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「よし、なかなか様になってるよね」
自信ありげに微笑んだ私は、時間という武器に破壊されてヒビが入った全身鏡の前にいた。先程衣装タンスで見つけた服を着て、くるっと一回転してみる。素晴らしい擬態だ。もう、まさしく平民にしか見えない。
でもこのシャツとズボンは男の人用だから、長いシルバーの髪が似合わない。マリアは胸も小さめだし、身長も高くて細身だし、顔つきも中性的と言えなくもない。その為、この男装もどきも難なくクリアしている。だが艶めく銀髪だけは女性らしさを感じさせ、違和感を醸し出してしまっている。
残念な事にリボンや髪留めはなく、髪をまとめて誤魔化すことはできそうにない。ならばやる事は1つだ。切ろう。
ナイフや短剣の類も置いていないが、心配する事はない。私はまた悪役らしい笑みを浮かべ、格好つけるように目を瞑り手を上に突き出した。もう片方の手は腰に当てる。
「氷よ、鋭き爪を示せ!」
ヒヤッとした冷気と、空を切る風の音がうなじの辺りを駆け抜ける。ゆっくりと目を開けてみると、そこにいたのは髪の短い平民だった。小さい顎にかかるくらいの長さでばっさり切られ、思い通りの姿になっていた。
「やっぱり魔法が使えた…」
発動したのは、ゲーム内でマリアが使っていた基本魔法だ。『レジナイ』では魔法は無制限ではなく、魂に刻まれた属性しか使えない。普通は1つの魔法さえあれば一生食うに困らないが、マリアは天才であるらしく2属性使える。その内の1つが氷である。
この魔法は、氷柱のような氷が対象を切るというものだ。簡単だが威力は低い。当たり前だ。即死級の魔法を自分に向けて撃ちたくはない。
これで準備は万端だ。変装をして魔法が使えるのを確認した。金目のものや金貨等はないが、牢獄であるならば仕方がない。身軽で良いと考えよう。それに魔法があれば生きていけるだろう。
私は拳を握りしめて覚悟を決めた。開かないドアの前に手を翳してみせる。
「氷よ、その扉をぶっ壊せ!」
先程よりも砕けた詠唱で発動させた魔法は、ゲームと同じ威力だった。大きな氷の塊はビームのように手のひらから放出され、木でできた重い扉を軽く吹き飛ばす。
こんな感じの詠唱でも良いならこっちにしよう。中二病という概念がある私にとって、あの呪文は黒歴史通り越してデスノートだ。…以前の患者としては、本当に思い出したくない。
あんな派手にドアを開けたというのに誰もこないところからすると、どうやら見張りはいないか極端に少ないらしい。私は心の底から安堵した。防衛手段とはいえ、この力を人にはなるべく使いたくない。まだ人を殺す覚悟はできていないのだから。
私は足音をなるべく立てないように、しかし小走りで廊下に出る。廊下の両端は階段になっているらしく、螺旋状の階段が見える。オデッセント牢獄なんて大層な名前が付いているが、部屋が殺風景なだけの館といった感じだ。何かトラップがあるようにも見えない。
私は静かに廊下を走り、階段を下る。階段を降りるとすぐに玄関があり、扉の鍵はかかっていないのか簡単に開いた。これ、私を閉じ込めておく気があったのかすら疑問なほど雑だ。舐められているのか、やる気がないのか。私にとってはありがたい話だが。
なんとも簡単すぎる逃避行に内心物足りなさを感じながら、扉を小さく開けてスルリとその隙間から抜け出る。振り返ってその館を見てみると、予想してたよりもずっとボロボロだった。蔦が絡まり、壁は鳥のフンがこびりつき、窓は所々割れている。本物のマリアなら卒倒ものだろう。
私はクスリと笑って、これからの人生に思いを馳せた。前世では大学生で死んでしまった。やりたい事ややるべき事を残してきてしまった。今度は「もういい」って言うくらい長生きしてやるんだ。
新しい一歩を踏み出した私は、森に目を向けて絶望した。数歩先に気配もなく男が立っていたのだ。それもあいつは元リュミエール教の司教で、革命軍のリーダー、そしてラスボスとして見覚えのある男だった。