カナリアとヴィオラ
クレイグの死の真相は誰も知らない。
カナリア達は夜が明ける頃、本部に戻った。遠征に出た者がいるとはいえ、本部の構成員は少しずつ殺され、失踪している。そのためか、どことなく寂しい雰囲気に包まれていた。
「2人は休んでいればいい。疲れただろう?」
と、カナリアは言う。
「私はまだ、やることがあってね。この本部の中心に用がある。何かあれば、伝えるつもりだから」
カナリアはそれだけを言い残して、会長室のある方に歩いて行こうとした。が――
「先生! 一人でそこまでやることも」
「うるさいね! あんたは黙ってゆっくり休んでな! 死にたくなければね」
カナリアも焦っている。それもそのはず、この鮮血の夜明団で裏切者が出て、そのうえで魔族から組織を乗っ取られているに等しい状況なのだから。レムリア大陸の東部にある吸血鬼の国への遠征もすべて魔族の思惑どおりだったのかもしれないとカナリアは考えてしまった。――考え始めるときりがない。
それからカナリアは黙ったまま歩いて会長室に入ってゆく。
会長室にいたのは赤黒い髪の女。椅子に座り、後ろを向いていた彼女はカナリアの気配を察するなりゆっくりと振り返った。
「来たのね。一応……私が会長の代理をしているわ。ほら、北で会長が殺されたじゃない。会長の意思に従い、正式な手続きを踏んで私が会長になるわ」
カナリアは言う。
「……ああ、会長は私ではなくあんたを選んだんだな。だがね、こうやって50年あんたを見てきた私からしてみればあんたを会長にするわけにはいかないね」
カナリアはそう言って光の魔法――炎に包まれた光の銃を出した。そして、発砲。
「汚らしいことを。ねえ、貴女はなぜ私を信頼してくれないの?」
「信頼? それはするもんじゃないね。私もあんたも似ている」
さらにカナリアはヴィオラに向かって光の弾丸を放つ。室内の重要なものが燃えないように威力を調整しているのだが。ヴィオラはその攻撃を雷の魔法で迎撃。その様子を見たカナリアはヴィオラへの疑いが確信に変わった。
――あの魔法は人間の扱う魔法じゃない。吸血鬼だとか私のようなダンピールとも違う。私ならわかるが、あれは魔族の使う魔法だ。体そのものが魔法の媒体になるような。
「ヴィオラ。あんた、魔族だろう? 今更隠そうとしても無駄だ。目的も洗いざらい聞きたいところだねえ」
「答える必要が認められないわね。隠す? 一体何を。そうね、あんたを幽閉してしまえば何もわからないわね。確かに私は魔族だけれど、知られなければどうということはないわ」
ヴィオラはそう言うとカナリアに詰め寄り、彼女の首を絞める勢いで――
「カナリア。そういうことよ。私の部屋に来て頂戴?」
ヴィオラは言った。カナリアは抵抗出来るがヴィオラはそうすれば殺しにかかるだろう。このままヴィオラに光の魔法を放つ隙はほとんどないに等しい。
「……いいねえ。思い出話にも付き合ってやろうじゃないか」
と、カナリア。するとヴィオラはカナリアの首から手を離す。が、未だに彼女は左手で雷の魔法を撃つ準備はできていた。その気になれば殺すつもりであるということの証明だ。カナリアは抵抗をあきらめ、ヴィオラに従うことにした。
「奥よ。奥に私の部屋があるわ。そうそう、面白いものも見せてあげるわ」
「ふふ……さすが私の親友を名乗っていただけあるじゃないか」
――さすがに恐怖はある。が、今は怖がるときではない。ここから先は敵の本拠と言っても過言ではないが。
「カナリア。貴女は科学的なことをあまり学ぼうとしていなかったようね」
「へえ? これでも基礎的なことは学んだつもりだがねぇ。例えば感染症はウイルスや細菌によって引き起こされる。それで、ウイルスに抗生物質は効かない。その程度であれば母親から教えられたが?」
と、カナリアは言う。
「それ以上のことよ。まあ、感染症の知識があるのは私も驚いたわ。そうじゃないの、もっと面白いことなの、私がいいたいのは」
ヴィオラは地下室のドアの前で立ち止まり、ドアを開けた。中からは薬品と、ほのかに血の臭いが漂ってくる。ヴィオラの部屋とのことであるが、実験室の方がおそらく近い。
カナリアとヴィオラはその部屋に入る。
壁に沿って並べられた棚に並べられているのは赤色の液体や結晶。どれも紅石ナイフを思わせるものであったが何か違う。が、ここで何かが行われていることは確からしい。
「よくわからない、って顔ね。そうでしょう。私がしていたのは紅石ナイフの精製、の先。賢者の石の精製ね。先人たちが作ることを断念した高エネルギー体、魔法だろうが無限に扱える。ええ、この力でレムリアのあらゆる存在を屈服させられるようになる」
「ヴィオラ。それを何に使う気?」
カナリアは尋ねた。
「――手始めに、この町の人間をしもべにするか殺す。そうして支配したこの町を拠点に、北の連中を根絶やしにする。いい? 私がしようとしているのは復讐。それくらいは我慢しなさい」
ヴィオラは答えた。
カナリアはどうしても腑に落ちなかった。それも50年前に魔族と戦った経験から。当時魔族がしようとしていたことは知っているし、その方針とヴィオラが合わないのも復讐に走るのも考えればわかることだった。そこからどうやってヴィオラが人間を支配あるいは虐殺しようということになったのか――
「我慢? そうだねえ、私が耐えられてあの2人が耐えられないのなら、どうする?」
敵の本拠でありながらもカナリアは不敵な様子だった。彼女はまだ何か考えているようだった。




