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パンデモニウム  作者: 墨崎游弥
魔族編
13/30

決別

 階段を上った先にはいくつかの部屋があった。立ち入り禁止、などと書かれた貼り紙がいたるところに貼ってあり、危険な研究をしていたことがシオンらにも予想できる。開いた部屋には血痕があり、それらは危険な研究とは違った恐ろしさを暗示する。

 そんな中、シオンはあるものが目に入った。


「魔族……生体実験……?」


 シオンはぼろぼろになった張り紙を見た。それは蹴破られたドアの横に貼ってある。シオンはそれに吸い寄せられるように近寄った。なぜここに魔族というワードがあるのか。

 ウォレスもシオンの後を追っていく。


 ドアのむこうには何かのホルマリン漬けのような標本と何かを記録したノートが置いてあった。そのうち、一番上に置いてあったものは50年前のもの。研究所にノートが置いてあることはおかしいことでもないが、シオンは何か不穏なものを感じていた。


「なんだこれは……」


 ノートに書かれたデータ。それは大陸の法律で禁止されている研究内容ばかりだった。一体誰がこの研究をしていたのか、シオンは考えたくもなかった。

 そんなシオンとウォレスに忍び寄る影。


「シオン、ウォレス。こんなところにいたのか」


 部屋の入口からイーノックの声が聞こえた。彼はすぐに部屋に入り、その中を見渡す。そして、1冊のノートを手にした。


「イーノック……それは……」


「俺がここに取りに行けと言われていたものだ。内容は詳しく言えない」


 ウォレスが尋ね、イーノックは答えた。

 言わねばならない。決別のときはきた。イーノックの表情はいつになく曇る。


「今俺が言えることは俺が人間ではない存在であること。俺は魔族だ」


「魔族だって?」


 シオンは聞き返した。

 魔族。パロの峡谷に住むとされている人外の種族。カナリアが倒せと言っていた者たち。その魔族が今シオンとウォレスの目の前にいる。

 嘘であってほしい、と願う一方でシオンは認めざるを得ないと感じていた。吸血鬼の特徴は魔族に共通するものがある、ということをシオンは思い出してしまったのだ。


「何を言っているんだ?お前、疲れているだけだよな?な?」


 シオンが彼自身の混乱を無理に抑え込むような口調で言った。だが、シオンは心の奥で察してしまっていた。


「残念ながらこれは事実。俺はもはやお前たちとともに戦えない」


 兄貴分のようだったイーノックの姿はもはやここにはなかった。今のイーノックはその正体を現し、情を捨てられないでいるただの化物だ。


「お前たちは人外の存在である俺を討つのか?討つなら今だ。俺があの方の考えに染まらないうちに」


「俺が討つ……。お前を信じた責任だ!」


 シオンは既に一歩を踏み出していた。光の魔法を銀のサーベルに纏い、イーノックに詰め寄る。一閃。


「ふん!」


 氷がシオンの一閃を受け止めた。イーノックの魔法は氷。氷の魔法がシオンの放つ光を分散し、彼は無傷。そしてイーノックはサーベルを振り払う。


「まだだっ!討つなら今って言ったよな!?だから今……」


 再び一閃。対するイーノックも氷の反射で光の魔法をはじいていた。

 戦況は膠着しているように見えてイーノックが押している。すでにイーノックが放った氷の礫でシオンは傷を負っている。


 氷の礫をかいくぐるシオンは光の魔法をサーベルに集中させた。


「これで最後だっ!」


 シオンはイーノックの首を狙い、サーベルを振る。サーベルはイーノックの首をとらえたかに見えた。イーノックはその一瞬で首を氷で覆い、光の魔法を斬撃で防いでいた。


「迷っているな、シオン。迷いある一撃では俺を倒せない。戦場で迷いは不要。敵に情を抱くなどもってのほかではないか?」


 イーノックは言った。が、その言葉に反して彼の声は震えていた。彼もまた、シオンを敵に回すことに対して迷いを抱いているのだ。

 出会い方が違っていれば、シオンが魔族だったら、イーノックが人間だったらこの状況は違っていたのかもしれない。2人は自分の存在を呪うほかはなかった。


「そうかもな……けどな、あまりに予想外で俺はどうしたらいいかわからねえ」


「だろうな。こんな決別になったことを申し訳なく思う。すまないな、シオン。せめて違う出会い方であればよかったがな」


 イーノックは氷の魔法でシオンの体温を急激に下げると部屋を出て行った。

 一方のシオンは茫然と立ち尽くす。顔面蒼白で全身が震えているなど、低体温症の症状も出ていた。


「シオン!」


 シオンの意識をウォレスの声がつなぎとめる。だが、シオンは声を発することもない。


「すぐに本部に戻るか」


 ウォレスは自分が着ていた上着を脱いでシオンの肩にかけた。死人のように冷たいシオンの肌。しかし、まだ脈はある。光の魔法と合わせて習得できた回復魔法をシオンにかけた状態で、ウォレスは彼の回復を待った。精度がよくなくても体温を上げる程度のことであればウォレスにもできたのだ。


「治ってくれよ。イーノックのこともあるからな……」


 ウォレスは言った。落ち着いているように見えても彼の中では疑いが渦巻いていた。

 鮮血の夜明団に潜む魔族、一人目はイーノック。果たして彼以外に魔族はいるのだろうか。



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