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僕はアシュレイが帰った後、少しの怒りと牽制の色を込めて姉さんを見た。姉さんは僕の視線とその意味に気づき、朗らかに微笑んだ。
ここで花が綻ぶような笑みを見せるのが、姉が姉たる所以だと僕は思う。
「何であんなことしたの?そもそも姉さんには余計な茶々を入れないでって言ったよね?」
「もちろん、言われたわ。でも余計な事はしてないでしょ?私はあなたを応援しているわ」
ふんわり一回転して見せ、姉自身がデザインし僕が作り上げたスカートを揺らす。ふくらはぎまである丈の清楚なそれは、揺れることで白く長い脚を膝まで見せた。
弟である僕から見てもかなりの美人だと思うが、僕はこんな怖い女は嫁にしたくない。絶対に。
「だからって、あんな誘導するみたいに窓の外を見せたりするのはどうかと思うんだけど。それにまるで姉さんがアスランを好きみたいに思わせて、アシュレイの気持ちを操作しようとするなんて!」
「あら、私はただ窓の外を見てしまっただけ。そこに誰がどんな姿でいたのかなんて知らなかったの。それに彼女が私の視線を追う確証はなかったわ」
「よく言うよ。そう仕向けたくせに」
「それに私はアスランの事は好きよ?恋愛感情ではないけれど尊敬はしているわ。それを伝えたり、そんな方を気にしたりするのは当然でしょう?」
「あの時の姉さんの目は恋した乙女のものだった。もちろん偽物のね。僕から見れば丸わかりの演技だけど知らない人なら簡単に騙される。特にアシュレイくらい素直だとね」
僕が吐き捨てるように言うと、姉さんはカーテンを開ける。光が入ってきて僕たちを照らす。もうすっかり夕方だ。赤く強い光に目を細め、ドロシーは僕の方に向き直る。
「ルイスったら疑り深くて、お姉さんは悲しいわ。…でも万が一あなたの言う通りだったとして何の問題があるのかしら?結局、彼女はアスランの婚約者でない事がわかったんだもの。あなたにとっては朗報のはず。なぜ怒るの?」
「なぜ、って!あんな罠にかけるみたいなやり方が気にくわないんだよ!それに彼女と僕の問題に干渉されるのも嫌だ!」
「子供じみた考え方ね。あなたはアシュレイが好き。私もそんなあなたの恋路を応援したい。両方の希望が叶うなら何でも良いじゃない。私が誰かを傷つけた訳ではないし、あの子が傷ついた訳ではない」
「それはそうだけど…」
「大切なものを手に入れたいなら、正攻法で勝ち取る努力よりどんな事をしても奪い取る覚悟のが大事だわ」
それに、と姉さんは続ける。あくまでも優雅で可憐に僕の背後に立つと、後ろから抱きしめた。甘い花の芳香が鼻腔をくすぐるが、僕はそれに恐怖しか感じない。
甘美で魅惑的な餌を垂らし、そこにかかる獲物を待つ。女神のような慈愛と天使のような無垢さで隠された本性は、まさに悪魔。
僕の態度や言い方がきついから「悪魔のようだ」とよく言われるが、それは本物を知らないからだ。
本当の邪悪は、悪をなしてもそれを悟らせないし認めさせない。まるでそれが世の摂理かのように錯覚させ、いつまでも自分こそが善なる存在だと信じさせる。
見える悪なら対処できるが、見えなければどうしようもない。皆はその怖さが分からないのだ。
「あなただって同じようなものよ、ルイス。何も知らない純粋で純真なあの子に、あなたは自分の瞳と同じ色のアクセサリーを渡した。その意味を友情だなんて誤魔化したけれど、あれはアスランに対する牽制よね?これは僕のものだっていう」
「そんなつもりじゃない!ただ…、僕も意識して欲しかっただけだ」
「そうね。でもあれでは弱いわ。瞳と同じ色のアクセサリーを渡すなんて、この辺鄙な村でも知っている流行りのプロポーズ方法よ?でもアシュレイは知らない様子だったのだから、もうひと押ししなくてはダメ。そんなんじゃ、私がもっと手伝ってあげたくなってしまう」
妖艶、しかし柔和でもある声色で囁く。思わず震えた僕から踊るような軽やかさで離れ、そのまま店の2階にある自分の部屋に行ってしまった。
確か明日には王都に出発するらしいから、その準備をするつもりなのだろう。
姉さんは両親が死んでしまった後もこの店を守る為に、王都まで出稼ぎに出ている。有名デザイナーと言う訳ではないが知られる名前になってきたようで、貴族の子女から指名依頼が来る事も多いのだ。そしてデザインしてそれを服飾の大手に委託し、そこでドロシーの仕事は終わり。
それでもこの小さい店を支えるには結構なお金になる。平民はお洒落をする余裕がないからか、この店は賑わっていない。そのため彼女の収入がなければ俺たちは生きていけなかった。
僕も出稼ぎに行くと言ったが姉さんに強く反対され、今現在も姉に頼りきりの状態が続いている。
そういえば姉さんがこんなに恐ろしい人になったのも、両親が死んでからだな。
他人ごとのように呟き、僕は知らずため息をついた。




