光り輝く鎖
夜の町。
ジューダスが通り過ぎて30分ほどたつと、カインも本部に戻ることにした。
「それにしても、あいつは腹の底が読めねえな」
カインは呟いた。彼の言うあいつ――ジューダスは何のために町に出るのかもカインに報告しない。ヴィオラとは何かの関係があったようだったが。
考え事をしていたカインはその後ろの気配の正体に気づいていなかった。が、そこに何かがいる、ということだけはわかっていた。
カインから少し離れた場所。3人の男が分散して彼の跡をつけていた。近い順にシオン、クレイグ、ウォレス。
「ヤツを追っていたら思いのほか大物と当たってしまったな」
クレイグは呟いた。
彼の両腕には銀の鎖がはめられていた。銀の鎖は町の明かりを受けて白く、明るく光っていた。これが光の魔法を帯びて振るわれるとき、吸血鬼や魔族はなすすべもなく斃れるのだろう。
光り輝く鎖とは対照的に、クレイグはそれほど殺気を放っていなかった。いや、殺気を漏らさない程度にカインを狙っていた。
一方のシオンは腰に差したサーベルに手を当てていた。仮にカインがシオンらを襲うことがあれば、シオンが真っ先に戦うこととなる。
シオンの心臓の鼓動はかつてない速さだった。押しつぶされるようなプレッシャーに耐えながら、カインの跡を追う。
気づかれてはならない。もし仕留められるなら仕留めたい。
押し込めた殺気が向けられようと、カインは振り返ることもない。振り返ることだけは。
――風。乱れた空気の流れ。これは大風の前兆。
「伏せろ! 来るぞ!」
ふと、クレイグは叫んだ。
その3秒後。乱れた空気はハリケーンをも上回る風速の風となる。大風は夜の町の街灯、窓ガラス、植木、さらにはビルまでを吹き飛ばす。それらの一部はシオンらの方に押し寄せる。
カインの脅威はその風だけではない。風で吹き飛ばされた障害物がシオンらを襲う。
クレイグはシオンとウォレスを庇うようにして前に立ち、力を込めて鎖を振るう。
――軌道を変えられる障害物。ひとまずは防ぐことができたが。
「クレイグさん、俺たちを庇って――」
「大丈夫だ、もうじき風は止む」
クレイグは落ち着いた口調で言った。
魔法によって起こされる風は、ハリケーンなどのように長くは続かない。続いたところでせいぜい3分ほどだろう。クレイグはそれを知っており、シオンとウォレスを庇っていた。
彼の知っている通り、すぐに風はおさまった。
「天候を操作するわけでも気圧を乱すわけでもないんだ。瞬間的な火力……風速は馬鹿にならないが、続くわけではない」
と、クレイグ。
知識量が違いすぎる。経験も、自分が使うことができない魔法についても。シオンは己の未熟さを知ることとなった。
「凄い……」
シオンだけでなく、ウォレスもクレイグに圧倒されていた。
「クレイグさん、俺もそうなれますか? 俺の未熟さは死ぬほどわかったから」
シオンは言う。
「すぐになれるわけではないな。だが、正しい訓練を積めば他の魔法への対処もできる。魔族と互角以上に戦うことも、多分できる。もっとも、ディサイドにいる魔族に歯が立つかどうかは違う話だ」
クレイグは顔だけをシオンの方に向けてそう言った。
クレイグがこれまでに戦ってきた魔族は確かに強かった。だが、このディサイドにて戦った魔族――ジューダスらはそれとは一線を画す強さだった。
ゆえに、クレイグはシオンとウォレスを戦いに巻き込むかどうかで迷っていた。
「まあいい、所属した場所でこんな状況になってしまうんだからな。一応、同情はする」
と、クレイグ。
シオンら3人もまた、本部に戻ってきた。待っていたかのように、ロビーにはカナリアがいた。彼女は椅子に腰かけて、手帳をめくっていた。
「カナリアさん。この本部にいる魔族ですが」
「そうだね。もう、ほとんど割り出したと言っていいだろうねえ。しかも、ケベラの言う魔族とは強さの格が違いすぎるじゃないか。人間社会に溶け込んで、我々の魔法や武器に対しても最適化したようだったよ」
と、カナリアは言った。
彼女の目は笑っていない。
「さて、シオンにウォレス。あんたたちはもう逃げられないと言っても過言ではないだろうね。なにしろ、魔族との戦いに巻き込まれたんだからねえ」
「わかっていますよ」
シオンは言った。その言葉の奥には己の運命、己のかつての選択を悔やむ気持ちもあった。だが、「もしも」などはもはや実現することもない夢物語だ。
カナリアはシオンの思うことを察し――
「降りたければ降りてもいい。適当なところに移籍させてあげるくらいなら私でもできるだろうね。ただし、イーノックと向き合うこともできない」
カナリアが提示する2つの選択肢。逃げるか、向き合うか。カナリアはシオンの後悔の心を読み取っていたのだろう。
「降りませんよ。イーノックの名前が出てきたならなおさら。俺があいつと以前のような関係ではいられないけど」
「本当にいいんだね?」
カナリアは口角を上げた。彼女は何を考えているのだろうか。
「降りないのなら。クレイグと私とで稽古をつけてやろうかねぇ。それも、2人がヒーヒー言うような厳しいヤツを!」
そう言ったカナリアはクレイグに目を向けた。クレイグもうろたえているようだったが――
「そうだな。2人にはそれが必要だと思う。で、あなたは何を考えていらっしゃるのですか」
と、クレイグは聞き返す。
「ディサイドの町のはずれ。私の管理する洋館があって、そこで稽古をつけようと思う。設備なら整っているし、なんならケベラもあそこで特訓していたよ」
カナリアは自慢げに言った。
きっとただの洋館ではないのだろう。ウォレスはこれから自分たちの身に起きる事を予想しては顔を歪ませるのだった。




