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パンデモニウム  作者: 墨崎游弥
カイン編
20/30

最悪の組み合わせ

 蔦の洋館と呼ばれる場所。その外にいるのはクレイグだった。

 いくら手練れの魔物ハンターがいるとはいえ、彼らがいるのは洋館の内部。鍛錬を邪魔しないためにも護衛が必要だった。

 そのためにいたのがクレイグ。両腕につけた銀の鎖を磨きながら付近を見張っていた。勿論、出てくるのが遅ければ野営、ということにもなる。




 シオンとウォレスが洋館に入って1日半が経った頃。洋館を取り囲む森に動きがあった。

 時間は夜。吸血鬼や魔族が行動する時間でもあり、クレイグは集中するしかなかった。


 ガサガサと音がする。異様な気配も、だ。

 クレイグは銀の鎖に光の魔法を通し、言った。


「誰だ。吸血鬼か? この洋館は――」


「そうじゃねえ。俺の狙いはこの洋館じゃねえよ。なあ、カイン」


 男――ジューダスの声。そして、彼が言うにはカインまで。

 2対1だ。

 ふとした瞬間、クレイグに突風が襲い掛かる。突風はやがて旋風と化し、クレイグを包み込む。クレイグは風によって空中に飛ばされた。

 これまで見えていたジューダスを見失う。カインも視界にはいない。このままであれば、クレイグは――


「やれ、ジューダス」


 無情にもカインの声が響く。

 直後。渦の中に炎が混じる。空気と燃える素材――巻き上げられた草や枯れ枝を得た炎。それが激しく燃え上がる。火災現場のように。


 ――焼き尽くせ。捕食対象であっても、この炎にかけて。

 ジューダスは火柱を見つめていた。


 そして、渦の中のクレイグ。炎の熱が喉や皮膚を舐める。そんな中でも、クレイグは鎖に魔力を流していた。それは――


 炎が弱まった時、火柱に揺らぎが生じた。ジューダスは相変わらず不敵に笑っていたが、そうしていられるのも長くはない。

 クレイグが火柱を突き破り、外に出てきたかと思えば――


 ジューダスの首がごとりと落ちる。クレイグの振るった鎖に込められたのはありったけの力を込めた光の魔法。それが右の鎖。左の鎖には光とは異なる魔法が込められていた。


「おいおい……やるじゃねえの」


 落ちたジューダスの首がそう言った。

 クレイグはジューダスの首と身体を交互に見る。身体が動く様子はないが、ジューダスの意識ははっきりとしていた。


「……気持ち悪いやつらめ。北の魔族もそうだったな」


 と、クレイグは吐き捨てる。

 本部の人間が相手取る吸血鬼とはわけが違う。首を切断したところで意識ははっきりと保たれ、言葉だって発している。彼ら、魔族の生命力は常識はずれもいいところだろう。


「あー、知らねえな? あんな下等種がどうだっていうんだよ。ネズミみてえなやつらと一緒にすんじゃねえ」


 ジューダスは言う。

 すると、クレイグは再び鎖に光の魔法を込めようとした。その時だった。


「な……」


 突風。台風のような。ハリケーンのような突風は、クレイグを後ろに吹っ飛ばした。彼はそのまま大木に激突し、激しく咳き込んだ。

 そこに迫るのが、カイン。ついに姿を現した彼は、とんでもない速さでクレイグとの距離を詰めた。

 クレイグは未だに立ち上がることもできない。それをいいことに、カインは拳を握りしめてクレイグの顔面に叩き込んだ。

 響くのは頭蓋骨が砕ける音。飛び散るのは脳漿。それはカインの身体と大木を赤黒く染めた。

 ――即死だ。


「へへ……よくやってくれたぜ、カイン」


 ジューダスは言う。


 カインは血で汚れた姿で振り返ると言った。


「なあに。やっぱり俺がいた方がよかっただろ? 魔族と戦いなれた人間にサシで戦いを挑むんじゃないぞ」


「以後気を付ける」


 と、答えるジューダス。

 彼に比べ、カインは魔物ハンター――特に光の魔法を使う者の恐ろしさ、そして強さを知っている。だからこそ彼はクレイグのことを警戒していたのだった。


 カインはジューダスに近寄り、彼の首を拾う。さらに、動かない彼の身体も背負う。


「やめろ! せめて持ち方くらい考えろ!」


「やなこった。それも首が取れたお前が悪い」


 不満を漏らすジューダスとそれを突っぱねるカイン。2人はあえて館の内部に深入りすることなくその場を去った。

 カインが単独で館に突撃したとして、カナリアに斃されるのが関の山だろう。そうでなかったとしても、光の魔法を使える人物が3人いるというだけでカインは警戒していた。


「神経がつながれば再生できるだろ」


 カインは言った。




 ギィィ、と音を立てて開かれたのは館の裏口。そこからカナリアと、疲弊した2人の魔物ハンターが出てきた。


「情けないねえ。これで一応、あんたたちの力はついたみたいだが」


 カナリアは言う。


「嘘だろ……あんなのただのしごきじゃねえのか?」


 シオンは愚痴をこぼす。その隣でウォレスも頷いていた。

 というのも、中で行われていたカナリアの稽古は2人の想像を絶するものだった。光の魔法のコントロールはできるようになったものの、体力は消耗。このまま戦えるはずもなかった。


「あー、聞こえない! そんな甘ったれたことを言って斃せる相手じゃ……」


 ふと、カナリアの言葉が止まる。そして彼女はいつの間にか立ち止まっていた。


 その視線の先にあるのは、顔のない遺体。近くには脳漿が飛び散っており、その遺体の背骨がむき出しになっている。着ている服からしてその正体は――


「嘘だろ……? クレイグに限って殺されることはないと思ったが……」


 と、カナリアは言葉をこぼす。

 そう言ったところでクレイグが死んだという事実は覆らない。非情にも、クレイグは何者かに殺されたのだ。


 さらに、カナリアは言った。


「殺され方がまさに魔族か吸血鬼が素手で殴った跡なんだよ。可能性があるってだけだけど、魔族に殺されたのかもしれない。あんたたちは、そういう敵と戦う覚悟はあるかい?」


 カナリアの発する言葉は重い。だが――


「やらせてください。ここまで来ておいて、何がリタイアだ」


 と、ウォレスが言う。

 傍らにいたシオンは、その言葉に軽い衝撃を受けていた。

 ウォレスの言葉の後、カナリアはシオンに目を向けた。彼女はシオンの決断を待っている。


「どうするのかい? 別に参戦を強制しているわけじゃないが」


 もう一度カナリアは言った。


「俺もやります。迷ったとはいえ、俺にも向き合う相手がいる」


 と、シオン。


「そうかい。これから先、気が変わっても遅いからね。せいぜい覚悟して挑むことだよ」


 カナリアはそう言ってほくそ笑んだ。


 3人が向かうのは、鮮血の夜明団本部。状況が変わったことを報告しなければならないのだ。



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