依頼と隠蔽そして…
地下の事務室から戻ってきたシオンは複雑な表情をしていた。任務の前に聞きたくないことを聞いてしまった、と後悔しながら地上1階のロビーに戻ってきた。カナリアはどこかへ行ったようで、彼女と入れ替わるように金髪で整った顔をした青年が座っていた。
「地下にいたんだ。珍しいな」
その青年ウォレス・R・ペニントンは言った。
「ちょっと気になることがあってな」
シオンは何か言いたげな様子だったが、それを咄嗟に隠した。盗み聞きの可能性。ヨハネがシオンに大切なことを話さなかったように、シオンはウォレスに詳しいことを話そうとしなかった。
一方のウォレスはほんの少し心配したものの、シオンを信用して1枚の依頼状を出した。
「それはそうと、俺たちへの任務だ。社員を吸血鬼化させている可能性のある会社があるからそこを調査、あわよくば首謀者を拘束してくれ、という話だ」
「なるほどなぁ。最近多いよな。たしかに吸血鬼だと病気にならないけどよ。しかも人間を超越した体力だぜ」
シオンはどこかあきれたような口調で言った。
「いつやるかい?」
「今夜だな。社員が吸血鬼にされた会社って24時間やってるって話じゃねえか」
「だろうね。昼間だと吸血鬼が出社していない可能性がある。今日の午後5時、ここに集合ってことでいいか?」
「構わねえぞ。俺も面白い事を考えた」
にっ、とシオンは笑った。これはシオンが何か悪だくみをしているときの顔。このときの彼に何か言っても無駄だとわかっているウォレスはあえて深入りしなかった。
2人は任務の準備のためにいちど解散し、それぞれの私室に戻った。
シオンとウォレスが受けた任務。それは社員が吸血鬼にされた会社の調査。2人は合流し、ディサイドの町中心部のビルへ向かった。
タウミエル社。ディサイドの町でも売り上げを出している食品の会社。しかし、その内部は吸血鬼を用いた長時間労働で成り立っている。が、その事実はひた隠しにされており、何者かの圧力がかけられているのではないといわれていた。そんな会社の1社員からの告発からシオンとウォレスの任務が始まったのである。
タウミエル社のビルを前にしてシオンはつぶやいた。
「すげえな。定時も関係ないらしいぜ」
シオンが見上げたタウミエル社ビルの窓。遮光カーテンで内部が見えない状態となっており、その隙間から黄色の光が漏れている。これは吸血鬼のいる会社の特徴と完全に一致している。
「確かに。俺としてはお前の格好もすごいと思うよ」
と、ウォレスが言った。というのも、シオンは今女物のスーツを着用し、ハイヒールを履いている。極めつけは化粧。似合っていないわけではないが、華やかになりすぎてどこかやりすぎたという印象が否めない。身長180センチを超え、筋肉のついた逞しい体に女物のスーツはなんとも言えないミスマッチだった。が、ウォレスはシオンの意図がそれとなくわかっていた。
「一応誉め言葉だとうけとっておくぜ。タウミエル社はセクハラもあると聞いたしな。女性社員を吸血鬼にしてよからぬことをしているとも聞いた」
「そうなのか……」
シオンの言葉を受けてウォレスは戦慄した。シオンが誉め言葉だと解釈したことではなく、タウミエル社におけるセクハラの噂を聞いてのことだ。
「おう。なんでも体に傷を入れてその傷を舐めさせるらしい」
「それは気持ち悪い。やっている方が頭おかしいと思うよ」
ウォレスはあきれた顔で言った。
やがて2人はタウミエル社のビルへ入ってゆく。
タウミエル社のビル。ピリピリとした雰囲気が漂う中、社員たちは淡々と仕事をこなし続けていた。仕事をする人々はあまりにも無機質な表情で、生きているようには見えない。
そんな社員たちの傍ら、シオンとウォレスはそれぞれの目的とする階へ向かった。シオンは5階、セクハラが横行している場所へ。ウォレスは1階からしらみつぶしに見ていくことにした。
シオンは周囲の視線も気にせずに5階へと上がっていった。たとえハイヒールを履いていても、慣れていないことがわかる足音と服装と化粧で社員たちの目を引いた。
階段を上り、5階までやってきたシオン。彼はドアに向かって歩いてきた一人の女性に気づく。どこか不安そうな様子の女性にシオンは声をかけた。
「お疲れ様。ここの部屋の人に用事があるのか?」
「え!?まあ、そうですけど……。あなたこそ変な恰好で……」
「この格好?いや、あの作戦上必要なので。小声で話しますけどタウミエル社の吸血鬼と原因になったことを調査しろって言われたんですよ」
シオンはやや崩れた敬語になりながら小声で言った。
「そういえば鮮血の夜明団に依頼状を出した同僚がいました。来てくれたのですね、よかった」
その女性は安心したような声で言う。
「よくわかりましたね。いや、まあ同僚の方が話してくれたのかもしれないが。というわけでお……私が書類を代わりに持っていきますよ。セクハラの噂も聞いていますので」
「本当ですか!?鮮血の夜明団の方だったら安心です。けど、上司は鮮血の夜明団をかなり嫌っているようですので気を付けてくださいね。私を吸血鬼にして傷口を舐めさせるような真似をする奴は本当に去るべきなんですけどね」
シオンは女性から書類を受け取り、彼女に見送られながら書類を届ける先の部屋に入っていった。
「お疲れ様です」
シオンが部屋に入るとその場の空気が凍り付いた。
「誰だ、お前!」
入口から一番近いところに座っていた中年男性が言った。彼だけでなく、部屋にいる社員たちのほとんど全員が戸惑いを覚えている。
「シ……じゃない、アスンシオン・ランヘルです。最近入ったのでわからないと思いますが」
「嘘つけ!こんなに身長の高い女性社員でもなさそうなのを雇った覚えはないぞ!」
シオンを見た社員の一人が言った。
「やっぱり無理だったか。15歳の頃くらいだったら余裕だったってのによ。けど、セクハラと吸血鬼の件はマジらしいな!」
隠しきれていなかったシオンは言葉遣いを偽ることをやめ、その本性を現した。彼はすでにセクハラについての手がかりを得ている。
「ここの女性社員が吸血鬼にされて血を舐めさせられたんだっけ?どの部位を舐めさせたんだ?俺、わかんねえなー」
「違う!足から出た血を舐めさせるような真似は……ハッ!」
部屋の奥に座り、シオンに口出しした男の表情が変わった。彼は自ら口を滑らせて墓穴を掘ったのだ。
「それはマジってことでいいんだな?足を舐めさせるプレイなんて俺、知らなかったんだぞ。本当にいい趣味してるぜ」