための訓練を行うという。
地下へ向かう途中でルーカスは瓶を取った。
「よし。この水銀を使って魔法の素質を判定する。強さもわかってしまうが、それ以上に大切なのは得意とする系統。光や氷の魔法なら対吸血鬼、それ以外なら対クリーチャーという具合にな。というわけで水銀の入った瓶を握ってみてくれ。こんな感じで」
ルーカスは瓶を持って言った。
瓶の中身――水銀が強く発光する。今までに見たこともなかった光景にシオンは目を輝かせた。それと同時に自分にもできるのだろうか、と考えていた。
ルーカスはひととおりシオンに実演して見せると瓶をシオンに渡した。
シオンは瓶を両手で握り、意識を集中する。瓶の中身は薄く発光した。が、シオンはそれに加えてかすかにピリピリとする感覚を覚えていた。
「発光。ほかに何かあるか?」
「ピリピリする。もういいかな」
「ああ。おそらくお前の素質は光の魔法と雷の魔法が半々らしいな。ちなみにその組み合わせは銀製の武器と一番相性がいい。銀は電気も光の魔法もよく通すからな」
ルーカスは言うと水銀の入った瓶を受け取った。
「お前はきっと凄い魔物ハンターになれる。ひょっとすると猛者が揃うパロ支部に配属されることになるかもしれないな」
この時のルーカスの顔は笑っていた。
――シオンの脳裏にはいつまでもルーカスの笑顔が焼き付いていた。そう、たとえ彼が人間でなくなっても。
解説を付け加えると、ジューダスは呪具使いがヤバいってことしか知らない。