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処刑という未来を避けるために何をしたら良いのか。考えは3つだ。
1つ目は、賄賂を渡し罰を軽くしてもらう事。しかしこれは今までならまだしも、リュミエール教の権威が失墜した現在では意味をなさないだろう。それどころか火に油をドバドバ注いでしまっている。よって却下。
2つ目は、今から善行を積み改心したと思わせる。これは確かに、これからの私がするべき事である。だが「これから」を捻出する作業を先にしなくてはならないし、何より時間がかかりすぎる。よって却下。
最後は単純明快。名と姿を変えて逃げる。卑怯な感じがするが、そもそも処刑されるはずのマリアは私ではない。それに誰にも迷惑をかけずにひっそりと生きていけば問題はないはずだ。それにそういう生き方は私の得意分野でもある。
「よし、逃げよう」
我ながら情けないが、プライドよりも命の方が大事なんだからしょうがない。
そうと決まれば早くした方が良い。エンディング後はお祝いムードでマリアを忘れているが、いつ思い出し糾弾し始めるか分からない。エンドロール後の世界では、彼女は死んでしまっているのだから急がないと。
私はまず荷造りを始める事にした。この部屋に何があるのか調べだしたと言った方が正しいかもしれない。質素な机の引き出しや硬いベッドの下、地味な絵画の裏まで探索した。
…って結果何もないじゃん!いやいや、悪役令嬢の部屋に、高価なアクセサリーの1つも置いてないとかあり得ないから!せっかく売って金にしようと思ったのに。
というかさっきから妙に違和感がある。世界で一番高貴なマリアの部屋にしては殺風景だし、金持ちの部屋特有のソワソワする感じがない。それに生活感がない。ずっと使われてなかったって雰囲気だ。
…ん?あれ?ここがマリアの自室だと思い込んでいたけど、もしかして違う?だとしたらここはどこなんだ?
マリアの友達の家というのはなさそうだ。こんな何もない部屋を見たら、きっと彼女は持ち主と縁を切るだろう。そんな挑戦的な事をする人は多分いない。もっと言うと、彼女は部屋に上がるほど親しくしていた人がほぼいない。思いつくのは婚約者くらいだが、彼の部屋は広くて綺麗だった。つまりここではない。
ではここは一体どこ?
ちらっと窓に目を向けると、そこには天まで届くかのような塔があった。こちらで言うピサの斜塔と似ている。真っ直ぐな点と背が高い点は違うが。
あれ、ラストダンジョンだよね。ひたすら長いし、雑魚敵が強いし、複雑な迷路が面倒だし二度とやりたくないな。
…ちょっと待って。この窓から塔が見える。それも相当近い距離だ。深い森が続き塔を取り囲むように湖があるが、ここから歩いて1・2時間といったところ。そして近くには人の気配どころか、街や都の気配すらない。
確かこんな辺鄙な場所に牢獄があったはず。元々リュミエール教の所有していたもので、貴族や教団幹部たちの反省部屋として使われていた。教団に楯突く者を拘束し、教団が正しいと言うまでここに監禁されるのだ。しかしリュミエール教の権威は揺るぎないものになり、とうの昔に使われなくなっていった。そんな意味のない場所だったが、そういえば革命軍はそこも制圧していた。この牢獄の名はオデッセント。
そうか、私の今いる場所はオデッセント牢獄の一室か。教団が革命軍に負けたのに、トップの娘が呑気に自室に居られるわけないよね。…って尚更酷いじゃん!もう私捕まってるって事じゃん!
私はため息をつく暇もなく、衣装タンスを覗く。そこには型落ちというのも憚られるシャツとズボンが置いてあった。生地が傷みすぎて、服と言うより布と言った風情だ。しかし今ならこれがちょうど良い。こんなボロ切れ、間違ってもマリアは着ない。という事は変装には最適。
私はニヤリと笑うと、すぐにその服に手をかけた。