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パンデモニウム  作者: 墨崎游弥
シオン編 ~彼が疑いを抱いた訳~
5/30

魔族と取引した者

 不気味だ。照明の少ない夜のトイレ付近。ここには誰がいてもおかしくない。

 ふいにシオンが足を止めた。


「誰かいるな」


 シオンは言った。

 人気。トイレ横に置かれた観葉植物の横に1人。それ以外に人気はない。が、シオンは観葉植物の横にいる者に既視感を覚えた。


「ウォレス。応援ってカインさんだけじゃなかったか?」


「いや、それはわからない。もう1人いるならそれはそれで助かるんだがな」


 と、ウォレスは答えた。


「てことだけどよ、ルーカスさん。一応、応援ってことでいいですか?」


 シオンは既に観葉植物の横に隠れた何者かの正体に気づいていた。ルーカス・ワード。トランプと光の魔法を扱い、吸血鬼殺しとしてディサイドの町やその周辺で名をはせる男。

 ルーカスは観葉植物の横から出て来た。


挿絵(By みてみん)


「あー、そうだな!紅石ナイフがある場所を探していたんだよ。どうやらこの会社、吸血鬼だらけのようだな」


 どこかとってつけたかのようなルーカスの態度。その姿にシオンは一瞬だけ顔をしかめた。味方が応援として駆けつけることは心強い。だが、シオンはヨハネの言葉を思い出していた。

 ――信じていいのは相棒と師匠だけだ。その言葉はシオンの疑念をさらなる段階へと押し上げる。


「どうした、シオン。気分でも悪いのか?」


 と、ルーカスは尋ねた。


「いえ、何でも。見張りがいると困るなとは思いますけどね」


「見張り……なあ。このフロアの社員にも倉庫については伏せられているんだ。その心配はないだろう」


 不安感を覚えたシオンをよそにルーカスは言った。

 そして、シオンとウォレスとルーカスの3人はトイレ横の倉庫へと足を踏み入れるのだった。


 倉庫は暗く、大半のものが埃をかぶっていた。そのことから、長い間使われていないようにも見えた。が、いくつかの段ボール箱や木箱は埃をかぶっていない状態だった。

 シオンより先にウォレスが中へと進もうとしたとき、ルーカスがすっとウォレスの後ろに立った。抜かれる銀のトランプ。


「動くな、ウォレス。これ以上の好き勝手は許さないぞ」


 と、ルーカスは言った。すると、ウォレスは拳銃を向けられたときのように両手を頭くらいの高さに上げる。


「俺はあなたの強さを知っています。カナリアさんに匹敵する実力ですからね。それで、あなたはなぜ俺を攻撃しようとしたんですか」


「それは……俺がここに置いてあるブツを持ち帰れば不老不死が叶うからだ。知っているだろう、俺が何度もちょっとした病気で死にかけていることを。医者曰く、次に入院することになれば死ぬそうだ」


 ルーカスは答える。


「あのー、言っている意味がわからないんですが?確かにルーカスさんは何回も病気で入院していますけど。」


「お前たち2人だから別に問題はないし、まあいいか。俺はエイズを発症していてな、長期任務の後はだいたい日和見感染で入院していた。医者からも死ぬぞと警告はされた。発症は2年前。まず今のが前提だ。で、なんでここに置いてあるブツを持ち帰るこのに執着するかだというと……俺は魔族と取引をしたからだな。要は俺がアレを魔族に引き渡せば彼らは俺を不老不死……病気も死もない体になれる」


「マジかよ……」


 ルーカスの発言にシオンは耳を疑った。

 ルーカスが頻繁に感染症で入院していることは知っている。生死の境をさまようことがあるという事実も知っている。エイズについては特に気にしていない。が、肝心なことはその後。魔族との取引だ。


「で、その……アレって何ですか?念のため聞いておこうと思って」


 今度はウォレスが尋ねた。


「紅石ナイフ。ご存知、吸血鬼化アイテムだ。今ここで使うことも考えたが、そうすればお前たちに処理されかねないうえに魔法まで失う。ので、魔族の庇護下で使おうと考えていた。」


 ルーカスは一切の迷いもなく言った。


「一人目はあなただったか。あこがれていたのに。俺のヒーローだと信じていたのに!あなたはそんな俺を裏切るのか……!」


 シオンの声には明らかに動揺した様子が現れていた。彼が魔物ハンターを目指すきっかけとなった人物、それがルーカスだ。

 鮮血の夜明団でも高い実力を持ち、シオンの目指す人物だったルーカスの態度にシオンは冷静さを失っていた。


「黙ってくれ。俺のやることを見逃せば命だけは助けてやる。が、見逃さなかった場合はどうなるかわかるな?俺は強い。少なくともシオンよりは」


「わかりました。見逃します。少なくとも今は」


 シオンは言った。

 見逃せば任務は失敗。紅石ナイフはすべてルーカスの手に渡ることとなる。だが、シオンはこうするほかはなかった。今は。


 シオンは入口のそばまで後退し、ルーカスの様子を見る。紅石ナイフはまとめて木箱に入っているが、それは想像以上に重い。非力なルーカスは持ち上げることに苦戦しているらしい。

 シオンはルーカスの視線がそれたときに左手を頭の横にまで上げた。


「やるのか?」という口の動きを見せたウォレス。シオンはすかさず「おう」という口の動きを見せた。


 ウォレスの指に光の輪が現れる。それが高速で回転しはじめ、やがて虹色の光を放つ。一方のシオンは入口近くに立てかけてあったスレッジハンマーを取った。

 放たれた光の輪。それは確認しようもない速度で回転し、ルーカスの左手に傷を入れた。


「あれは嘘だったか。よくもまあ俺をはめようとしたものだな」


 ルーカスは上体を起こし、ウォレスに顔を向けた。その瞬間、シオンが後ろから忍び寄る。狙いは太腿。シオンはスレッジハンマーを振り上げた。


「シオン!危ない!」


 ウォレスが声を上げた瞬間、シオンに向けて銀製のトランプが放たれた。的確なコントロールのトランプはシオンの額に刺さる。

 そしてルーカスは木箱から出した紅石ナイフで手首に傷を入れた。ルーカスの体が変性する。彼はもはや人ではない。もはやシオンの知るルーカス・ワードという男ではない。

 ルーカスはシオンに向かって再びトランプを放った。


「シオン。あこがれだけでは強くなれん。現実を見ろ。自分を客観視しろ。そして冷静になれ」


 ルーカスは言った。彼の顔から弱った人間特有の影は消え、かわりに口から牙が覗く。その姿は紛れもなく吸血鬼。


「倒すぞ。魔族と取引した時点でこいつは俺たちの敵なんだよ!」


 ウォレスは言った。シオンは未だに目の前にいる男の変貌を信じることができなかった。



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