疑心暗鬼
改稿第一部分です。
1通の手紙。郵便によって送られてくる代物ではなく、魔法の効力によって直接送りつける代物である。その1通の手紙を受けとった者、カナリア。彼女の顔はいつになく難しいことを考えているということを示していた。
そのカナリアの元に一人の青年がやってきた。赤茶色の髪、180センチを超えているであろう身長に戦闘者としては十分であるほど筋肉のついた体が特徴的な彼はカナリアの弟子。名前はシオン・ランバートである。
シオンがやってきたことに気づいたカナリアは顔を上げた。
「どう思うかい?魔族を倒せって内容について」
カナリアの第一声はいつになく意味深なものだった。自分勝手ではあるがあっけからんとした彼女にしては珍しい一言はシオンにただ事でないということを伝えるには十分すぎた。
「先生が聞いてくるってことは相当ですよね。どう思うって聞かれても……」
シオンは返答に困っていた。それもそのはず。魔族についての資料は厳重に保管され、構成員であるシオンでさえ見ることはかなわない情報だ。
魔族。カナリアが語る限りでは50年前に人間と大規模な争いを繰り広げた人外の種族である。レムリア大陸最北部パロの峡谷付近の人々は彼らを恐れ、共存不可能な存在であると認識している。
「まあ、一般人が魔族を恐れるのも無理はありませんし魔族への対処は魔物ハンターの仕事ですよね。ただ、ディサイドは北の方であってもパロの峡谷の近くではないですよね。そこが気になります」
シオンは答えた。
「そこなんだよねえ。50年前の例外はあったとしても魔族についてはパロ支部にほぼ丸投げだからねえ。ドロシーが魔族を知っているというのもどうにも臭い」
と、カナリアは言った。
「まあ、本当に魔族がこの組織にいるのなら頼むからね。あんたは吸血鬼相手にも立ち回れるんだから」
「任せてください!魔族と吸血鬼の違いがわかりませんが」
と、シオンは答えると地下1階へ向かった。
地下1階の事務室。報告書や依頼状が一度集められるこのフロアには数名の男女が出入りしている。そのうちの一人、黒髪に7色のメッシュを入れた青年ヨハネはひときわ多い枚数の報告書をまとめていた。
そんな中、ヨハネは事務室にやってきたシオンに気が付いたようで顔を上げた。
「どうかしたのかい?」
ヨハネは言った。
「聞きたいことがあるんですがいいですか?」
「構わないよ。俺で力になれるならね」
「ヨハネさんは魔族について何か知っていますか?」
ヨハネの手が止まった。何か聞いてはいけないことを聞いてしまったのか、とシオンもかなり焦っていた。
「ああ。ドロシーが嗅ぎまわっていた内容だ。詳しいことはまだ話せない。誰が敵で誰が味方なのかわからない」
と、ヨハネは言った。
「俺から言っておけることと言えば……鮮血の夜明団存亡の危機だってことだ。君は師匠と相棒以外のことを信じない方がいい。できなければ裏切りで痛い目を見るだけだ」
ヨハネの言うことはシオンの予想以上に重大なことだった。シオンにとって師匠はカナリア、相棒はウォレス・R・ペニントンという光の魔法を扱う魔物ハンターだ。ヨハネもこれをよく知っており、シオンが彼らを信じるべきだということを示していた。
「疑えってことですか。俺にできるかわかりませんが」
「そうだな。疑ってかかるなり距離を取るなりは君次第だな。でもさっき俺が言った二人以外への肩入れだけは避けてくれ。魔族に魂を売った人間もいるからね」
ヨハネはそう言うとため息をついた。
魔物ハンターの結社「鮮血の夜明団」。シオンやヨハネが身を置くその組織にて嘘と裏切りが渦を巻いていることは明らかだ。シオンはこのときから共に任務をこなすことがあるもう一人の仲間に対して疑いの目を向けることとなる。
「イーノックはどっち側だろうな」
シオンは一人つぶやいた。